1びよんど
講義はうだつが上がらない。なぜならもうすぐ夏休みだ。だからこそ気を引き締めて受講しなくてはいけない。テストが近い。でも猛烈に眠い。眠い。眠い。
「また寝てるのか?このままじゃ落第するぞ」
目を開けると顔の前で細くて白い指が上下に揺れている。横に視線を向けるとニヒルな笑みを浮かべたリョータが手を引っ込めた。
先ほどまで肩をつき合わせていた学生たちの姿はなく、いつの間にかリョータと二人だけになっていた。
「夢を見ていたんだ」
「どうせ変な夢だろ、早く食堂に向かわないと席がなくなってしまうよ」
背中を叩かれたミキオはふらつく足を引きずってリョータの背中を追った。
ラーメン大盛ライス付をかきこむリョータは茶髪に染めたばかりの前髪をひたすらいじっている。大学生になったらソッコー染めてやる、との宣言通り。憧れの俳優そっくりの髪型を手に入れた。
「それでどんな夢だったんだ」
カレーの福神漬けを皿の端に寄せていてふいに尋ねられた。
「授業ほったらかしで見てた夢だよ」
「あまり気持ちのよいものじゃなかったかな」
「ふーん」
ラーメンのスープに浸したライスを頬張り上目使いのままリョータは続ける。
「その割りには随分と長いこと眠りこけてたな」
「幾つもの光が眩しいんだ。それがとても嫌な感じで。色んな角度から光を向けられて、上下左右何かで塞がれているし、身動きが取れなかった」
「誰がミキオに光を当ててるのさ。それにどうして閉じ込められてるの?」
分からない、と答えてカレーのルーをかき混ぜる。食事を終えた学生たちの談笑がそこここから聞こえる。
妙にリアルな夢だった。
四方を囲まれた容器は液体で満たされていて、温かく心地よかった。あの乱反射する光さえなければ。
「おい見ろよ。大きな火事があったみたいだぞ」
箸で食堂の備え付けテレビを指し示すリョータの顔は驚きに満ちている。ニュースキャスターは淡々と事故の状況を語り始めた。
「ここで速報です。今日未明都内のーーー研究所跡地で火災が発生し、複数の所員と関係者が死亡しました。発火の詳細は分かっておらず、現在調査機関が原因究明を急いでいます」
ーーー研究所と言えば参考書に載っているほど有名だ。今では研究は行われておらず、記念館として観光地になっていたはずだ。ミキオも幼い頃学校行事で度々訪れたことがある。
昔の生物実験の歴史を入り口から出口にかけて年表を模した展示が特徴的だったことを記憶している。哺乳類や鳥類、爬虫類や両生類まで幅広い標本がずらりと並ぶ研究所跡地。
「なあリョータ、地下も焼けちゃったのかな」
地下には巨大な空間があって、暗闇で何も見えない。遠くに目を凝らすとぼんやりとドーム型の建物があったはずだ。
「えっ?」
リョータが目を丸くして聞き返すのと同時に食堂の机がガタガタと揺れ始めた。窓ガラスが次々に割れて飛び散った。逃げ惑う学生と鳴り止まぬ警報。
この時ミキオたちは知るよしもなかった、世界は再び動き始めたことを。




