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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第2章 独り立ち
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第31話 「記者との出会い」

 例の夜に関し、閣下に問われたとあっては答えざるを得ないものの、傍らの少年の素性がどうしても気になってしまう。俺も素性に関しては色々隠しているので、人の事は言えないか。

 彼に視線をやると、朗らかな笑顔のままさっそく自己紹介をされた。


「はじめまして、メルクリーフ・ストラードです! 王都の冒険者ギルド本部で、広報とか連絡員とかやってます!」

「リッツ・アンダーソン……です」

「リッツさんですね! 僕のことはメルと呼んでください。敬語等のお気遣いなく、お気軽にどうぞ!」

「はぁ……」


 彼の握手に応じつつ、周りの方々に視線を送る。

 記者らしき彼の前で、あの夜のことを話す流れになっているけど、お嬢様とマリーさんはあまり警戒していないようだ。ただ、少しばかり困惑している風ではある。

 それから閣下に視線を飛ばすと、苦笑いしながら先程の言を補足された。


「あの戦いで使った魔法に関して、記事にはしないが個人的にぜひとも知りたいというのでね。少し見せてやってもらえないだろうか?」


 メルは握手したまま、深く頭を下げている。お嬢様とマリーさんは、二人で顔を見合わせた後、こちらに真顔になってうなずいた。

 悪い事にはならないってことだろう。会ったばかりの彼のことをどこまで信じられるかはともかくとして、日頃お世話になっているみなさんからGoサインが出ているのだから、多少の不安はあるもののやらざるを得ない。

「では」と言って握手した手を離すと、メルはそれまでとは打って変わって、落ち着いた口調で「ありがとうございます」と言った。笑顔も消えて、かなり真剣な雰囲気だ。


 人に注目されながら禁呪を使うのにかなりの緊張を感じたけど、さすがに使い慣れているだけあって、右手は何の問題もなく器と複製術をあっという間に書き上げた。

 メルは無言のまましゃがみこんで、今書いたばかりの器たちを食い入るように見つめている。彼がどういった反応を示すか、みなさんもかなり気になるのだろう。彼の「うーん」という小さな唸り声以外、誰も言葉を発さず、自然と緊張感が高まっていった。


 ややあってから、やおら立ち上がって閣下に向き直ったメルが、真剣かつ少し戸惑っているような表情になって言った。


「これは、複製術ですね? 第3種禁呪の」

「ほう、よく知っているな」

「仕事柄、使っていただくこともままありますので。さすがに自分では使いませんけども」


 閣下に確認をとった後、メルは黙り込んで器の方に視線を落とした。考え事をしているようで、右手で持ったペンの尻をこめかみに押し当て、眉間にしわを寄せている。

 それから、次は俺に話し掛けてきた。


「リッツさん、念のためにお伺いしますが、最初からこの形で使うことを想定されてましたか? できれば、こうして使うまでに至った経緯などもお話いただければ、大変ありがたいのですが」

「えーっと」


 閣下に視線をやると、穏やかに微笑みながらうなずかれた。


「例の失敗談込で話してあげると良いのではないかな。少なくとも、結構な貸しになるだろうね」


 閣下がそう仰って、メルは少し苦笑いした。

 たぶん、今回のやりとりは個人的な貸し借りで済ませられる話なんだろう。返礼がどうなるかはさっぱりだけど、メルが真面目な表情をしつつも興味ありげな視線を送ってきたので、失敗しまくった罠の件も含めて話すことにした。

 下から撃つタイプの魔力の矢(マナボルト)を目指して始まった一連の試行錯誤について、メルは「なるほど」とか「面白いですね!」とか相槌を打ちつつ、徐々に表情が楽しそうになっていった。

 記者っていうことだし、こういうのも彼流の話術なんだろうか。そう考えたものの、それにしたって周りの皆さんに警戒があまりないので、本当に聞きたいだけなんだと思うことにした。

 ひとしきり話し終えると、メルは走り書きしていたメモを閉じて、また難しげな表情になって考え込んだ。

 その後、また俺の方を向いて問いかけてきた。


「リッツさんは誰に魔法を教わりましたか?」

「お嬢様だけど」

「アイリスお嬢様、どのように魔法を教えられました?」

「どのようにというと……」


 漠然とした問に答えあぐねる彼女を見て、メルは「すみません、答えづらいですよね」と言って苦笑いした。


「貴族の方々がどのように魔法の訓練をされているのかまったくわかんないんですけど、いわゆる実戦派に近いかとは思ってます。どうでしょうか」

「はい、おそらく実戦派に近いとは思います」

「……”光見せれば”」

「”先暗し”」


 何やら合言葉のようなやりとりの後、メルは笑って「筋金入りですね、ありがとうございます」と言った。

 後で聞いた話では、”光見せれば先暗し”というのは実戦派の中でもあまり知られていない、かなり意識の高い標語らしい。その意味するところは「魔法陣を書いてるところを見られるようなノロマに明日は来ない」という、かなりスパルタなものだ。

 お嬢様がそんな標語を知っているということで、メルは訓練の方針を把握できたようだ。しかし、どこか怪訝な表情になって、また考えごとを始めた。

 少し間を置いてから、考えがまとまったのだろう。彼は閣下に向き直った。「どうかな?」と閣下が問われる。


「……さすがに、記事にはできませんね。というか、頼まれてもやらないですし、誰かが公表しようという考えであれば、僕は止めに入ります」


 情報漏洩の心配はないようで安心した。というより、彼も秘密を守る側に回るようにも思える。お嬢様もマリーさんも、表情に安堵の色が見て取れた。

 メルの言葉に対し、閣下は満足げにうなずいてから仰った。


「できれば、そのように判断した理由を話してもらえないかな? きみは、この場の誰よりも世事に長けているだろうから、色々と興味深い話も聞けそうだ」


 それから閣下は俺とお嬢様の方に視線を送られ、メルもそれに気づいて俺たちの方を見てきた。「そうですね、借りもありますし」と前置きして、メルは話し始めた。


「禁呪を用法外で使っているというのが、第一にあります。ただ、これだけならさほどでもないと思うんですが……」


 そこで切ると、メルは俺の方に真剣な顔を向けて言った。


「リッツさん、あまり気を悪くしないでいただきたいんですけど、僕らの基準で言えば、この罠っていうのは”書きかけ”になるんです。文がないから、魔法じゃないって考えです。その書きかけを実戦に持ってくるっていうのが、少しありえないです」


「ブラフや威圧に器だけ見せることもあるだろう?」と閣下が問われると、苦笑いしてメルは首を横に振った。


「すみません、言葉が足りませんでした。コレって器をそのまま使ってるわけですよね? 閣下が仰られたブラフや威圧は、器の先あっての駆け引きであって、リッツさんの罠とは根本的に違うと思うんです」


 そう言ってから、メルは少し宙を見上げて考え込み、また口を開いた。


「そうですね、リッツさんのは……なんか飯屋っぽい店に行ったら、変な皿出されてそれで終わりみたいな、かなりアバンギャルドな感じです」


 話しているうちに調子が出てきたのだろう、彼は生き生きとした口調で続ける。


「貴族も冒険者も魔法庁も、結局魔法使いとしては似たようなもので、覚えたことを確実に、相手より早くってのを重視してるわけです。なので、機先を制すって意味では、リッツさんが最初に試みた撃つ方の罠も理解できなくはないですが……それでも、そんな暇あったら普通に撃ち殺す方が早いって、だいたい皆が思います」

「それは自分でやっててもそう思ったよ」

「ですよね。まぁ、先んじて仕掛けることで駆け引きに用いることはできるでしょうけど……失敗を繰り返した結果、犬を捕らえる方向に舵を切れるのも、ちょっとありえないというか……だいたい魔法の訓練って、できないことを確実にできるようにするのが重要ですからね。仮に撃つ罠で失敗したら、みんな『次はうまくやらなきゃ』ぐらいにしか思いません。『犬が動いてないの何でだろ』とかは、『予定と違うけど、これはこれで面白えや』なんて、あまり考えないでしょうね」


 そこで彼は一息ついた。色々言われているうちに、閣下やお嬢様に「ものの考え方が違う」みたいに言われたことを思い出した。あれは、この世界の魔法使いでは当たり前になっている、習慣とか思考法に囚われていないって意味だったのかもしれない。

 また少し間が空いてから、メルが言った。


「かいつまんで言うと、大半の魔法使いって真面目すぎて(せわ)しないんです。たとえ冒険者をやってても、人とは違うことを試したり、うまくいかなくても別の可能性に気づいたり……そういう遊びが少ない感じですね」

「そういった普通の冒険者から、彼は疎まれるかな?」


 閣下の問いに、どこか楽しそうに考え込んでから、メルは答えた。


「そこが微妙なところなんです。自分にできないことをできる人に対しては、正直に称賛する傾向はありますし、器を実用化するってのはかなり面白い発想なので……むしろ、自分にできないことをやってくれたことに対して、評価というか、好印象すら持たれるかもしれません。今の僕がちょうどそう感じてます」

「冒険者的には問題ないと?」

「ええまぁ。ですが、それがある意味問題で。魔法庁は禁呪ですから、この罠を絶対認めないでしょう。一方で、冒険者が面白がって評価するようならば、魔法庁とギルドの溝がさらに深まる可能性があります」


 閣下は腕を組んで瞑目された。お嬢様とマリーさんは、さもありなんという感じでうなずいている。


「両者が対立していなければ、リッツさんの名を伏せた上で罠の紹介記事をやるのもいいかもとは思うんですが、現状の空気では無理ですね。戦勝ムードをぶち壊しかねませんし。なので、僕も公表には反対です」

「なるほど」


 閣下はそう仰ってから、俺とお嬢様を交互に見て話しかけられた。


「今回の魔法に関し、ギルド側広報の見解は以上のようだが、何か聞いておくことはあるかな?」


 俺たち二人は無言で首を横に振った。それを受けて、閣下は微笑んでメルにうなずかれた。


「色々と講釈ありがとう。大変参考になったよ」

「いえ、こちらこそ! いきなりの訪問でしたが貴重なお話をしていただき、ありがとうございます!」


 メルは最初に会ったときの朗らかな笑顔でそう言うと、両手を差し出して握手を求めてきた。


「また何か面白い話をしていただければ嬉しいです!」

「あ~、いまネタ切れで、ごめん」

「仕入れたらお願いします!」


 彼の元気さに若干押されつつ、握手に応じた。ブンブン手を振られるかと思ったけど、意外にもそんなことはなく、ただ少し力強く握られただけだった。

 握手を済ませた彼は、深々とお辞儀をしてから屋敷を後にした。すると、場が急に静かになった。「嵐が去りましたね」とマリーさんが小声で言って、みんなで少し笑う。


「ところで、今から少し話せるかな?」


 閣下に不意に尋ねられ、お嬢様とマリーさんに視線で問いかける。すると、お二人は目配せした後、俺にうなずいた。数列との格闘は、ある程度教えたので大丈夫のようだ。


「はい、大丈夫です」

「では部屋まで」


 そう言われて、俺は閣下の部屋までついていった。

 改まった話ってやつだろうか。何事もなければいいけど。

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