2 この年の
そこは、お上の訪れなどほとんどない、のどかな村だ。天災などもなく、食うに困らない生活が10年以上続く、恵まれた村だった。
ただ、それは毎年一人の犠牲者のおかげで、いけにえを出す1日だけは、のどかな村も全体が葬式のような空気に包まれる。
その日が間近に迫るが、それでもその日までは村人たちはいつもの日常を過ごす。暗い日は一日だけでいいと。
夕暮れ時、それぞれ家に帰る時刻、用事を終えた村人が行きかう道で、一人の青年が呼び止められた。
「よっ!これやるよ。」
「いいのか?ずいぶんとれたんだな、キノコ。」
「あぁ、いい場所を知っているからな~おっかさんに、それでキノコ汁でも作ってもらえ。」
「ありがとう。」
「あ、あの!私も山菜・・・その、あげます!」
「いいのか?」
「は、はい!」
男からはキノコ、その妹からは山菜を受け取って、青年は喜びをかみしめる。
青年は、足を悪くしていて、日常生活に支障はないが山登りなどは辛く、山の恵みを頂くのを遠回しにしていた。それを思って、2人は採取したものを青年に分け与えてくれたのだろう。
なんと、恵まれていることか。
「甘えてばかりで悪いな、何かお返しができればいいんだが・・・」
「なら今度、弓矢を教えてくれよ。肉が食いたい。」
「別にかまわないが、お前には弓矢の才能が全くないぞ?」
「ひどい奴だな、そういうことは言わないでくれ。知りたくなかった。」
「お兄ちゃん、まっすぐに矢が飛ばないからね・・・」
「逆に才能を感じるな。」
「嫌味か!」
はははっと、3人で笑って、それぞれの帰路につく。青年はその間に何人もの人に声をかけられ、そのたびに手に持つ食物は増えて行った。
今年は不作続きで食うに困る村があるというのに、この村ではそのような様子など一切なく、足の不自由な青年にまで食べ物を分け与えるほどの余裕がある。
しかし、青年が分け与えてもらえるのは、助け合いの精神だけではなく、村人に愛されているからだった。
愛されている理由は、恵まれた容姿とその性格にある。それと、足を悪くする前は、村のために動物を狩っていたことも、彼が愛されている理由だ。
彼は、家に代々伝わる弓矢をもって、幼き日に父から教わった弓を極め、山や森にすむ動物たちを狩っては、村にそれを分け与えた。
唯一、村に肉をもたらす青年は、村の者に感謝された。父は、弓を使わず、家の畑を耕すだけの人だったので、青年だけが肉をもたらす。
村人は弓矢など教わらないし、そもそも家にない。青年の家が少し特殊だったのだ。
「・・・この足じゃ・・・もう弓は打てないからな・・・誰か別の者に貸し与えようか?父はもういないし・・・」
最後の言葉で、青年の顔がゆがんだ。
青年は、この村が大好きで、村人たちにも好意を持っている。ただ一点を除いて。
「いけにえなんて、なくなればいいのに・・・助け合いなんだから、一人にすべてを背負わせるなんて間違っている。」
2年前、青年の父はいけにえに選ばれた。
もとからいけにえに対していい感情をもっていなかった青年だが、それからさらにその思いが強くなった。しかし、協調性の大切さも理解している青年は、そのことは誰にも言わない。
青年が憎む、いけにえを出す日は、明日だ。沈む気持ちを振り払うように、元気な声で「ただいま」と言って、家の中に入った。
翌日。
朝、誰も訪れることがなかったことに安堵して、青年は母親の作った朝食を食べる。
いけにえに選ばれたものは、朝そのことを伝えられる。そして、家族や親しい者たちとの別れを済ませ、夕方、森の神のところへ行くのだ。
朝誰も来なかったということは、青年とその母はいけにえではないということ。
なら、誰か?
昨日顔を合わせた人々の中にいるかもしれない。少なくても、顔見知りの誰かが選ばれたのは確実だ。
小さな村、全員が顔見知りなのだから。
今日は、村が休みの日。今日一日だけは、誰も働かないと決めていて、例外はいけにえを決め、準備を整える村長たちだけだ。
しかし、たまの休みでも、家にいるか広場に集まるかのどちらかで、遊びに出かけるものなどいない。決まっているわけではないが、毎年そうだから今年もそうなのだ。
母は家に残って、青年は広場へと向かった。
誰がいけにえに選ばれたのか、知りたくないが別れを惜しむ時間もなく誰かと別れるのが嫌で、広場に来たのだ。
広場には、10人程度の人が集まっている。去年より少ない。
青年は比較的遅い時間に来たので、もうほとんどの村人が返ってしまったのかもしれない。交流が浅い人だと、軽く別れのあいさつを交わして帰るのが普通だ。
これからいなくなる人間と、今から交流を深めても意味がない。
「よ、来てくれたんだな。」
昨日よりも落ち込んだ様子の男。青年にキノコを渡した男が、赤くはらした顔で引きつった笑いを浮かべた。無理をして笑っている姿が、痛々しい。
「・・・身内か?」
「妹だ。」
男の答えを聞いて、昨日恥ずかしそうに山菜を青年に与えた妹の顔が、青年の頭によぎる。
なんて、酷い風習だ・・・
青年がいくら憤ったとしても、その運命を変えることはできないし、変えようとも思わない。ただ、拳を強く握りしめた。