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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第2章 独り立ち
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第54話 「護送任務」

 6月9日、朝。商人の護送依頼の日だ。待ち合わせの東門前へ向かう。

 先に着いていたのはハリーとセレナだった。俺に気づいていないようだったので、少し離れたところから様子を伺ってみる。

 しかし、二人とも全く会話をする様子がない。ハリーはあまり気にしていないようだったけど、セレナは少し気まずそうに見える。二人に挨拶をすると、セレナが先に応じ、ハリーが続いた。


「依頼主さんは?」

「先にいらしてました。今準備されているところです」


 それから少しして、ちょっと年上ぐらいの女性と、荷馬車を引く男性が現れた。おそらく女性の方が依頼主の方なんだろう。服や宝飾を扱う店の方らしく、シンプルな旅装にもどこか上品さを感じる。そして、かなりの美人だ。

 荷馬車は馬が一頭、馬車は四輪で(ほろ)はかかっていない。頑丈そうな作りの荷台には、すでに少し荷物が乗っている。荷物は木箱に収められていて中は見えないけど、箱は外に化粧板を使っているようで木目が綺麗だ。


 そうやって馬車を見ていると、女性が俺たちに気づいて少し小走りに駆け寄ってきた。身なりの割には、少し活発な方なんだろうか。


「あなた方が、依頼を受けてくださったのですか?」

「はい、まだ二人揃ってませんけど」


 それから、俺たち三人が自己紹介をすると、依頼主さんが名乗る番になった。


「私はエストリーチェ・ナディラです。エストとか、エスターとか、リーチェとか……お好きに呼んでください」

「いえ、依頼主に馴れ馴れしいのは」

「しかし、少し長くありません?」


 愛称で呼ぶことに難色を示すハリーに、エストリーチェさん――確かに長い――は真顔で指摘した。ハリーも実際はそう思っているのか、すぐには反論せずに戸惑っている。

「どの呼び方が一番好みですか?」と聞くと、彼女は頬に手を当てて少し考え込んだ。


「よく呼ばれるのはエストですけど……どちらかというとエスターの方が好みですね」

「では、エスターさんで」

「はい」


 にこやかに微笑まれた。客商売なんだろうから笑顔を作るのはお手の物なんだろうけど、美人にいきなり親しげにされるとさすがに心臓が悪い。

 それでも、顔を背けるのは失礼だろうと思って正面を向きつつ、ハリーを軽く小突き彼にも同じように呼ばせる。


「……よろしくおねがいします、エスターさん」

「こちらこそ、ハリーさん」


 ハリーも俺を小突いてきた。そんな俺達を見て、エスターさんは含み笑いを漏らした。

 それから彼女は、セレナの方に向いて何か話し始めた。断片的に聞こえる単語から察するに、彼女に向いたコーディネートについて話しているようだ。

 ときおりセレナは顔を赤くしたり首を横に振ったりした。しかし、まんざらではないという感じで、仕事が終わったらエスターさんの店に行きそうな雰囲気だ。優しそうな人だけど、商売の方はやり手のようだ。


 それから、やや遅れてサニーがやってきた。王都近くの実家から通っているらしい。近いといってもそれなりに距離はあり、家業の手伝いをしてから出勤ということもあって、朝からかなり忙しいようだ。

 サニーからまた少し遅れて、ネリーがやってきた。両手でいくつか紙袋を抱えている。


「おはようございます、エスターさん」

「おはよう、ネリーさん」


 すでに知り合いらしい。聞けば、仕事が決まった翌日に店の方に顔を出していて、それで知り合ったようだ。

 そんなネリーが抱えて持ってきたのは、昼食のパンだ。エスターさんから先にいくらか預かっていて、それで買い出しに行ったとのこと。ネリーが「お釣りが……」と言いかけると、エスターさんが言葉をかぶせた。


「買い出しの手間賃にと思っていましたから、返さなくても大丈夫ですよ」

「実は、そう言われると思って使い切っちゃいました。半端なお金で、パンの切れ端を買って揚げてもらって」


 彼女が小さな紙袋の口を広げて見せたのは、パン耳を揚げたスナックっぽい何かだ。フレーバーらしき粉がまぶしてあって、かすかに甘い香りがする。

 少し物欲しそうな顔のエスターさんが、「一口……」と言うと、ネリーは袋の口を閉じて「これは食後のデザートです~」と笑った。


 メンバーが揃い、王都を発つ。御者台にはエスターさんと俺達のうち誰か一人、荷台には二人、後の二人が荷馬車の後ろについて歩くことに。

 最初は、俺たちも載せてもらうのは、仕事的にマズイんじゃないかといって遠慮した。一方でエスターさんは逆に、俺たちを無駄に歩かせるのは気が引けるとのことだった。


「この子も、少しくらい荷が増えたって大丈夫ですよ」

「……そうですね、まだまだ余力があるようです」


 牧童のサニーが馬を撫でて確認すると、エスターさんは笑顔で「でしょう?」と言った。それでお言葉に甘え、ローテーションで荷馬車に乗ったり歩いていったりすることになった。


 昨日の顔合わせでは、ネリーとセレナが一気に仲良くなったのが印象的だった。しかし今日は、あまりそういう素振りを見せない。依頼主そっちのけで盛り上がっては、ということだろう。そうなったらそうなったで、エスターさんは会話に混ざろうとして、それでいい雰囲気になりそうな気もするけど。

 今は後ろで歩くのがネリーとハリー、それにサニーが荷台の後ろの方で二人の会話に加わっている。俺は荷台の前の方に寄って、御者台に乗るセレナとエスターさんとの会話に混ざる格好になった。

 エスターさんのファミリーネームと店名が同じということは、店主かあるいは親族経営なんだろうか。先に知っておけばよかったと少し反省し、ちょっと失礼かと思いつつ尋ねてみると、彼女は特に気分を害した様子もなく答えてくれた。


「私は店主代理というところです。父が五代目の店主で、母が副店主ですね」

「代理ですか。お仕事は、こういった外とのやり取りが多いですか?」

「いえ、実はアルセールの方に支店を作るという話が持ち上がって、両親が店の立ち上げのためにあちらで動いています。私が留守番をしているといったところですね」

「それは、大変ですね」


 セレナの相槌に、エスターさんは少し苦笑いした。


「店主代理といっても、実際には店員のみんなが良く動いてくれますから……私がやらないといけない仕事って、実はそこまでないんです。そういう意味では、リッツさんが言うように外との交渉事が、主な役割なのかもしれませんね」


 それからしばらくの間、お店のことについて色々話してもらえた。

 結構な老舗ということもあって、他の店より少し格式のある店構えになっているものの、今の代から少しカジュアル路線を意識した展開をしたところ、店を構える地区の雰囲気にマッチして業績が上がったらしい。

 そんな中、第二都市に支店を作るというのは、舶来の装身具を買いにわざわざ王都まで足を運ぶお客さんがいることに、商機を感じたからというのが理由の一つ。もう一つは、エスターさんに経験を積ませるためではないかとのこと。


「親がそばにいると、どうしても甘えてしまいますから……とはいっても、親がいないならいないで、結局は店のみんなに頼っちゃってますから、あまり独り立ちできているように感じなくて……難しいですね」


 眉尻を下げて、少し弱々しく笑う彼女だけど、そういうところを見ていると店員は勝手に頑張っちゃうんじゃないかなぁと思った。彼女自身はそういう打算込みでそのように振る舞っているわけじゃなく、純粋に気後れを感じているようだったけど。

「今回の商談は、積荷の取引ですか?」セレナが問いかけるとエスターさんが微笑んで返した。


「半分正解ですね。あの荷物を捌くのと、向こうで衣類や布を仕入れるのが今回の目的です」


 そこまで答えたエスターさんは、少し申し訳無さそうな顔になって言葉を続けた。


「布類ってどうしてもかさばってしまうから、もしかしたら帰りは荷台に載せられないかもしれません。そうなったらごめんなさいね」

「いえ、そこまで気を遣われると逆に困ります。セレナは?」

「私も……私達のことは大丈夫ですから、エスターさんは遠慮なく仕入れてください」

「むしろ、俺達を荷台から追い出す勢いで、気合を入れて仕入れてもらった方が気持ちがいいですね」

「……そうですね、じゃぁ頑張っちゃおうかしら?」


 エスターさんが軽く腕まくりして、ちょっとポーズを決めると、タイミングよく荷馬が頭を上げて軽くいなないた。エスターさんは少し驚いたようで、小さく体を震わせた。それから照れくさそうに顔を赤らめ、俺達に微笑んだ。キレイ系の美人なんだけど、所作とかちょっとした振る舞いが可愛らしい人だ。


 それから少しして、歩きと搭乗の入れ替えを行った。今度は俺が後でセレナと歩き、荷台のネリーと話す形に。それで、これまでの仕事についてネリーに聞いてみた。


「大人数のはこれが初めてだよ? 二人か三人の仕事が多かったかな」

「組んでた方は、その都度変わってました?」


 何気なくセレナが問いかけると、少し間を開けてネリーが答える。


「最初はね、色んな人と組んだ方がいいかなって思ったんだけど、それよりは数こなして慣れる方がいいかなーって思い直して……だいたいハリーと組んで仕事受けまくってたかな。仲間を増やすのは、今回みたいな大人数の仕事のときでいいやってなって」

「へー。ハリーと仕事して、何か面白い話とかある?」


 俺が聞くと、ネリーはちょっといたずらっぽく笑った。


「二人でいると、リッツの話をすることが割と多かったかなー。今何やってんだろうねーとか、こーゆーときリッツがいたらどーするんだろーとか」


 セレナが興味深そうに俺とネリーの顔を交互に見回した。少し恥ずかしくなって「俺のことはいいから」と言うと、ネリーはまた笑って口を開いた。


「三人で仕事しようねって言ってたじゃない。社交辞令で終わっちゃ嫌だなって思ってたから。ハリーも結構気にしてたんだよ?」

「……まぁ、一人の仕事ばっかやってたのは悪かったかも。うん」

「今回いっしょに仕事できてよかったよ。セレナとサニーとも知り合えたし」

「そうですね」


 セレナはネリーと顔を見合わせて微笑んだ。二人で野外調理具についての話で盛り上がっていたのを思い出し、そのことを聞いてみた。


「私って、父が薬草医で母が狩人なんだ。それで小さい頃から森の中でアレコレやってたんだけど、料理だけは家に帰ってからだったから、少し野外調理に興味があってさ」

「私は田舎の実家がジビエの料理店で……少し料理の覚えはあるんですけど、冒険者の仕事にも活かせたらって……」

「それに、外でもサッと料理できたらポイント高いし」


 ネリーがそう言うと、セレナも首を縦に小さく振った。少し頬が赤い。


「何のポイントさ」

「うーん、嫁ポイント?」

「ワイルドな花嫁修業だなぁ」


 俺がそう言うと二人とも笑った。



 宿場町までちょうど半分ぐらい進んだだろうか。時間的に頃合いということで、進みながら昼食を取ることになった。馬は道沿いの馬宿に寄っては度々食事にありついていたので、そちらに関して特に心配はない。

「無難なのを選んだつもりだけど、合わなかったらごめんね」と一言断るネリーから紙袋をもらい、中をあらためると、パンが三つ入っていた。

 一つずつ取り出して食べていく。最初に掴んだピタパンは、素揚げの野菜と魚のほぐし身が具になっている。きちんと具の水分が飛んでいるようで、パンがグズグズになっている感じはない。何種類か入った揚げ野菜は、それぞれ違う食感だ。魚は食感では主張しないものの、しっかり下味がついているようで、噛むごとに口中にちょっとピリッとした感じと旨味が広がる。

 次のはカレーパンみたいな揚げパンだ。一口かじると、それだけで具に達するくらいみっちり詰まっている。具は芋らしき根菜をふかしたものに肉のパテを合わせたようだ。カリッとした外のパンに対し、しっとり滑らかな中の具が対照的な舌触りになっている。

 最後のパンは少し小さめで、おやきみたいな形だ。一口かじると中には燻製肉と青菜の漬物を炒めたような、結構塩気のある具が入っていた。具の方はちょっと少なめだけど、味の自己主張は強い。一方でパンは厚めで噛むほどに生地の甘みが口に広がり、具のパンチに負けてない。

 黙々と食べてあっという間に平らげると、視界にまた小さな紙袋が飛び出してきた。揚げたパン耳の袋だ。


「どう、美味しかった?」

「ああ、大満足だよ」

「良かった。私が作ったわけじゃないけどね」


 ふと気がつくと、昼食で話しているのは俺達ぐらいだった。エスターさん含め、みんな黙々と食べている。夢中になって食べているあたり、調達担当のネリーとしては大成功だろう。彼女はみんなの様子を目を細めて見ている。実年齢はエスターさんが一番上なんだろうけど、なんとなくネリーが一番お姉さんっぽいポジションにいるように感じた。

 パン耳のスナックは、見た目通りの食感だ。フレーバーの粉っぽいのは、どうも何かのハーブらしい。すっきりした甘さに加え、口の中がじんわり温まる感じがある。

 俺が一口一口確かめながら食べていたのか、あるいはエスターさんが案外早食いだからかはわからないけど、彼女の方が先に食べ終わった。彼女は振り返って「ごちそうさまでした、美味しかったです」とネリーに礼を言った。


「デザート、まだ一袋残ってますよ?」


 ネリーがニコニコしながら言うと、エスターさんは少し顔を赤らめながら、もじもじと手を伸ばした。



 昼食から一時間ぐらい経つと、森を切り開いた道に差し掛かった。馬車が交差できるぐらいの幅の道を数歩出ると、鬱蒼とした森が広がっている。事前の情報では、ここで野生の動物が出現するかもしれないとのことだった。

 警戒のために、ここからは荷台から下りて四方を警戒しながら進むことになった。ただ、ある程度人の手が入っているため、そこまで危険という感じではないようだ。サニーに言わせると、よほど奥まったところへ不用意に近づかなければ、問題ないだろうとのこと。


 それでも油断せずに周囲に気を配りながら進んでいくと、野獣のかわりに別の存在に出くわした。女の子が一人、道の脇にある木の根元でうずくまっている。背格好からセレナよりも少し年下だろうか。

 辺りの様子をうかがいながら近づいていく。ネリーが森の中に視線を走らせつつ、女の子の元へ寄り、しゃがんで問いかけた。「どうしたの、大丈夫?」

 女の子は顔を上げた。少しやつれて見える。色白なのかもしれないけど、それにしたって少し血色が悪い。彼女は口を開くと、小さな声で話した。


「お父さんと、お母さんが熱を出しちゃって……お金がないから、薬草を探しに来たけど……治らなかったら、どうしようって」


 少し泣きそうな表情になって、その子はまた顔を伏せる。「薬草、見つかった?」と聞くネリーに、女の子は顔を伏せながらも、小さくうなずいた。

 ネリーが「ちょっと見せてみて」と言うと、女の子はビクッと体を震わせ、おずおずと布袋を取り出した。両手で袋を受け取ったネリーが、さっそく中身をあらためていく。

「どう? それっぽいの入ってる?」と聞くと、真剣な眼差しの彼女が答えた。


「熱冷ましとか鎮静に使われる草ね。そのまま使えるってものでもないけど……簡単なやりかただと、煎じて飲む感じ」


 すると、御者台から下りたエスターさんが女の子に歩んで寄り、しゃがんで話し掛けた。


「あなたはどこに住んでるの?」

「……この先の、小さな町」

「うーん、宿屋さんが多いところかな?」


 女の子は小さくうなずいた。近隣の町となると、宿場町しかない。どうやら目的地は同じようだ。立ち上がったエスターさんは、俺達の方に向き直って問いかけた。


「この子を連れて行っても構いませんか? 御者台に乗せてあげたいから、少し余分にあなた方を歩かせてしまいますけど」


 依頼主の提案ということもあって、特に反論もなく女の子を連れて行くことになった。エスターさんが腰を曲げて女の子に手を差し伸べると、彼女はおどおどしながら手を伸ばして握り、ゆっくり立ち上がった。今にも泣き出しそうな顔だ。

 すると、エスターさんは優しく女の子を引き寄せ、「大丈夫だからね」と言って頭を撫でた。すすり泣く声が聞こえた。


 同行者が一人増えたところで、また進行を開始した。

 しかし、進み始めて数分経ったころに、女の子が泣き始めた。泣きながら、繰り返し「ごめんなさい」と言っている。少し慌てながら、エスターさんが女の子の頭を撫でて落ち着かせようとするけど、謝罪の声は止まらない。


 そして……パァンという乾いた破裂音とともに、御者台の方から赤紫色の煙幕が急速に広がった。辺りの視界が赤紫に染まる。

 赤紫の視界の中、矢のように飛び出して御者台に駆け寄ったネリーが、驚きのあまり硬直したエスターさんの口元に布を当てつつ、御者台から離そうとする。煙にむせながら、ネリーが叫んだ。


「布を水で濡らして、口に当てて……ケホっ、なるべく、ここか、ら、はなれ……て」


 言われる前に、俺はとっさに服の袖で口を抑えていた。しかし、次第に足腰に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。それでもここから脱出しないと。

 口を抑えつつ這いずって煙から出ようとすると、何か投げられたようだ。背筋に鋭い痛みが走る。

 煙の中、意識が薄まっていく。最後に足音が近づいてきて、後頭部に衝撃が走り、目の前が真っ黒になった。

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