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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第6章 戦う理由
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第320話 「見捨てられない」

 上空のやり取りが収まり、いくらか時間が経ってから、合図の光が輝いた。思わず胸を撫で下ろす。合流するまで詳細はわからないけど、とりあえずは問題なく勝てた――そういう合図を目にすることができた。

 あとは脱出するだけだ。俺は背負ったボディバッグから、折りたたみ式のホウキを二つ取り出した。これを展開してホウキの形に直し、片方をジェームスに手渡す。

 しかし、今まで捕まっていた彼自身に飛ばせるのは、やはり少し気が引ける。普通のホウキよりもじゃじゃ馬な、折り畳みバージョンだからなおさらだ。といっても、俺の方は公爵閣下に一緒に乗っていただくだけで手いっぱいだ。やはり、ジェームス自身に頑張ってもらわなければ。


 次いでハーネスを取り出し、給仕さんに手渡して閣下に取り付けてもらう。

 そこで、彼女と目が合って、この先のことを考えた。こちらの給仕さんは、果たしてどうなるんだろう?

 閣下がいなくなれば、同時に姿を消した俺たちを招き入れたその罪を問われるに違いない。身を隠そうにも限度があるだろう。諜報員さんみたいな、この道のプロならいざ知らず。

 念のため、彼にこの後の処し方について尋ねてみたところ、”彼用”の脱出ルートはあるようだった。


「ただ、私単独であれば問題なく姿をくらませると思うのですが……」

「そうですか……」


 つまり、給仕さんの安全までは保障しかねるということだ。彼が言外に持たせた含みは、給仕さんも当たり前のように察したようだ。少し瞑目して後、目を開いた給仕さんは、少し震えながらも力強い視線を向けてきた。すでに覚悟が決まっているのだろう。

 しかし、どうにかして彼女もここから連れ出したかった。貴重な情報提供者だから、こちらで保護する価値は十分にある。

 それに、仕方ないと思って犠牲にするようなやり方を容認すれば、今夜一夜だけで色々なものを喪失してしまいそうだった。

 そこで俺は、ジェームスに尋ねた。


「もう一人乗っけて飛べそうか?」

「……考えてることはわかるが、ちょっとキツいな」

「わかった」


 彼を救い出すための作戦で、無理はさせられない。

 給仕さんも脱出させるために、上空のみんなを使うわけにもいかない。こちらの城から距離を取り、地上からの注意をひきつけてくれている中、呼び寄せればかえって注意を引きすぎる。それに、こちらからの合図に気づくかどうかも怪しい。

 そこでまず、上空のみんなと合流するところから始める。完全に回復しきっていないと思われるジェームスには、小さめの薬瓶を手渡した。100mlも入っていない程度の小瓶だけど、これでも結構値が張る霊薬入りだ。そいつを彼は一息で、実にうまそうに飲み干すと、ちょっとだけ元気になったように見えた。

 それから、実際に飛び立つ前に室内で感触を確かめさせる。ちょっとピーキーなところもある折り畳み式だけど、彼の順応は早かった。さすがに、王都からここまでの空路という一大事業に関わるだけはある。

 俺の方はというと、折り畳み版でも二人乗りは問題なくこなせるようになっていた。ただ、今回は後ろに貴人を乗せての飛行になる。しかも、敵地の空を飛ぶわけだ。今日一日の締めくくりに迎えた大一番に、強い緊張を覚え、胸が強く脈打つのを感じた。


 それでも俺は、覚悟を決めた。見守る諜報員さんと給仕さんに振り向き、ひとまずの別れを告げた後、ジェームスと一緒にベランダから飛び立つ。

 飛び立ってから、地面から撃たれやしないか不安に駆られた。それに、吹き付けてくる風であおられ、肝が冷える。後ろに乗せた公爵閣下のことも、共に飛ぶジェームスのことも心配だった。

 それでもどうにか、バランスを崩すことなく飛び続け、上空で待機する仲間たちを目視できた。

 そちらで待っていたのは二人だ。先ほどまで戦っていたはずのもう二人は、戦場から離れた連絡係のラウルたちと先に、合流するという手はずになっている。


 俺たちが姿を現すと、待っていた二人は心底安心したような表情を見せた。ただ、俺の背におられる公爵閣下を見て、かなり恐縮したようになる。そんな彼らに、俺は告げた。


「一回着陸したいんだけど、構わないか?」

「ああ、わかった。少し離れたところで着陸しよう」


 地上から見つからないように、眼下の街でも光が少ない辺りの上空を飛ぶように移動する。

 そうして俺たちは、クリーガから少し離れた辺りの丘陵の影あたりで止まることにした。無事に地面に着陸すると、空中戦をやっていた二人は、ジェームスとの再会に嬉しそうな表情になる。

 しかし、そんな彼らに言いだすのは申し訳ないような気がしつつも、俺は話しかけた。


「俺の代わりに、普通のホウキに公爵閣下を乗せて差し上げてほしい」

「ああ、折り畳みの方じゃ、ちょっとな……」

「それもあるし……今からあっちに戻って、情報提供者の一人を拾ってくるつもりだ」


 一瞬二人の顔に、信じられないという驚きが広がる。しかし、それは一瞬だった。一方はひきつったような笑みを浮かべ、もう片方は普通に笑った。


「まったく、いっつも無茶しやがる」

「ほんと、申し訳ない」

「……お前が行かなきゃ、危ないんだろ、その人」

「ああ」


 すると、俺の後ろから公爵閣下が声を掛けられた。


「私の方からも、どうか……言えた義理ではないことは、重々承知しているが……」


 いきなりお声がけをいただいて恐縮してしまう。しかし大義名分を得たようだし、これほど立場のお方が身近な部下のことを気にかけているという事実に、なんだか嬉しさがあった。会ったこともない、他のクリーガの首脳陣と比較してしまっているのかも知れない。

 気持ちを新たにした俺は、急いで公爵閣下の繋ぎ変えを行う。すると、俺の前にホウキがニュッと差し出された。


「急ぎの仕事だろ? こっちのフツーの使えよ。いや、フツーっていうか速い奴か」

「ああ、ありがとう!」

「いいって。俺も、折り畳みの方には少し興味あったんだ」

「正直、むずいぞ」


 ジェームスが割り込んできて、俺たちは苦笑いした。


 そして、譲ってもらったホウキにまたがり、俺は再びクリーガへ向けて飛び立った。

 飛び出して、我ながら無茶しているとは思った。確かに、公爵閣下のご要望ではある。しかし、お声がけいただくまでに自分で決めたことだ。

 冷たい向かい風の中、俺は高度を上げて上空から急降下するような進路を取る。

 その間、こんなことをしている理由を、俺は自問自答した。

 もしかしたら、罪滅ぼしなのかもしれない。囚われた仲間を救うということに正当性はあるとしても、人を撃った事実は拭えない。

 それは仕方のないことだったのかもしれない。でも、色んなことに対して、言い訳みたいに「仕方ない」と言って済ませたくない。これから何度も、難局は訪れるだろう。そのたびに「仕方ない」で済ませていけば、何にも立ち向かえない無気力な人間になってしまうかもしれない。

 それに、人と人とが争い合う世の中になりかけている中、戦火をどうにか食い止めようと俺たちは立ち上がったんだ。そんな中で、志が口ばかりでないことを示すために、出会ったばかりの人への優しさや思いやりを見せなければならないとも思う。


 だから、今踏ん張るんだ。


 クリーガ上空から急降下するようにして、先ほどのバルコニーに到着すると、あの二人がまだ室内にいた。

 俺はホッとした一方、二人は目を丸くして驚いた。それから、先に反応を示したのは諜報員さんの方だ。今夜かなりクールな感じだったけど、今はいい笑顔で俺に向き直り、話しかけてくる。


「実を言うと、あなたのことは少し耳に挟んでいるのです」

「というと、この任務とは無関係に?」

「はい。あまり公言できないことですが……聞きしに勝るという奴ですね」


 どこの誰からどのような話をされたのかはわからないけど、褒め言葉だと思っておこう。

 それで、まだ驚きのあまり立ち尽くしている給仕さんに、俺は予備のハーネスを手渡した。


「コレをつけて、一緒に脱出しましょう」

「えっ……そのために、ここまで?」

「公爵閣下から、そのようにご依頼が」


 俺自身、このまま放っておきたくはないと思っていたけど、公爵閣下の言を持ち出すのが早いだろう。そう思って言ってみたところ、彼女は涙ぐんだ。

 できることなら、このまま泣かせてあげたいけど、そうも言ってられないだろう。いつまでも、この居室が安全とは限らない。俺は諜報員さんに尋ねた。


「この辺りで、何か不審な動きは?」

「我々だけです」


 身も蓋もない返答に笑い、安心した。給仕さんも、ちょっと落ち着いたのか、泣き止んで含み笑いを漏らした。

 それから、彼女にハーネスを装着してもらって、ホウキへ二人乗りになる。そして出発の前に、俺は諜報員さんに話しかけた。


「今夜は、本当にありがとうございました!」

「いえ、お役に立てて何よりです。それに、一緒に仕事できたことは誇らしく思います」

「……いつかまた、お会いしましょう」

「あまり無茶をなさらないように」


 それはお互い様と思いつつ、俺はホウキに乗ったまま彼に会釈した。すると、背後でも妙な重心の動きがあった。給仕さんも頭を下げたようだ。そんな俺たちに、諜報員さんは優しい笑みで手を振った。

 そして俺は、バルコニーから夜空へ飛び立った。

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