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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第6章 戦う理由
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第316話 「クリーガ上空」

 王都から出発して4日目の昼、俺たちはクリーガの後背にある森林地帯にいる。かなり大回りして、回り込むように着いたここで、日が沈むのを待つ。比較的監視の目が薄いであろう反対側から、夜陰に乗じて上空に侵入するわけだ。幸い、夜が長くなってきた時節だから、作戦時間に余裕はある。

 日没後、クリーガに向けて出撃し、任務に取り掛かってからまたホウキで離脱する。その一連の流れを考えると、日が沈んでから登るまでは、満足に休息をとれそうにない。そのため、今から仮眠をとることになる。

 その際の見張り役を買って出たのはラウルだ。作戦実行時、彼は2人乗りホウキの複座側で、離脱時に起き続けている必要はない。だから、その時にホウキの上で寝ればいいだろうという話だ。彼は外連環(エクスブレス)による通信係も兼ねているけど、そっちは離脱して少し落ち着いてから一報入れればそれでいいだろう。


 今いる森は、そこそこ木の密度がある。おかげで、周囲の目はあまり気にならない。人里から離れていて、人間や動物が日頃立ち入っている様子もない。その点は、仮眠をとる側としては好都合だった。明るい暖色系に色づいた落ち葉をかき集め、即席の寝床を作り、六人で横になる。

 しかし、さすがに寝付けない。目を覚ましたら、作戦本番だ。決行を数時間後に控えた今から、緊張で胸が高嗚って仕方がない。

 他のみんなも同様で、互いに言葉は交わすことなく、静かな緊張感が張り詰めている。そんな中、仲間の一人がおどけるように言った。


「ラウル、何か子守唄でも頼む~」

「お前な~、男にやってもらって嬉しいか?」

「じゃ、お前は、女の子にやってもらいたいのか?」


 逆に問われると、次第にラウルの顔が赤くなっていって、彼は照れ隠しに「早く寝ろっての」と笑いながら言った。しかし、まだまだ眠気はないし、今しがた話題が提供されたばかりでもある。ラウルにとっては不運なことに、また別の仲間が食いついた。


「なあ、シャーロットとはどうなんだ?」

「いや、何で知ってんだよ、まったく……まだ友達だからな!」

「まだ、ねぇ」


 樹冠を見つめながら話を聞いていても、意地の悪そうな悪友の微笑みだけは、目の前にありありと思い浮かんだ。それからそいつは、優しげな声音で「ちゃんと帰ろうな!」と言った。それにラウルが返す。


「どっちかっていうと、俺が一番安全なポジションだろ? そりゃ、それなりに重労働だし、責任もあるけどさ」

「迎撃が来なけりゃ、俺らが一番暇だけどな」

「さすがに来ないわけないだろ~」


 もちろん、戦闘にならない方がいいに決まっている。しかし、そういう脅威に対して話し合う口調は、割と軽めだった。

 それで、ラウルの次は俺に話題が飛び火した。


「リッツ、お前好きな人とかいないの?」

「いるけど、言わないからな」

「へえ~、いるのか……」


 心底意外そうに言われ、それはそれで妙な気持ちにさせられる。さすがに言えやしないけど、「アイリスさんのことが好き」とか言ったら、みんなどういう顔をするだろう?


 それで、彼女のことをふと思い出した。今回の作戦は、準備から実施に至るまで極秘で、もちろん彼女にだって伝えていない。

 しかし、その極秘ってのが(てい)のいい逃げ場になっているのは否めない。言いにくいこと、伝えづらいことから、都合のいい言い訳に逃げ込んでいる気がする。だから、事が終わって殿下や諜報部門の方から許しが出るようであれば、今回の作戦についてぐらいは彼女に話そうかと思う。

 まぁ、言ったら言ったで、どういう反応をされるかわからない、ちょっとした恐怖があるけども……でも、言わずに済ませようとは思わない。

 だから、こんなところでくたばるわけにはいかない。


 そんなことを一人考えていると、仲間が先ほどの話を蒸し返してきた。


「なあ、リッツ。お前、その子に告った?」

「いや、まだだけどさ……」

「告るまで死ぬなよ」

「……まぁ、そうだな~」

「いつ死ねるやらって感じだけどな!」

「ははは、長生きしろよ!」


 人の気も知らないで、悪友たちがそんなことを言うと、他の連中も笑いやがった。

 しかし実際、死ぬまで思いの丈を打ち明けることは、ないんじゃないかと思う。あの子が好きってだけで、別にそれ以上を望んでいるわけじゃない。ただ、笑顔でいてほしいってだけだ。

……いや、違うな。言ったところで俺たちの関係がどうこうなるものでもないから、負け戦が目に見えているから、言えばきっと迷惑だろうから言えないだけだ。

 でもまぁ、そんな片思いでも、気力を沸き立たせてくれるのは確かだ。だから、こんな話題を振られたことには感謝しよう。

 少し肌寒い中でも、胸のあたりには確かな温かさを感じた。あの子のことを思い出しただけで、勝手に温まれる。そんな自分の、割と単純なところがありがたい。

 そうして心地よい温もりに心身を預けていると、俺の意識はいつの間にか闇の中へ沈んだ。



 小声で話しかけられつつ、体を揺すられて目が覚めた。すっかり暗くなって、夜空には星の明かりが(またた)いている。

 いよいよ決行だ。部隊全体の荷物入れから、俺は真っ黒な服を取り出した。ダイビングスーツのように、顔以外を覆うそれは、マナ遮断スーツだ。これで降下時に、クリーガ城壁内蔵のマナ検出機構を素通りする。スーツには頭部を覆うフードや顔に巻くマフラーのようなものもあって、以前ハリーが着たのよりもニンジャのようになっている。

 さすがに、この服単体だと目立ちすぎる。そのため、これをインナーにして、普通の服を上に重ねる。そうして降下後は、あちらの住人に成りすまして行動するわけだ。

 スーツの上半身と下半身をそれぞれ着ると、ヒヤッとした生地が肌にまとわりつくようで、思わず身震いしてしまった。インナー向けにということで、工廠には少しタイトに作ってもらっているから、なおさらだった。

 着替えが終わり、小さめのボディバックに必要な装備一式を詰め込む。そうして準備が整うと、俺たちは円陣を組んだ。


「リーダー、何か言う事は?」

「告白以外でなっ!」


 俺を茶化してくる軽口も、今は結構ありがたい。緊張感が程よくほぐれてから、俺はみんなに向けて言った。


「ジェームスと引き換えに、このうちの誰かでも欠けたんじゃ意味がないからな。死ぬ気で生き延びろよ」

「ま、こんなとこじゃ死ねんしな」

「そうそう。なんてったって、本戦の足掛かりなんだもんな~」


 そういうことだ。都市上空から忍び込んで、囚われの友人はおろか、幽閉されているという公爵様まで救い出す――そんな前代未聞の試みだって、両軍衝突をどうにかするという、途方もない試みの前哨戦でしかない。

 俺はとんでもない身の程知らずかもしれない。しかし、志を同じくする俺みたいな奴がこれだけいる。そのことはとても心強く思った。

 最後に一言、「出撃しよう」と言うと、みんな頼もしい笑みで答えた。


 夜の闇に紛れて空を駆ける。身を潜めていた森から、目的地までは十数分程度の距離だ。あっという間に、城壁に囲まれた大きな都市が近づいてくる。

 本当に、大きな都市だ。空から全景をうかがうと、王都に近いか、それ以上の大きさに見える。外郭になっている城壁には、明かりが点在していて、俺たちみたいなのを警戒しているのが伝わってくる。

 城壁に囲まれた内側の街は、大通りを中心にかなり明るかった。今の王都とは大違いだ。王都の方はというと、早めに閉店する店が多く、往時のような活気はない。

 二つの街を心の中で比べると、複雑な思いにとらわれた。ここの人たちは、どういう顔で生活しているんだろう――いや、きっと王都の住人と、こちらの住人に、大きな違いはないだろう。ただ、生まれた場所が違うだけだ。


 あまり考え事をしたって重荷になるだけと思い、意識を入れ替えて降下地点へ向かう。

 降下するのは都市南側の、明かりがない暗いエリアだ。その中でも少し広い屋上がある建物があって、そこにロープで降下する。城壁からは距離があって、見張りには気付かれにくいだろう。それに、その辺りは住宅街で、今なら見とがめられる危険性は低い。

 目印になる明かりを確認した俺たちは、その降下ポイント上空に集まった。ここから降下準備に入る。


 まず俺は空歩(エアロステップ)を展開し、ラウルが操作するロープを手にした。乗っていたホウキは空中戦要員の1人に手渡し、背負ってもらう。後は腰にロープをくくりつけ、空歩を切って、ロープを下ろしてもらうだけだ。

 そこで一瞬、「仲間の顔が見納めになるかも」そんな考えが頭をもたげた。しかし、そんな考えは、吹き付ける秋の冷たい風に呑まれて消えた。

 ここまで来る、たったそれだけのことでも、相当の取り組みがあったんだ。それに、支えてくれたみんなが、王都で待っている。そう思うと、緊張と恐怖にくじけてなんかいられない。


 静かに覚悟を決め、俺はラウルにうなずいた。そして、足元の支えを消して……俺は敵地へ降下を始めた。

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