第96話 「色関係の実験録①」
あらためてメモを見返すと、前にメルと会ってからできたネタは色変え関係ばかりだ。練習以外は色々バタバタしていて、ちょっと落ちついたらエリーさんとの練習に専念していたわけだから、検証にバリエーションがないのも仕方がないかもしれない。
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・7月26日 くもり 描きかけへの干渉について:失敗
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お屋敷で今までの練習の成果を見せると、最初は心配と緊張、それにちょっとした興奮が入り混じった様子のお嬢様も、次第にほっこりとした笑顔になっていった。
「やはり、エリーさんにお任せできて運が良かったですね」
「そうですね、色々教えていただけましたし」
エリーさんオリジナルの双盾も、もちろん披露した。本家ほどのものじゃないけど、この魔法の”設計構想”とでもいうべきものは十分伝わったようで、いたく感心していた。
王侯貴族は色の谷では最上位に位置するため、自色であるところの赤か紫に加え、谷の向こう側で高めの色の橙か藍色で盾を使えれば、それだけでも下々に対してかなりのアドバンテージが有る。そのためか、双盾のような工夫をしようという発想自体がないようだ。
「さすがに実戦派で知られるエリーさんだけあって、理にかなった魔法です」
「魔法庁にいるってのが少し驚きですけど」
「詳しいことは知りませんが、かなり昔にスカウトされたようです。それで、入庁試験にもパスしたので宮仕えすることになったとか」
「そうだったんですね」
昔ってのがいつぐらいなのかは気になった。王都で5年前に色々あって、それ以来締め付けが強くなったらしいから、それより前からなんだろうか。結構デリケートな話になりそうだから、あまり深入りはできないけど。
練習の成果を一通り見せたところで、お嬢様が話しかけてきた。
「今日はどうします? 新しい魔法を教えてもいいですけど、今覚えている途中の双盾と空歩の邪魔になってはよくありませんよね」
「あー、それなんですけど、ちょっと実験したいことが……」
すると、お嬢様はにわかに目を輝かせはじめた。刺激に飢えていたところに、いい娯楽がやってきたみたいな、そんな反応だ。
思わず苦笑いすると、彼女もついつい素が出てしまったことに気づいたようで、右の拳を口元に当てて咳払いした。それから、少しわざとらしい落ちついた声音で俺に問いかける。
「どのような実験ですか?」
「えーっと、色関係の実験なんですけど」
とりあえず地面に適当な器を描いた。Eランクの円で単発型の、一番簡単なやつだ。
「こちらの器に、そうですね、光球の文を書いてもらえますか?」
「わかりました」
彼女はそう言ってから、俺が描いた青緑の器に紫のマナで文を刻み込んでいった。しかし、刻み込まれた文字は、ほんの少し経つと消えてしまう。まるで器の方が受け付けないみたいに。
文を書いている彼女は、そういった反応に対して先刻承知といった様子で、特に目立った変化を見せず、ただ文を書くスピードを上げていった。刻む文字が消えていく文字に完全に追いつき、文頭が文末に重なり周回するぐらいになっても、つまり器の上に完全な形の文が書き込まれても、光球は発動しない。
先生の書くスピードとその精密さ――追いついた文字の上を完全になぞっているようにしか見えない――に驚いてしまった俺は、ハッと我に返って彼女に文を書いてもらうのを止めた。
ちょっと無表情で淡々と文を刻み込んでいた彼女は、記入を止めると表情を和らげて俺に向き直った。
「リッツさんは、どうなると思いました?」
「まぁ、ある程度予想通りと言えばそうなんですけど……」
「そうなんですか?」
「違う色の器に文を合わせられるなら、簡単に器を乗っ取れちゃうなぁって。だから、そういうことができるなら、まずはその注意を受けてたと思うんです」
「なるほど。確かに光盾あたりを教える前に、対魔法使い用の知識として押さえておくでしょうね」
実際には、ある色の器に別の色のマナで文を書き込んでも、魔法にはならないようだ。そのあと追加の実験で型の追加もやってみたものの、これも文と同様にベースとなる円と違う色では意味がないようだ。
「見てのとおりですが、円と違う色のマナは受け付けません。おかげで簡単な妨害を受けないわけでもあります。書きかけのところに、円を崩すような邪魔をされませんから」
「多少のろのろ書いても、消される心配はないってことですね。色が違うと受け付けないというのは、かなり厳しく”判定”されるんでしょうか?」
質問に、彼女は腕を組んで考え込んだ。考え事の表情が以前と違って、ちょっと柔らかいというか、近寄りがたい冷たさが薄まっているような感じで、少し嬉しくなった。
「文献によれば、親兄弟は色が似る傾向にありますが、それでも魔法的には違う色と捉えられるようですね。双子であれば、器や文を共用できたという記述を見た記憶があります」
「……なるほどです」
今度はその双子が一卵性双生児なのか二卵性双生児なのかが気になった。まぁ、どうやって調べるんだって気がするから、聞いても仕方ないだろうけど。
今回の実験は、先生的にはすでに知っていた内容のようだった。では、次のはどうだろうか。
今度はDランクの円に、青色の染色型と継続型を合わせて記述した。
「では、次はこちらに……光盾の文でも書き込んでください」
「わかりました」
彼女が青い器に注ぎ刻みつけたマナの色は、紫だった。染色型の反応はないわけだ。先と同様に、紫の文字を器の中に走らせ、魔法が発動しないことを確認してから、俺は器を解いた。
「他人のマナでは染まらないんですね」と俺が言うと、ハッと気づいたように先生は表情を変えて、俺の言葉を継いだ。
「誰のマナでも同じ色に染める染色型の性質を考えると、腑に落ちない話ですね」
「完全に染まったようで、実は最初の色というか、術者についての記憶があるんじゃないかって感じがします」
「なるほど。その区別がなければ、私のマナでも受け入れて青く書けていたと」
「かもしれないですね」
今度の話は初耳というか盲点だったようで、今までに読んできた本にもそういった旨の記述はなかったようだ。他人の器には介入できないという先入観があって、あらためて染色型に対して試そうという考えを持つ人がいなかったのか、あるいはヤバい抜け道があって文書化できないのか……真相はどうであれ、新発見を書き留める彼女は楽しげだ。
「他に、何かありますか?」
「いえ、すぐに思いついたのはこんなところで……」
俺は正直にそう言った。がっかりされるかな、と思っていたものの、先の実験でも十分だったようで、いつもよりも明るい感じだ。
今日の実験はここまでだけど、色変え関係はまだまだ奥が深いような気がする。思いついたらまた誘ってみよう。
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・7月29日 快晴 悪いおもちゃの購入と口座開設
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夕方前の少し人通りが少ない時間帯のこと。ギルドで昨日と一昨日済ませた依頼の報告書を提出し、報酬を受け取ろうという時に受付のシルヴィアさんに話し掛けられた。
「リッツさんは、まだ口座がないですし、天引きサービスとかもしてませんね」
「えーと、初耳なんですけど……あるんですか、そういうの」
すると彼女は、いつもの朗らかな表情から少し顔を青ざめさせた。先輩のちょっとした豹変に、傍らでOJTやってるネリーも、少し身を硬くした。
「すみませんでした、まさか誰も説明してなかったなんて……!」
「いえ、それはいいんですけど……今説明してもらえますか?」
「はいっ!」
今日の説明は、彼女がなんか負い目を感じているのか少しゆっくりしていた。
ギルドの方でやってる口座というのは、実際には金を預けるというものではなくて、報酬を受け取らずにプールしておくものらしい。というのも、他の国や街では悪貨や悪銭の資金洗浄に使われかねないということで、冒険者からの資金の受け取りは受け付けていない。一方、ここ王都ではそういった問題はないものの、他のギルドに合わせているそうだ。
では、なぜ報酬をプールするサービスなんてやっているかというと、冒険者ランクが高まると大金が一気に動くということが珍しくないからで、リアルマネーをいちいち出したり受け取ったりというのが、ギルドにも冒険者にとってもしんどいからというのが一番の理由らしい。
また、冒険者の中にはまとまった金を使う者も決して少ないわけじゃなく、そういった大金を動かす際に現物を持ったのでは面倒だし防犯上の懸念もあるということで、ギルドの職員が同行して一種の小切手のような物を振り出すというサービスも行っている。”口座”からその分差っ引いておいて、お店はギルドに実際のお金を請求してねということだ。
「もちろん、現物のお金を触りたいって人も多いですけど、あんまり大金をジャラジャラ持ち歩くんじゃ不便で仕方ないですからね」
「そうですね。口座ってすぐできます?」
「大丈夫です。リッツさん側で何かして頂く必要はありません。こっちで少し事務手続きする必要はありますけど、最優先でやりますから!」
そう言ってシルヴィアさんは真顔でぐっとガッツポーズしてみせた。たまーに、彼女が受付なのか裏の事務方なのかわからなくなることがあるけど、多分どっちもできちゃうんだろう。
続いて、天引きサービスについて教えてもらう。これは主に家賃支払いで使われるサービスのようだ。冒険者向けに家賃補助をやっている都合上、必然的にそれぞれの宿屋と一種の提携関係を結ぶことになるわけで、生活や仕事が不安定になることが珍しくない冒険者と、そこから支払いを受ける宿を助けるためにギルドがサポートするというわけだ。
「人によっては、ギルドのほうから先に月の家賃を宿にお支払いし、その分を報酬から何割か差っ引く感じでやってます。まぁ、あまりに払いが悪い人向けにやってるんですけど」
「……俺は大丈夫ですよね?」
「リッツさんは優良冒険者ですから、大丈夫です!」
笑顔でそう言ってくれたものの、少し間を開けるとまた真顔になって、彼女は付け足した。
「ただ、これもよくあることなんですけど……魔導師試験が近づくと、試験対策を続けた後にまとめて依頼受けて大金稼いでって方がいるので、ちょっと金銭感覚が乱れやすくなると言いますか」
思いっきり刺さる発言に、思わずたじろいでしまった。ネリーは察しがついたようで、少し含み笑いを漏らした。
「確かに、リッツは最近良く頑張ってたもんね」
「そうなんです。今回も、複数の依頼報酬を合わせて支払う感じになりますから、ちょっとした大金になります。なので、とりあえず口座を開設しておいたほうが面倒は少ないかと思います」
「そうですね、あまり大金は身につけたくないですし」
さほどかからないという口座開設のついでに、家賃の方も先に払ってしまおうかと思ったけど、それは止められた。
「依頼の後に少しぐらい贅沢しないと、モチベが続きませんからね。家賃先払いは、試験が終わって時間に余裕ができてからでいいと思います」
「なるほど」
シルヴィアさんは見た目年下っぽいんだけど、こういうアドバイスは何人もの冒険者の面倒を見てきたんだろうなと思わせる年季ぶりで、快活な対応の中にも細やかな気遣いが感じられる。今回は彼女の助言を受け入れ、後の買い物では少し財布の紐を緩めてみよう。
それから受付で一通り手続きを済ませ控室で数分待つと、ネリーが書類と金貨袋を持ってやってきた。
「はい、今回の報酬と口座についての書類ね。とりあえず、現金化した報酬が5000フロン、残りの38740フロンが口座残高」
「結構半端だなぁ」
「前回の依頼が出来高払いだったから、どうしても端数でちゃうし。要らないなら私がもらうよ?」
「いやいや、あげないって」
昨日の依頼は、たまに魔獣が見つかるとされている森での薬草の採集任務だった。結局何体か蛇みたいな魔獣に出くわし、退治しつつ目当ての薬草を拾って帰還したわけだ。仕事自体はかなりうまくいったほうで、当初の見込額よりも数割増しの報酬になったようだ。
「じゃ、お疲れ様。練習や仕事もいいけど、たまにはこどもの相手もね」
「あー、最近あまりいけてないや。みんな寂しがってる?」
「私とセンパイがいるから、その辺は平気」
先輩というのがお嬢様っていうのは、実際にそう聞いたわけじゃないけどなんとなく察しはついていた。先生でもお嬢様でもなく、先輩と呼ぶのがネリーなりの距離感なんだろう。
試験に向けた練習だの勉強だのがあるから、その息抜きならちょうどいいかなと思い、孤児院の子たちに宜しく言ってもらうようネリーに頼んで、俺は魔導工廠へ向かった。
工廠の売店につくと、前から目をつけていた商品に向かって歩き出した。鍵付きのショーケースの中には、ガラス玉のような物がついた指輪が入っている。
この時間帯なら店員さん――というか職員さん――は何人かいる。乱れた陳列を手直ししている、少し年上の男性に声をかけ指輪を買いたい旨を伝えると、それまでの作業を止めて立ち上がった。
「あの指輪かぁ。説明は受けてる?」
「自分のマナを貯めておいて、いざという時に使えるってやつですよね?」
「そうそう。ぶっちゃけると、お守りみたいなもんだけどね。マナが無くなる状況でもなきゃ使わない指輪だけど、使う時点ですんごい追い込まれてるわけで」
「まぁ、そうですね」
「商品としては、オススメしないよ? 高いし」
ここに来るたびに思うのは、職員さん方に本当に商売っ気がないってことだ。なんというか、向こう見ずな冒険者を諌める友人みたいな、そういう空気感で接してくれる方が多い。
親切な本音トークで忠告してくれた彼に、俺も本当の目論見を打ち明けた。
「なんというか、ちょっと気になることがあって、その実験に使いたいなと」
「にしても、ちょっと高くない?」
「……正直、まぁ、そうですね。勉強料ぐらいに思ってますけど」
指輪は5000フロンする。簡単な依頼でも、半日以上は拘束される程度の仕事の報酬に相当する金額だ。それで、あまり役に立たない非常用品か、実験用具にしかならないっていうんだから、たしかに高いといえば高い。
ただ、この指輪がないと実験できないことも色々あるわけで、結局俺は自分の好奇心のために5000フロンをなげうつことになった。さっそく、明日から使ってみよう。




