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馴れ合ってない!





 領主の館に入った瞬間。急に肩に重みを感じた。


 ホラー的な展開になったわけではない。ただ、物理的に肩に何かが乗ってきただけだ。



「……あぁ。やはりハル殿でしたか」

「ミャウー!」

「こんにちは。今日もお邪魔しますね」

「ニャー」



 そう言って頭を撫でると、彼女はその手に頭を擦り付ける。……可愛い。


 黒猫のハルは、第一旅団魔法部隊隊長のエヴァンの使い魔だ。

 彼女とエヴァンにはかなり前に出会ったのだが、ハルはこの通り可愛いし、エヴァンは穏やかな男性で話しやすい人だった。


 しかし不思議なことに、ハルは初対面の時から俺によく懐いた。俺の何が気に入ったのか、彼女は俺を見つけるとすぐにこうして肩に乗ってくる。

 どうも俺が来たことを察知すると、扉の近くで出待ちしているらしい。何だそれ可愛いかよ。


 前世では犬も猫も飼ったことがあるが、俺は猫派だ。


 だが、この猫は使い魔なだけあって普通の猫とは違う。尻尾が二股になっていて、いくつか魔法を使うことができるという。

 最初に見た時は内心で、えっ、猫又? と思って首を傾げた。


 エヴァンが言うには、彼女はごく普通の黒猫だったが、使い魔の契約を結んでエヴァンの魔力を取り込んだ後に、尻尾が二股になって魔法も使えるようになったという。

 使い魔になった動物に変化が現れるのはよくあること、だそうだ。


 エヴァンが羨ましい。俺もお猫様の使い魔が欲しいなぁ。

 しかし王国だと、普通の動物も獣人族や魔族ほどでは無いが、不浄な生物とされているため、使い魔と契約すれば異教徒扱いを受ける。


 本当にエクレール教って邪魔だな、おい。


 だがしかし。王都にあるエクレール神殿がとんでもない影響力を持っているため、エクレール教はぜったーい! である。だから逆らえない。逆らえば死刑だ。



「あっ、ハル! やっぱりレイモンド殿のところにいましたね!」

「相変わらず懐かれてるな……」



 エヴァンとアドルフがやって来た。エヴァンはハルを探しに、アドルフはいつものように俺を迎えに来たらしい。


 何故か、俺の出迎え係はアドルフで固定されていた。こいつが一番積極的に俺と距離を詰めようとしてくる奴だから、ちょっと苦手なんだが……



「ほら、ハル。戻って来なさい」

「ミャーミャー!」

「やだー、じゃないです! レイモンド殿はこれからお仕事なんですよ? 邪魔をしたらいけません」

「ナウー……」

「でも、と言われても駄目なものは駄目です」

「ミャーミャー、ニャァー!」

「レイモンドの邪魔はしないから一緒にいさせて? 駄目です。あなたのことだから、すぐに我慢できなくなって邪魔をするに決まっています!」



 可愛い黒猫と、癒し系羊が押し問答をしている。……和むなぁ。何だこの癒し空間。

 俺にはハルの言葉は分からないが、なんとなく雰囲気で駄々をこねていることは分かる。



(しかし。エヴァンの言う通り、俺はこれからヴェーラを相手に仕事をしないといけない)



 そう思い、俺は説得を開始する。まずは、ハルを肩の上から腕の中に移動した。黄色の瞳がきょとんと俺を見つめている。


 可愛――じゃなくて。



「ハル殿。私には仕事がありますから、ハル殿を連れて行くわけにはいきません」

「ニャー……」

「申し訳ありません。……あなたを連れて行くと、可愛らしいあなたのことが気になって集中できなくなってしまいます」

「ミャウ? ウニャー!」

「えぇ、そう。あなたは可愛いんです。そして良い子です。……そんな良い子のあなたには、私の邪魔をしてエヴァン殿に叱られてしまうような、悪い子になって欲しくないのですよ」

「……ナウー」

「……良い子なハル殿は、悪い子にはなりませんよね?」

「ニャ、ミャウッ!」

「そうですよね。……では、エヴァン殿の下に戻りましょうか」

「ニャー!」



 ちょっと説得するだけで離れてくれた。本当に良い子だ。エヴァンは良い使い魔を持ったな。



「レイモンド殿、ありがとうございます!」

「いえいえ。こちらこそハル殿が聞き分けの良い子で助かっていますよ」

「……いや、それは相手がレイモンド殿だからですよ……」

「私だから……?」

「あぁ、いえ! 何でもありません。それでは、僕達はここで失礼します」



 ハルを抱えたエヴァンは、そう言って立ち去った。それを見送った俺はアドルフに向き直る。


 彼は何故か、複雑そうな表情で俺を見ていた。



「アドルフ殿? どうしました?」

「…………レイモンド、お前……まさか普段からあんな風に女を口説いてるのか……?」

「いえ。自分から口説くことはないですよ。向こうから言い寄って来ることはありますが」



 俺が口説く女は、今は亡き最愛の妻だけだ。


 前世では若い頃に何人かと付き合っては別れてを繰り返したが、妻に出会ってからは彼女一筋だ。

 今世でもそれは同じ。俺はもう前世の妻以外と付き合うつもりも、結婚するつもりもない。


 だが今世では顔が良いせいか、よく女に言い寄られるのだ。もちろん、全てお断りしている。



「なら、無自覚にハルを口説いていたわけか」

「口説いているように聞こえるだろうな、という自覚ならありました」

「最低か」

「彼女は素直な良い子ですから、本心を混ぜてあしらう――もとい、説得すればきっと納得してくれると信じていました」

「最低だな……!」



 真っ赤な目が点になっている。……この男、実はちょっと純粋な面もあるようだ。年を取ればお前も似たようなあしらい方をやるようになるよ、きっと。



「そう言うあなたは、言い寄られたらどんな対応をしているんですか?」

「めんどくせぇから徹底的に無視する」

「最低ですね」

「たまに強引にくっついてくる女もいるが、そいつは力ずくで追い払ってるぜ」

「最低だ……!」



 前言撤回。こいつに純粋って言葉は似合わない。



「泣かれたらどうするんですか?」

「無視」

「酷い……!」

「じゃあ、お前だったらどうすんだ?」

「さすがに泣かせるのは可哀想なので、泣かせないように軌道修正します」

「……俺よりは女に優しいようだな」

「自分が優しくないという自覚はあるんですね」



 呆れた。それなら優しくしようと思えば優しくできるってことだろう?

 俺のように上手くあしらわないと、いつか夜道で刺されるんじゃないか? こいつ……



「そういや、レイモンド」

「はい?」

「お前、交渉とは全く関係ない話を、前よりも長く続けてくれるようになったな。馴れたのか?」

「…………まさか。そんなはずはありません」



 そう。そんなはずは無い。俺は外交官。相手はその交渉相手。馴れ合ってない、馴れ合ってないんだ!

 これは……相手の懐に入って、交渉を円滑に進めるためにやっていることだ。他意は無い!



「……交渉しやすくするためなら、うちのボスを相手にそうすればいいだけだろ。俺を相手にそれをやってどうする?」



 やっぱりこいつ、俺の心を読んでいる! 一体どんなスキルを持っているんだ?



「…………あなたは練習相手です。本番の交渉中に失敗するわけにはいきませんからね」



 そうだ! こいつは練習相手。それ以上でもそれ以下でも無い!



「練習相手……ね。なら、これからも俺を相手にその交渉術の練習をしてくれ。喜んで付き合うぜ」



 嫌味か。嫌味かこの野郎! ここぞとばかりに輝く笑顔出しやがって!

 それが通用するのは女だけだ。俺には通用しないからな。



「そんなことより、さっさとヴェーラ殿の下へ案内してください。私がいつまでもここにいると、彼女に叱られるのはあなたでは?」

「なんだ、心配してくれてんのか」

「誰が心配しているなんていいました? 私は早く案内しろと言っているのです」



 俺のせいでこいつが叱られたら、寝覚めが悪い。ただそれだけだ。これは俺のためなんだ。



「へいへい」



 今度はニヤニヤしている。まさか、また読まれたのか?


 いや、今のは読まれても別に問題は無い……はずだ。





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