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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第2章 独り立ち
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第29話 「久しぶりの特訓④」

 いよいよ実際に物を動かす段階に入った。俺の力量では、まだ魔法陣の大きさを自在に縮小できるわけではないので、円の大きさよりも一回り大きい程度の紙を地面に敷いて、そこに魔法を展開することになった。

「では、お願いします」彼女にそう言われて、練習した視導術(キネサイト)を書き込んでいく。さきほどまでの、ただ記入する訓練とは一段階違うということで少し緊張したけど、拍子抜けするほどあっさり書き込めた。


「次に紙をゆっくり持ち上げてみましょう。まずは視線と指先の向きを一致させましょう。マナの流れもきれいになって、目の前の魔法にまっすぐ意思を伝えられるようになります」


 彼女の、「ゆっくり、ゆっくり」という声に合わせ、ほんの少しずつ、断続的に紙を上に引き上げていく。指先を弱く引かれる感覚があった。最初に森の中で手袋をつけてマナを吸い出された、あのときの感覚に近い。

 しかし、今回は俺が主導権を握っているということだろう。強力に吸い出される感じはなかった。

 そして、紙を腰ぐらいの高さまで持ち上げることができた。「最初でここまでできれば上出来です」と喜ぶ彼女に、こちらも嬉しくなる。次いで、彼女が指示を出した。


「では、目を閉じて何か他事を考えてください。魔法に関係のない題材が良いですね」


 少し腹が減ってきていたので、料理のレシピを思い浮かべることにした。最近食べてないからコロッケにしよう。まずは台所に入るところからか……。

 頭の中でレシピをなぞっていくと、途中で彼女の「もういいですよ、目を開けて下さい」という声が聞こえ、目を開けた。

 腰まで上げた紙は、地面に落ちていた。


「あまり落ち込まないでくださいね、継続型はこういう魔法ですから」

「きちんと意識し続けないと、消えてしまうということですか?」

「正確に言えば、マナの繋がりが必要なんです。繋がりと言っても、目に見えるほど濃いものではありませんけど。マナの繋がりは、訓練すれば無意識にでも維持できますが、まずは意識的につなぎ続けるところからですね」


 説明の後、まずは自分の魔法とのつながりを意識する訓練が始まった。


「最初は指を使って、動かすことと留めることを意識しましょう。視線も合わせ、目の前の魔法とのつながりに集中します。やがて、指の動きと魔法の動きに、感覚的な確信が持てるようになったら、少しずつ視線を他へ移す、たまに他事を考えるなど、無意識でもマナをつなぎ続ける感覚を養っていきます」


 言われたとおりに、俺はやってみた。この訓練は自分のマナを思い通りに操っている感覚を、先の2種の魔法よりも強く感じられて楽しい。

 そうやって楽しめたおかげか、意識的に動かす方は、さほどかからずに感覚をつかめた。

 そんな練習の間に、器や文の訓練で少し気が遠くなりかけたり、注意を引っ張られたりしたことを思い出した。彼女にその件を聞いてみる。


「継続型の器では、術者からマナや意識を引っ張ろうという働きがありますから、それを感じ取ったのでしょう。慣れないうちは違和感があると思いますが、感じ取れるということはマナの流れに敏感ということですから、それは長所と考えてもらって大丈夫です」


 続いて視線や意識をあえて外したりする訓練だ。しかし、これが難しい。今までの訓練は視導術以外でも指と視線の向きをあわせていたため、結構な違和感がある。


「視線や意識を外すことに不安を覚えるようであれば、指の指し示す先に紙があることを一種の常識だと認識しましょう。夜明けに日が昇るのと同じような常識です。そうすれば、目を離すことも怖くありません」


 悩むのもバカらしくなるほどの断定口調で、スパッとアドバイスされる。

 思えば、他の魔法のときも、使えて当然という自信を持つことが大事だった。そして自信を持ったその先にまた1段上のステップがあった。今回も同じだ。魔法を覚えた右手の感覚を信じよう。

 視線を離す練習は、違和感だけが邪魔していたらしい。意を決してやってみると、指はしっかりと期待に答えてくれた。見てから、視線を外し、また見る。繰り返しやってみても紙は浮き続けた。


 他事を考える段になると、やはり難しい。どうせなら、今の魔法に役立つことをということで、彼女の解説に耳を傾けつつ、紙を浮かせる事になった。


「継続型の訓練はとても重要です。1回使い切りの単発型と違い、同時に複数使い続けることができますから。継続型が苦手な魔法使いは、どうしても手数の面で押し負けやすくなります。その、同時に複数の魔法を操るための訓練として、無意識下でもマナでつながる訓練をしているわけです。複数の魔法に意識を奪われるようでは、目の前の相手のことなんて考えられませんからね。息をするように、魔法を継続するのです」


 彼女はそう言うと、あれよあれよという間に魔法陣を書き上げ、見たこともない継続型の魔法をいくつか発動させた。その光景に目を奪われていると、浮かせていた紙が落ち、彼女は「頑張りましょうね」と言って笑った。


 練習を繰り返すと、他事を考えても少しはつながりを継続できるようになった。つまり意識せずともマナのつながりを維持するコツを掴みつつあるということだ。

 ちょっとした会話をしながらでも魔法を維持できるようになったところで、少し別の訓練をすることになった。


「指で浮かせることに慣れたら、一度指ではなく目で紙を動かしてみましょう」

「目でも動かせるんですか?」

「書くところまでは手が必要ですが、書き上げてからは視線でも魔法と繋がれます。視導術はもともと、手で他事をしながら視線で動かすことを想定して作られたそうですし」


 言われて、目で動かそうとやってみる。しかし、指のときと比べて遥かにしんどい。目に力を入れようとして頭がクラクラしてくる。

 そこへ、彼女が助け舟を出してくれた。


「紙を動かしたい方向へ、視線を集中させつつ、ちょっとだけ指を動かしてサポートしてあげましょう」

「いいんですか?」

「指で物を動かすのは日常でもやっていますから、魔法でも離れたものを動かすところは意外とイメージできるものです。ですが視線で動かすとなると、そうは行きません。ですから、まずは指で後押ししましょう」


 ちょっとズルっぽい気もするけど、まずはできないことを”できるかも”と思わせる事が必要らしい。

 言われたとおり、視線で念じつつ、それに追随するように少しだけ指で紙を浮かせてみる。


「視線で念じて、指を少し動かし紙を浮かす。この動作を徐々に早くしていきます」


 彼女の掛け声と手拍子に合わせ、視線に一拍遅れて指で紙を浮かせる。この流れを少しずつペースアップしていくと、次第に視線と指のどちらで動かしているのか、ごっちゃになってくる。


「どちらで動かしているのか、混同してしまっても大丈夫です。どちらで動かしても結局は同じことですから。あなたが指で紙を浮かせられるように、視線でも動かせるのはとても自然なことです」


 訓練に集中しつつ、彼女の言に耳を傾ける。穏やかな口調で教え諭す言葉が、スッと耳から中に入り込んで、妙な自信というか、「彼女がそういうならできるんだろう」という安心に変わる。

 それからも練習は続いた。手拍子がどんどん早くなって、視線で動かしているのか、指で動かしているのかがますますわからなくなる。視線を先行させることを強く意識し、目の後に結果が続くと自分に言い聞かせる。

 不意に「指を止めましょう」と言われた。俺は何事か察し、指を止めて、視線だけを浮いた紙に注ぐ。視線を動かすと、紙はそれに追随するように、宙を滑らかに動いた。手もとに視線を移すと、指は動いていなかった。代わりに、ちょっとしてから手もとに紙が届いた。


「素晴らしい上達です。目を閉じて、少し休憩しましょう」


 少し休んでから、感覚を忘れないように指と視線の交互で紙を動かす訓練に入った。

 指で動かす方は安定していて、視線の方も次第に会話を交わせる程度にまでは慣れてきた。


「本を浮かせられるようになるのは、いつ頃でしょうか」

「本はまだ難しいですね。意識しなくてもつながる、視線でもつながるという今までの訓練とは、また少し違う訓練が必要になりますから。それと、対象物の大きさに合わせた上で魔法陣を書き上げ、そこに効率よくマナをつなげる必要がありますから……」

「先は長そうですね」

「はい、練習あるのみです」


 そうやって練習を繰り返していたところに、マリーさんがやってきた。昼食の準備が整ったらしい。

 しかし、それを伝えに来た彼女は、そのまま昼食に案内するのではなく、「ところで」と言って別の話を切り出してきた。


「昼食後の練習の前に、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか。複製術に関して、疑問に思うことがありまして」


 俺とお嬢様の視線が合った。どちらに話があるんだろうと思った矢先、「リッツさまにお聞きしたいと考えています」と、答えを先回りされた。

「俺で何とか答えられることなら」と答えると、「ありがとうございます」と微笑んで返され、昼食へ案内された。

 複製術に対しては俺も疑問だらけなので、こういう話を持ちかけられる事自体、少し違和感がある。

 答えられる内容ならいいんだけど。

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