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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第8章 決戦
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第519話 「同じステージへ①」

 4月9日朝。殿下にお付きしての外遊も、今日は合間の休日。みんなに会いに行って元気を補充しようかと思いつつ、私はベッドでだらしなく寝転がっている。

 連日の諸国巡りは、やっぱり結構な負担がある。今まで意識したこともなかったけど、ある国が昼なら、別の国は夕方だったり夜だったりするわけで……そういう時差の問題に直面する生活を送っている。

 重臣の皆様方も、私よりは外交経験が豊富とはいえ、最近のような過密スケジュールは初めてとのこと。やりがいは大いにあるとしつつも、やはりお疲れの様子ではあらせられた。

 私としても、今の世の流れに関わっているという事実には、気が引き締まる思いだし、光栄にも感じている。私がどう見られているか、正確にはわからないけど……各国の士気や結束を高める一助には、どうにかなれているとは思う。

 だから……仕事の日は精一杯の元気をみなさんに見せて、オフの日はその分ぐったりしようかなって……そうしてだらける言い訳を用意しつつ、うとうとまどろむ私。


 しかし、部屋のドアが叩かれた。それに続き、「アイリス様」との呼びかけが。

 こういう事態は想定済みで、最低限の身だしなみは整えて二度寝しようとしていた。読みが当たっていたことに、なんともいえない残念さを覚えつつ、私はドアに向かって声を返した。

 ドアを開けると、こちらの従業員の方が。彼は折り目正しくも申し訳なさそうな表情で、私に頭を下げてくる。


「お休み中のところ、申し訳ございません」

「お客様ですか?」

「はい。宰相府からの使者のお方です」


 宰相府であれば、私のスケジュールも把握していらっしゃるはず。あえて休日に使者を遣わせるほど、急な用件ができたのかもしれない。

 休日を狙い撃ちにされた不満よりもずっと強い懸念で、私の眠気が吹き飛ぶ。余所行き用の上着をひっかけ、従業員さんの後について、私はロビーへ向かった。


 その宰相府のお方というのは、私が知っている方だった。ウィルフリート・ローウェルさん。元は魔法庁長官のこの方には、リッツさんが転移で飛ばされた際、帰還の補助でお世話になった。その縁もあって、毎年年始に顔を合わせては声をかけている。

 ただ、それ以外での関わりは特になく、こういう公用のような形でお会いするのは初めて。少し身構えてしまう私に対し、ローウェルさんは表情を崩し、小さく頭を下げてきた。


「お休み中のところ申し訳ありません。少々、お時間よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」


 彼のキャリアを思えば、私に対して腰が低い対応をされるのが、どうもしっくりこないところがあるけど……それはさておき、私は彼の案内に従い、外に出た。

 そうして向かった先は、転移門管理所だった。彼のことは信頼できる相手だと思うけど、急な用件で話を聞かないまま、門をくぐることには抵抗がある。

「何用でしょうか?」と、我ながら硬い声で尋ねると、彼はかなり申し訳なさそうな顔になって、一枚の封書を差し出してきた。


「何分、内密の用件なものですから。しかし、信じていただけるかどうか……」


 手渡された封書と彼の顔を何回か交互に見、彼がうなずくのを認めてから、私は封書を慎重に開けて中身を改めた。

 目を疑った。

 書いてあることが信じられず、書面と彼を交互に見てしまう。そんな私に、彼は困ったような苦笑いを向けて一言。


「とりあえず、案内だけでも、させてもらえませんか? 一応、上からの指示ですので」

「……はい」


 いただいた書状は招待状で……天文院からの物だった。


 それからも信じられないことは続いた。管理所に入り、例の部屋に入って門の接続を待っていると……転移門が浮いて地面と平行になった。最近使っていた門とは明らかに違う挙動に戸惑ってしまう。

 管理所の方は、私の顔を覚えてくださっているみたい。困惑する私に向け、柔らかな笑みを向けてくださっているけど……それでもやっぱり、予想外の事態に、私は慌ててしまうばかりだった。



 今日は朝から驚きと戸惑いが続いたけど、一番は天文院の総帥閣下に対面したときのこと。紫色の球体がいきなり声を発してきて、私は飛び上がりそうになってしまった。


「あ~、ゴメンね? そんなに驚かすつもりはなくて」

「つまり、多少はあったと」


 ローウェルさんがチクリと刺すように指摘を入れると、総帥閣下は「ウッ」と声を詰まらせられた。

 私自身に、まだ落ち着かない感じはあるけど、歓迎していただけている雰囲気はある。少し深めに呼吸を繰り返し、私は口を開いた。


「この度はお招きいただきまして、望外の至りです」

「そんなにいいとこでもないけどね。でも、来てくれて助かるよ」


――このお言葉の選び方は、少し気になった。嬉しい、喜ばしいではなく、助かる。ということは、私に何か頼みごとがあるのだと思う。休日にわざわざローウェルさんを遣わしてまでという、ここまでの流れにも符合する。

 親し気に声をかけていただきながら、早々に本題を尋ねることには、我ながら抵抗を感じてしまうものがある。でも、どこか気持ちを急き立てるものも同時に覚え、私は尋ねた。


「さっそくで恐縮ですが、お呼び立ていただきました理由について、お聞かせ願えませんか?」


 すると、総帥閣下は「いいよ」とお答えになられた。けれど……言葉が途切れ、その代わりというべきか、紫の球体の中で紫の光線が当てもなくさまよい始める。それが、何か逡巡(しゅんじゅん)なさっているように見える。

 ややあって、総帥閣下は声を発された。


「精神操作関係について、話があってね。君を責めようっていうんじゃないよ。色々なしがらみから、当時の君がああやって動かざるを得なかったとは、僕らも把握しているから。そう、身構えないで」

「……はい」


 温かなお気遣いをいただいても、跳ねるような心臓の反応は、すぐには静まらなかった。それでも、深呼吸を繰り返し、私は自分を落ち着けた。その間、総帥閣下も、立ち会うローウェルさんも、静かに見守ってくださっていた。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「うん……とはいえ、いきなりまた驚かすようで本当に申し訳ないんだけど、次の戦いで例の精神操作術者が動くなら、君が一番のターゲットになると思う」

「それは、承知しています」


 今や私は、国際協力の象徴的な役割を任される形になっている。たぶん、実際に戦闘が発生しても、そういう役回りは変わらない。

 後は、敵がどこまでそういう事実を把握しているかだけど……状況を把握できたなら、私の存在を急所と捉え、動いてくるのは理にかなっていると思う。

 それに……「一度、操られた前歴がありますから」と答えると、総帥閣下は短いため息のような音を発された後、「そうだね」と認められた。


 それから少しして、総帥閣下は「よく見てて」と仰った。すると、私の前に淡い紫色の球体が現れた。そこへさらに、紫色のマナの輝線が走り、魔法陣の形を成していく。

 その魔法陣は、内部の円が直交する立体構造になっていて、一般的な魔法陣を逸脱している。使われている型も、一世代で終わらない形式の複製術が使われていて、間違いなく禁呪に類する系統の魔法陣だ。

 ただ、この多層型の魔法陣の外層部には、心徹の矢(ハートブレイカー)の文を合わせてある。組み合わせが珍妙で、一目見ただけでは何をするのか見当もつかない。


 だけど――これを目にして、脳裏にひらめくものがあった。ここまでの話の流れと、本能的な直感が、私の口を動かす。


「これはもしかして……私を奪還した際に使われた魔法でしょうか?」


 そう口にした私に、総帥閣下は驚きがこもったような声で「さすが」と答えられ、言葉を続けられた。


「これは、君を精神操作の魔手から救い出した魔法で……発案者の命名で、盗録(レジスティール)って呼んでるよ」

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