3 最後の
「あなたは、いけにえじゃないの?」
「いけにえだよ。でも、最初に選ばれたのは僕ではなかった。」
「可哀そうだから、いけにえの人と代わってあげたの?」
「まさか、そんな馬鹿な話があると思うか?でも、そんな馬鹿な話を信じて、頑張っていけにえの役を果たそうとした子もいた。」
「ひどい人・・・村人たちは、血も涙もないの?」
「僕がいけにえになった年から7年がたった時、10歳くらいの少年がここに来た。僕のことは話にしか聞いていないから、心優しい青年が僕だってことには気づかず、脚色された僕のことを話したよ。」
心優しい青年は、村人たちに愛されていた。そんな青年が愛するのは、幼いころから一緒にいる親友とその妹。青年はその2人に家族愛を感じていたが、あることをきっかけに妹を一人の女性として見ていることに気づいた。
それは、妹がいけにえに選ばれた時。
気づくのは遅すぎて、思いが叶っても叶わなくても、愛する女性と添い遂げることは叶わない。
心優しい青年は、せめてその女性を救おうとした。
自分をいけにえに差し出すことによって・・・
「笑ってしまう話だろう?真実とは全く違う作り話を、さも当然のように話して・・・さすが、いけにえを出す村なことはある。」
「そろそろ、教えてくれる?話の続きを聞きたいの。」
「いいよ。でも、聞いてもいい話じゃないよ。」
妹は、青年に恋をしていた。それは、青年自身にもわかっていたが、青年は友人の妹のことを、自分の妹のように思っていて、恋の対象ではなかった。
それでも、最後だからと、友人に頼まれて、恋人のふりをすることを頼まれた。
恋人のふりと言っても、ただ一緒にいて話をするだけだ。友人からは、口づけまでなら許すといわれていたが、それも妹が望まなければするつもりはない。
妹がいけにえになるのを止めることができない代わりに、できるだけ妹の願いを叶えたいと青年は思っていた。
そんな2人に遠慮して、村人たちは遠巻きに2人を見守っている。
いけにえになった人は、別れの挨拶をする以外は広場にいることが定められていて、なおかつ見張りがついている。だから、2人きりになることなど許されないのだ。
楽しく話をしていた妹だが、日が傾くにつれて口数は少なくなっていく。それに気づいて青年が話し出すが、思い出話をすれば後悔するほど泣きたくなって、言葉を詰まらせる。
「昨日の・・・山菜、食べてくれた?」
「うん、おいしかったよ・・・ありがとう。・・・っ。」
「頑張って採ったの。・・・だから・・・よかった。」
「・・・ありがとう。」
これが最後だ。
後悔のないように、何かを話したいと思いながらも、すぐに泣きそうになって話が終わる。父親の時と同じだった。
もっと話しておけばよかったと、青年は今でも後悔している。そんな思いはもう嫌だというのに、また後悔するのだろうと、心の隅で思う。
「あの、ね・・・頼みがあるんだけど・・・」
「うん。何?なんだって叶えるよ、言ってみて。」
「・・・ありがとう。」
今日一番の笑顔を妹が青年に向ける。
そして、妹の言う通りに、青年は目を閉じた。
友人の、口づけは許す、という言葉を思い出して、少しだけ恥ずかしくなる青年だが、唇に柔らかな感触を感じることはなく、腹に激しい痛みを感じて思わず目を開けた。
「―――!」
「い・・・たい。」
「私・・・一人は嫌なの。」
真っ赤に染まった腹には、包丁が突き刺さっている。
意味が分からず妹の顔を見ようと青年が顔を上げるが、バランスを崩して倒れこむ。その時に一瞬見えた妹の顔は、いたずらが成功したときの顔と一緒だった。
地面にうずくまって、包丁の刺さった腹に手をやる。ぬめりとした感触、生暖かい液体。
ドサッ。
すぐ近くに何かが落ちる音がして、青年はそちらに顔を向ける。そこには、目をそらしたくなるような、光のない目をした妹。
よく見れば、妹の頭からは青年と同じ赤い液体が流れだしている。
「はっ・・・あ?」
「お前!いけにえになんてことを!」
騒ぐ村人たちの声に、青年は頼むから静かにして欲しいとこことの中で愚痴る。
何が何だかわからない。一体何がどうなっているのか?
「死んでる・・・」
「そんな、少し頭を殴ったくらいだぞ!」
「どうすんだ!いけにえは生きていないと意味がないぞ!」
「だって、その女が・・・」
「大丈夫なのか?血がすごい出てる。止めないと。」
腹をきつく布で縛られる。痛い。
口々に何かを言う村人、うるさい。
「ごめん、まさか妹がこんなことをするなんて・・・俺はただ、最後に妹にいい思いをさせてやりたかっただけなんだ。」
汗で肌に張り付いた髪を優しくのけられる。
「こうなっては仕方がない。もう、彼も・・・駄目だろう。・・・だが、彼はまだ生きている。よって、彼をいけにえに改めて選ぶこととする。
聞こえてきた言葉に、青年は呆然とし、そのまま意識を失った。
「気づいたときには、ここに横たわっていたよ。痛くて、熱くて・・・意識がもうろうとしていた。いい話じゃないでしょ?」
「・・・」
「ふっ・・・愛されていた心優しい青年なんて、どこにもいない。ただのおとぎ話だよ。僕は、確かにその青年の元となった人だろうけど、実際は愛されていなかったし。だって、本当に愛されていたなら・・・僕の命を諦めていけにえに出すなんてこと、しないよね。」
「そうだね。ところで、神様は本当にいたの?いけにえは、森の神にささげられていたんだよね?なら、あなたは神様に会ったの?」
青年はその問いにすぐには答えず、ただ先ほどまでいた建物の奥の方を見て苦笑した。
「さあね、いたのかもしれないけど・・・僕はそんなもの見てないな。」
「・・・そっか。なら、私がここにいけにえとしてきたとしても、村は救われないってことだね。」
「救いたいの?」
「まさか。逆だよ、逆。」
「それはよかった。」
青年が笑いかけるので、少女もそれにこたえて笑った。
笑い合う2人の少し離れた場所、村と言われる場所で、多くの命が失われていることも知らずに、少女は笑った。
建物の奥には、朽ちた祭壇があり、その前には何かの破片が散らばっている。
青年は、人であったころ祭壇に置かれた人形を、怒りのままに床にたたきつけ壊した。
青年を刃物で刺した妹が憎く、優し妹をそんな風にしたいけにえ文化が憎く、いけにえ文化を続ける村が憎く・・・それを村に強いることとなった、神が、青年は憎かった。
最後の最後、死ぬ前に青年はその憎しみのまま、神を壊した。
それが理由なのかわからない。ただ、青年は人ではなくなり、老いず、死にもせず、ただそこにある者として存在することになった。
自分の親が死に、村の長が死に、友人が死に、その子が死に、その孫が死に、誰とも知れない子が死んでも、青年はそこにあり続けた。
そして、目の前の少女と出会い、遂に村が死んだ。
「長かったな・・・」
「もしかして、消えるの?」
青年の体は透けていた。役目は終わったのだとでもいうように。
「・・・もう、ここにいる意味もないからね。最後に君を送って、僕も一緒に消えることにするよ。」
「・・・?」
「いけにえにされた子はね、ここにいてもいいし、外へ行ってもいいんだよ。外を望む子は、僕が連れて行ってあげるんだ。君に帰る場所はある?」
「・・・村にはないよ。でも、外になら、あるかもしれない。なかったとしても、作るよ。」
「そう。なら、連れて行ってあげるよ。おいで。」
開かれた扉の先は、雲一つない晴天。
光に満ちた外へと、2人は消えて行く。それを、祭壇の前に転がった壊れた人形が、ただ見つめていた。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
少女というより、青年よりの話になったせいか、少女のことはあまり語られずに終わってしまいました。
この話と似たテーマの「愛に殺された殺人鬼」もおすすめです!
完結済みの「英雄冒険者のお荷物は、切り札です」も読んでいただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。