本当は……
アドルフと共にヴェーラの下へ向かい、いつも通り交渉を進める。
今日は、初外交の日に例の書状に記されていた、獣人族を王国の国民として迎え入れる話について。それが取り止めになったことを伝えた。
俺が王族とその側近達を説得して、それが報酬にならないことを理解させたのだ。
奴らには獣人族を国民にして、失った分の戦力を補充したいという下心があったのは確かだが、王国の国民になり、エクレール教の信者になることは大変名誉なことであり、正当な報酬である、と本気で考えていたらしい。
ふざけんなよこの狂信者共め! どこが正当な報酬だ!
それにな、本来ならこっちは要求できる立場じゃねぇんだよ! 最近は一度も勝ってないからな!
獣王国は、王国を潰そうと思えばいつでも潰せるはず。
それでも交渉に応じているのは、器の大きい獣王が、敵にも味方にもなるべく死者を出したくないから、交渉で解決できるならそうするように、という命令を出しているおかげだ。ヴェーラ達からそう聞いた。
さらに。向こうは最初から、獣人の奴隷達を全員解放し、獣人族の土地に二度と近づかないと誓えば侵攻をやめる、と言っている。
向こうの要求さえ聞けば、王国滅亡エンドをギリギリで回避できるのだ。
既に占領された土地は返されないし、奴隷は全ていなくなるが、死者は減る。それでいいじゃないか。
人間至上主義を貫いて、無闇に死者を増やして王国を滅亡させるか、それを曲げて死者を減らして王国を存続させるか。
どちらが賢い選択なのか、それさえも分からないのかよあの馬鹿共は!
「はぁぁー……」
「……あの、レイモンド殿?」
「あっ……す、すみません! 失礼しました!」
今は交渉中だってのに、あからさまにため息ついちまった! 気を抜くなよ、俺。というか交渉相手の前でため息って馬鹿か!
「いや、それは構わないのだが……大丈夫か?」
「いつもなら交渉中にそんなミスしねぇだろ?」
ヴェーラとアドルフが、心配そうに俺を見つめている。俺は敵国の人間だぞ。何故そんな目で俺を見る? お人好しか。
とは言え、心配してくれているのは事実だ。俺は慌てて取り繕った。……ただし、口では嘘をつかずに話を逸らす方向で。
「ご心配ありがとうございます。……それより、オリソンテや他の街は特に変わりないでしょうか? 一般市民達の様子は?」
「あ、あぁ……オリソンテは街の様子も、人間達の様子も相変わらずだ。他の街も、新たに領主となった同胞達と手紙のやり取りを行っているが、特に変わりは無いらしい」
アドルフが眉をひそめた。……何も突っ込んで来ないということは、やはりそうなのかもしれない。
おそらくだが。アドルフが持つ何らかのスキルは、相手が言葉で嘘をつかないと効果を発揮しないものではないか? と、俺は推測している。
以前、何も話さずに心の中で何回も嘘をついてみたが、それには全く反応しなかった。こいつが反応するのは、いつも俺が言葉で嘘を吐いた時。
そして何故か、その時だけは心を読まれてしまうらしい。
つまり。俺が話を逸らすか、もしくは黙ってしまえば、少なくとも本心は読まれずに済むということだ。
「あぁ、そうだ。オリソンテでは、少し変わったことがあったぞ。最近、獣人と人間の料理人達が協同し、新しい料理を作るという取り組みが始まったのだ。今はいろいろ研究しているそうだよ。……こんな風に、他の街でも獣人と人間が共存するという考えが広まってくれるといいのだが」
「獣人と人間の共存、ですか?」
「うむ。……獣王様は、獣人族の安寧のためにそういった道も模索しておられるのだ」
自国の民を奴隷にするような種族との共存まで考えているのか。どこまでも器がデカイ国王だな!
俺も、本当はそういうことをやってみたかったんだが……
前世を思い出したばかりの幼い頃は、人間と他種族の共存を夢みたことがあった。その時はまだ、エクレール教の脅威を知らなかったからな。
だから、獣人や魔族が不浄な種族であり、人間こそが一番優れた種族であると教えられた時。俺は子供の無邪気さを装って、父親に疑問をぶつけたことがある。
――獣人族や魔族はどうして不浄なの? 何か悪いことをしたの?
――どうして人間が一番なの? 獣人や魔族の方が強くないの?
そう聞いた瞬間、俺は父親に殴られていた。何度も何度も体中を殴られた後、父親は俺にこう言った。
――生まれながらの異教徒め! 恥を知れ!
その言葉の意味は、未だに分かっていない。
俺が生まれながらの異教徒であれば、エクレール教からすれば処刑の対象ではないのか? それなら何故、俺は今も生かされている?
いくら考えても、答えは見つからない。
体中を殴られたその日以降、父親の折檻が始まった。
何かと理由をつけて、父親は俺にだけ折檻を行った。長男と次男と義母は、それを見て見ぬ振りだった。
一度は今世の家族全員への復讐を考えて、独学で剣と魔法の訓練をしたこともあったが、剣の才能は無く、生活魔法以外で使えたのは補助魔法のみ。
それは学校に通い始めても全く変わらず……結局できたことと言えば、師匠の下で補助魔法を鍛えることだけ。そこで、復讐をすることも父親に抵抗することも諦めたのだ。
そして自然と、人間と他種族の共存という考えも消え去っていった。
「……素晴らしい王ですね」
「分かってくれるか、レイモンド殿! そう、我らが獣王様は素晴らしいお方なのだ!」
ヴェーラが目をキラキラさせて、獣王のことを語る。アドルフもそれに加わった。
彼は幼い頃から、獣王と共に兄弟のように育ってきたそうだ。先代の獣王とも親しいという。思わぬ繋がりを知って、驚いた。
(羨ましい。心の広い獣王のことも、その獣王が治める国に住んでいる国民のことも――素晴らしい王の下で働ける、アドルフ達のことも)
そんな醜い嫉妬心を、心の奥底にそっと仕舞い込んだ。
「そうだ、レイモンド殿。貴殿は外交が終わったら普段はどうしているのだ?」
「すぐに王都に帰るようにしています」
オリソンテから王都――イルミナルまでは、馬車に乗って体感で数時間ほどの距離だ。
オリソンテとイルミナルの間にはフェルゼン砦と呼ばれる砦があり、そこを通り過ぎれば王都に到着する。
今の王国領土は、王都とフェルゼン砦周辺の土地。それから、オリソンテの隣街である工業都市――ファブリカのみ。
と言っても、ファブリカの市民達はそのほとんどが職人であり、兵士の数は他の街と比べると少ない。獣人達と戦っても勝てる見込みは無いだろう。
フェルゼン砦からもオリソンテからも離れた場所にあるため、救援を送っても間に合う可能性は低い。
だから国王と側近達も、ファブリカから助けを求められても見捨てるつもりでいるようだ。
ファブリカはそこまで重要な街では無いし、兵も無駄遣いしたくないし……とのことだ。ハハハ、クズだ。クズがいる。
お前ら絶対にろくな死に方しないぞ! というかくたばれ!
それに重要じゃない、だと? ファブリカは貴重な職人達……技術者が集まっている街だぞ!
彼らは兵士達の武器や防具を作ってくれているんだ。商業都市に加えて工業都市まで取られたら、もう戦争じゃ勝てねぇぞ! 分かれよ!
ゴホン、失礼。少々荒ぶった。
ファブリカの住人が気の毒過ぎるな。まぁ、今代の獣王なら大人しく降伏すれば悪いようにはしないはずだし、ファブリカの人達がエクレール教に染まっていないことを祈るしかないか……
とにかく。王都に帰ろうと思えばすぐに帰れるため、外交後はとんぼ帰りだ。
そう伝えるとヴェーラは驚き、こう提案してきた。
「すぐに帰るだけでは勿体ないだろう? 良かったら、今のオリソンテを見学していくといい。案内役も付けるぞ」
「お気持ちは嬉しいのですが、遠慮させていただきます。護衛の騎士と御者が我が父……ベイリー公爵から、オリソンテでは私に寄り道をさせずに、すぐ帰還するようにと命じられておりまして……私が寄り道をしてしまうと、二人が公爵に叱責されてしまいますから」
嘘は言ってない。これは護衛の騎士と御者が、実際に命令されていることだ。父親の思惑については、ひとまず置いておこう。
「……貴族ってのは皆そうなのか?」
「我々王国の人間からすれば、この街は獣人に占領された敵地ですから、貴族でなくても同じような対応になると思われます」
これも嘘じゃない。敵地であることは事実だ。……根っからのエクレール教信者から見れば、だが。
「そういうものか。……で? お前はどう思ってんだ?」
「私、ですか?」
「そうだ。――お前はすぐに帰りたいのか? それとも街を見学したいのか? どっちだ?」
「…………」
さて、困ったぞ。
すぐに帰りたいと嘘を言えば、街を見学したいという本心がバレる。
そうなったら、アドルフは何が何でも俺に街を見学させようとするだろう。これまでの経験から考えると、そうなる可能性は非常に高い。
だが、俺なんかのために、他人の貴重な時間を奪うわけにはいかないのだ。
「…………護衛の騎士と御者。彼らのためにも、私はすぐに帰らなければ――」
「レイモンド」
この男には似合わない、静かな声で名前を呼ばれ……思わず、アドルフの目を見る。
その深紅の瞳に、何もかも見透かされているような気がした。
「聞かせてくれ、お前の本心を。……お前の言葉で、直接話してくれ」
「…………」
「俺は迷惑だとは思わねぇ。だから聞かせろ。言ってくれなきゃ分からねぇんだよ。自分の本音を押し殺すな! それを表に出せ!」
彼の声が、あまりにも必死で……俺のためにそう言ってくれたのだと、強く理解できた。
「――本当は、すぐに帰りたくない……」
気がついた時には、口が勝手に動いて本音を言葉にしていた。
あぁ、やっちまったな。でも……気分は悪くない。
「よーし! よく言った!」
「う、わ、ちょっと!」
すると、アドルフが俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。やめろ! 髪の毛がボサボサになるだろ!
「本当に、よく言ってくれた。……それでいいんだ。これからも少しずつ本音を出せ。お前が本音を言っても、俺達なら迷惑だとは思わねぇ。そうだろ? ボス」
「へ? あ、あぁ。もちろんだ! 貴殿なら、あまり無茶なことは言わないと信じている。だから本音を言われても迷惑にならない。むしろ、なかなか我が儘を言わない貴殿がそれを口にしてくれたら、嬉しいくらいだ」
「……ほらな? うちのボスだってそう言ってる。それにロッコのジジイもエヴァンもハルもミュ――あー、ともかく。俺達は皆、お前にもっと本音を言ってもらいたいと思ってんだよ」
そう言って笑ったアドルフは、今度は髪をぐしゃぐしゃにしない程度に、優しく俺の頭を撫でた。……こういう地味に優しいところがあるから怒れないんだ。くそ!
「さてと。そうと決まれば、お前の護衛と御者の人間にバレないように、街に行かねぇとな。……ボス。どれくらいならここに閉じこもっていられる?」
「……なるほど。交渉相手の私が外に出てしまうと、護衛と御者がレイモンド殿の行方に疑問を持つか。ならば、一時間だけならここにいられるぞ」
「了解。……聞いたな、レイモンド。一時間だけ街に行くぞ」
「……今さらですけど、本気ですか? 敵国の外交官に街を見学させるなんて、大げさに言ってしまえば敵情視察みたいなものでしょう? 本当に、いいんですか?」
「何言ってんだ。今からお前がやるのは敵情視察じゃねぇ。――俺と一緒に散歩するんだよ」
「…………さんぽ……?」
俺が呆然としていると、アドルフは悪戯っ子のように笑って俺の手を引いて歩き出した。……ふさふさの尻尾は、忙しなく左右に揺れている。
その動き方は、前世で飼っていた犬が、散歩を前にして喜んでいた時の尻尾の動き方と、そっくりだった。
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