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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第8章 決戦
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第525話 「集う精鋭」

 大軍が向かう一大陣地に向け、俺たちはホウキを飛ばした。すると、飛び立ってから程なくして、横手から大歓声が響いてきた。おそらく、俺たちに気づいた方々が声を上げているのだろう。他に空飛ぶ兵なんていないものだから、ハッキリ言ってメチャクチャ目立っている。

 一足先にと、進みの速い俺たちに随伴するように、音の波が前へ前へと伝播していく。距離を隔てていても、期待を寄せられているのを感じた。さすがに面映(おもは)ゆいものはあるけど、悪い気はしない。

「カッコ悪いところは見せられませんね」とサニーが言うと、それにみんなも同調した。


「いや、まったく。ここまで目立っちゃなぁ」

「サニーが頑張れば、期待にお応えできそうだけどね~」

「いや、みんなで頑張りましょうよ」


 そんな軽口をたたきながら、俺たちは空を駆けていった。緊張とともに、程よくリラックスした空気はある。


 しかし……兵の流れが集まる一大拠点と、その向こうにある決戦地に近づくにつれ、口数は少しずつ減っていった。

 空から視界に入った決戦の舞台、シウヴェスク大平原は、見渡す限り荒涼としている。

 並みいる列強諸国の中でも、兵力では頭一つ抜けたマスキア国軍に対し、魔人側も相当の戦力を繰り出してきたのだろう。長年の戦火にさらされ続けたその大地は、よほどたくましい草でもなければ生存を許されないほど、荒れ果てて見える。

 そんな広大な大地の中に、動物の群れらしきものは見当たらない。迫りくる戦の気配を感じて逃げ去ったとか、そういう感じじゃない。元からそこには動物が寄り付かないように見えた。本当に、寒々しいばかりだ。

 そして、近いうちに……あの荒野に血が満ちるのかと、俺は思った。あるいは、果てた魔人の白い砂か――。


「人類と魔人の総力戦を」というだけあって、陣地は想像を絶する規模になっていた。もともと例の大平原をにらむ位置にマスキア国軍拠点があり、それを核として陣地が拡張されているという感じだ。

 陣地にある程度近づいたところで、俺たちは地面に降り立った。


 ここへ集う人の流れは、兵ばかりだと思っていたけど、実際にはそうじゃなかった。地面に立って見てみると、商人や人足らしき方々の姿がかなり目立つ。

 物資面は軍だけでどうこうできるものではなかったのだろう。諸国は兵を転移で送り込むので精一杯で、兵糧などを運ばせる余裕までは中々ないのだろうし。あるいは、兵の代わりに物資を提供したという国もあるだろうけど……いずれにせよ、周囲にいる民間の方は、ここが稼ぎどころと活気に満ち満ちている。

 目立つのは流通関係の方だけど、陣地設営の人夫の方もいらっしゃるし、他にも民間の協力者らしき方々の姿が散見される。

 それを見て、妙に安心してしまっている自分に気が付いた。各国上層部や軍属の人間だけが、勝手に向き合っている戦いじゃない。こんな最前線にほど近いところまで、手を差し伸べる民間の方もいる。そうして手を取り合って、決戦に挑むんだと。


 決戦地に近づき緊張感が増していった俺たちだけど、民間の方々の活気は良い影響を与えてくれた。俺たちの側も勇気や元気をいただく形になり、陣地へ向かう足取りも軽い。

 そして、俺たちはこの一大陣地の中の、自分たちの持ち場についた。フラウゼ王国割り当ての陣地に入ると、すでに陣地入りしている兵の方々が、歓声とともに出迎えてくださった。

 内戦の頃から結成され、反政府軍との戦いやクリーガ防衛戦、さらに共和国へ馳せ参じては戦勝に貢献と、俺たちの部隊は短い間にも戦功を重ねてきた。そうして得た勇名は、近衛という肩書よりもずっと実のあるものだ。殿下のお付きとしてではなく、俺たち個々人へ敬意を向けられているように感じる。

 そんな熱視線の集中砲火の中、歩を進めるのは、誇らしくもあるけど照れ臭いものもある。やや頬が上気するのを感じながら、俺たちは熱気に包まれる陣中を行進した。


 そうしてまず向かった先は、フラウゼ軍陣地中央にある陣幕だ。中で待っていらっしゃったのは、内戦時にもお世話になった将軍ラスタバーナ・トゥバン閣下と、お付きの武官の方々だ。

 親しげな笑みを浮かべられる閣下に、殿下が声をおかけになる。


「久しぶりだね、将軍」

「お変わり無いようで何よりです、殿下」

「いや、こう見えても、顔の裏では色々悩んでいるけどね……」

「それは言わないお約束でしょう」


 そう仰って、閣下は快活に笑い飛ばされた。広げられた胸襟に、殿下の表情も緩む。次いで閣下は、俺たちに向かって声をかけてくださった。


「君たちも元気そうで。実に頼もしいばかりだ」

「ご期待に添えられるよう、尽力いたします」

「ああ。しかし、寄せられる期待をあまり意識しすぎないように。変に背負い込んで動きが鈍っては、元も子もないからな」


 閣下はニヤリと笑みを浮かべられながら仰った。ここまで俺たちに向けられた視線や声を、この場にいながらにしてお察しのようだ。俺たちの間にあった、張り詰めた感じの空気が、閣下のお言葉で少し緩んだ気がした。

 その後、閣下は再び殿下に向かって口を開かれた。


「早速ではございますが、他国よりお客様がこちらへ。ご意向により、お待ちくださっておりますが」


 閣下に対し、殿下はすぐさまうなずかれた。それを受け、閣下が武官の方を遣わして外へ。


 それから程なくしてやってこられたのは、見覚えのある方々だ。褐色の肌に、白くゆったりとした服装。いつだったか王都に来られた、アル・シャーディーンの方々だ。

 その中央にいらっしゃる、まだ少年といった感じの方は、殿下の方へやや足早に歩み寄られた。


「やあ。来ると思ったよ、アルト」

「久しぶり。相変わらず、元気そうで何よりだ」


 殿下と言葉を交わされているお方は、見覚えがある。確か、親善試合か何だかという名目で、闘技場でやりあった方だ。あの、訳わからんくらいに強い砂の巨人を手足のように操り、俺がどうにか一点だけは報いることができた相手――。

 その彼が、殿下と大変親しげに、言葉を交わされている。立場の距離感なんて、まるでないように。記憶と今が交錯し、思い至るものがあって、俺は絶句した。

 そして、どうやら俺ばかりではなく、みんなも同様に唖然としている。この部隊の中には、あの時集客のために駆り出された挑戦者も多い――っていうか、過半数がそれだ。

 実は……とんでもない方と、矛を交えていたのではないか。そんな畏怖に俺たちは固まり、その様子を見て、お付きの方々は同情するような笑みをこぼした。そのうちのお一人が、例のお方に向かって口を開く。


「こちらの皆様方に、自己紹介なさった方がよろしいのではありませんか?」

「……アレ? アルトからは何も言ってなかった? 『アイツ、実は……』みたいな」

「いや」


 こうした短くそっけない返答も、殿下にしては珍しい。それがなおさらに、お相手の方が特別なのではないかという予感を、確かなものにしていく。

 すると、そのお方は勿体つけるでもなく、にこやかな笑みで仰った。


「僕はアル・シャーディーン王国の王太子、ナーシアス・エル・ラジュナ。フラウゼに行った時は、相手してくれてありがとう! とっても楽しかったよ!」


 俺たちの殿下は、身分を感じさせないくらいに、気さくなところがおありだけど……こちらの殿下はそれ以上だ。屈託のない笑みを向けてこられるナーシアス殿下に呆気にとられつつ、俺はどうにかぎこちないながらも笑みを返した。


 ナーシアス殿下がこちらへ足を運ばれたのは、単にご挨拶のためだけだったらしい。帰り際、殿下は少し姿勢を正されて、俺たちに言葉を掛けてこられた。


「あなた方の活躍は、遠く離れた我が国にも届いています。前に手合わせしてくれた時よりも、もっと強くなっている……そう思うと、とても心強く思います。同じ部隊として動くわけではありませんが、同じ地に馳せ参じた同志として、共に力を尽くしましょう」


 先ほどの様子とは打って変わってのお言葉に、今回もまた呆気にとられてしまった。俺だけじゃなくて、ラックスとウィン以外の大多数もそんな感じだ。

 すると、ナーシアス殿下はニコリと笑われ、俺たちの殿下に声をかけられた。


「どうだった?」

「そうやって聞いてこなければ、及第点かな」


 そんなやり取りのあと、ナーシアス殿下は軽く手を振ってから、この場を後になされた。


 嵐が急にやってきて、すぐ去ったような感じだ。まだ戸惑いが残る中、将軍閣下は苦笑いしながら告げられた。


「殿下、実はもう一国……」

「リーヴェルムかな?」

「はい。共和国第三軍の将軍メリルディア・ウィンストン女史と、アシュフォード侯がおいでです」

「さっきのよりは気楽かな」


 色々な含みを持たせたのであろうお言葉に、将軍閣下は渋い笑みを浮かべられ、俺たちの間からも含み笑いが漏れ聞こえた。一国の王太子を指して「さっきの」という表現をなさる辺り、お二方の遠慮のない間柄を感じる。


 再び武官の方が遣いに出て、共和国からのお二方がやってこられた。今度は事前に身分が明らかで、面識もあるということで、だいぶ心の余裕を持ってお出迎えすることができた。

 ただ、第三軍の将軍閣下がこちらにおられるということに、疑問というか懸念を抱いた仲間がチラホラいる。その中の一人が、かなり遠慮がちに手を挙げ、問いかけた。


「あの戦いから相応に月日が経ちましたが、将軍閣下が現場を離れられても大丈夫なのでしょうか?」

「はい、お気遣いありがとうございます。その辺りの事情について、良ければ説明しましょうか?」


 肩書の物々しさとはかけ離れた、将軍閣下――というか、メリルさん――の腰の低さと親切さに、問いかけた仲間ばかりでなく、他のみんなもやや戸惑い気味だ。少し間をおいてから、ご厚意に甘えて事情をご説明いただくことに。

 ただ、この辺りの話について、俺は軍や国の上層部の方から当時お話していただいていた。あの時の戦いは共和国第三軍が担当していたけど、戦勝まで予想外の事態で長引いて疲弊していたから、少しずつ兵を入れ替えて他軍に現地平定を引き継いでいた。将軍人事についても同様だ。

 というわけで、メリルさんは手が空いていたと言えばそうなんだろうけど……あんな戦いの後、また大勝負に駆り出されたわけだ。「あなたも大変だね」と殿下がかなり素な感じで仰ると、共和国のお二方は苦笑いなされた。


「皆様方のおかげで首がつながりましたから、私はまだ、勝運のある将軍と認識されているようでして……」

「なるほど」


 メリルさんの発言の後、今度はアシュフォード侯が口を開かれた。


「それに加えまして、今回の戦いではハーマン侯爵家のスペンサー卿が参戦します。未だ戦場に不慣れな彼のことを考慮するならば、旧知の仲が居た方がやりやすかろうと」


 ああ、なるほど。スペンサー卿は、もともと軍属じゃないんだった。新たな力を得たとは言え、周囲に知人がいないのでは、少し大変かも知れない。まぁ、フラウゼに来た時、みんなと普通に馴染めていたから、心配し過ぎかもしれないけど。

 スペンサー卿のおこぼれに(あずか)るような形ではあるけど、俺たち近衛部隊としても、あの時の戦いに関わりのある方と、また一緒に戦えるのは……なんか良かった。緊張した空気の中にも、どこか高揚する感じがある。


 それにしても……殿下にお会いに来たいずれのお方とも、俺は何らかの形で面識があった。あまり実感が湧かないけど、偉くなったというか、世界が縮んだというか……。

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