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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第5章 真実
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第226話 「あの人の故郷①」

 3月23日10時。俺は王都北区の行政区画にいた。辺りの人通りは少なく、そんな数少ない通行人の身なりは大変しっかりしていて、ただ待ち合わせているだけでも結構緊張する。

 所在ない感じで待っていると、街路の向こうから俺の方へ小走りでやってくる冒険者が見えた。アイリスさんだ。帽子にスカーフ、ちょっとゆったり目の上着という出で立ちで、つまりはいつもの冒険者然とした変装だ。

「お待たせしました、行きましょうか」と彼女は、若干申し訳無さそうに微笑んで言った。これから向かうのは、王都の転移門管理所だ。


 アイリスさんとラックスのおかげで、転移門の使用許可を得ることができた。もっとも、使用する主体はアイリスさんで、俺は彼女の付き添いとして同行する形になる。転移門使用の名目は、交易品の現地実勢価格調査。観光目的で転移する場合によく使われる名目で、一種の符丁のようにもなっているらしい。土産を買うのも公務扱いとかなんとか。

 こうして使用許可を得るのに、何か無理をしたんじゃないかと心配ではあったけど、特に問題はなかったようだ。それでも、何かしらの権力や権限……というより、何か強力なコネを使ったんじゃないかとは思う。聞き出すのも問題があるかと思って、そのままにしておいたけど。


 転移門は、北区の衛兵詰所に近い場所にある。露骨に厳重な警備をしているわけではないけど、何かあれば即応態勢をとれる感じだ。

 俺達が管理所の門の前に着くと、門衛の方が会釈をしてきた。それに返礼してから、アイリスさんは帽子を取って胸の前に持ち、もう片方の手で一枚の書類を門衛さんに差し出した。転移門の使用について、国の許諾を得たという書状だ。一般人では、手にするどころか、目にする機会すら無いだろう。

 しかし、そんな書状を提出する側も受け取る側も、堂々としていて立派に感じた。俺だとこうはいかないだろう。そうして感心しつつ眺めていると、門衛さんは書状が正当なものであると確認したようだ。それから彼は、俺達に身分照会を求めてくる。それに従い、俺達はそれぞれの身分証を提示し、自分のマナで身分証を発光させた。すると、「確認できました。ご協力ありがとうございます」と門衛さんは言って、俺達を敷地の中へ通した。


 建物の方は、木々に取り囲まれる形で立っている。しかし、緑が多くても安らぎは感じなかった。外壁はのっぺりした質感の白い材質でできていて、見るからに人工的な物体という感じがする。それが、周囲の自然からは浮いて見えて、奇妙な非日常感を醸し出している。

 建物の中に足を踏み入れると、昼前だというのに少し薄暗い。廊下には窓があるけど、光は木に遮られて中にはあまり入ってこないようだ。少しひんやりした空気の中、俺達は進んでいった。硬質な床に乾いた足音が響き、ほんの僅かに反響して廊下の先へ飲み込まれていく。

 そして、転移を行う部屋にたどり着いた。廊下以上に薄暗い部屋は、壁や床がぼんやりと発光している。そんな部屋の中央には、直径2メートル以上はある金色のリングが3つあり、互いに直交するようになっている。これが転移のための設備なんだろう。その姿に緊張と興奮を覚えた。

 部屋に入った俺達に、管理者の方が先に話しかけてきた。俺よりも少し年上ぐらいの青年だ。彼は、国でも指折りの重要施設に務めているわけで、大変なエリートなのは間違いない。しかし、物腰は柔らかで、すごく丁寧だった。そんな彼にアイリスさんが応対し、妙に和やかな感じで話が進んでいく。


「エーベル王国へということですが、転移先は王都リエリアでよろしいでしょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 フィオさんについて、あれからもう少し調べてみたものの、やっぱり国以上のことはわからずじまいだった。だったら現地で聞いてみようというわけで、人が多い王都を目指すわけだ。

 具体的な行き先が定まったところで、管理者さんは転移の儀を始めた。金色のリングに、濃藍色のマナが注がれていく。

 すると、リングの内側に半透明で藍色の球体が現れた。表面にはところどころに、濃い藍色の光点が瞬いている。この藍色の球が、この星を表しているのだと直感した。

 その、輝いている光点のうち、2つがより強く輝き出した。それと同時に、球を囲う3つのリングの内、地についている1つを残して2つが動き出す。2つのリングが、残った1つに重なるように動いていくと、球も合わせて動き出した。奥行きを失っていくかのように潰れていく。そして、球の表面で輝く2つの光が、一層輝きを強くしながら近づいていって……。

 2つの光点が重なり合った瞬間、金のリングも隙間なくピッタリ重なり、リングの内側の空間が藍色に染まった。その藍色の円は膜のようになっていて、かすかに波打っている。

 管理者さんは、その膜に自身のマナを刻み始めた。ただの文章だ。俺達があちらへ向かう件に関し、転移する人員と、転移の目的を書き込んでいる。

 一通りの情報を書き超えたところで少しすると、反応があった。向こう側からの返答が刻まれていく。こちらの管理者さんは円の上半分を、向こうの方は下半分を使っていて、文がごっちゃになる心配はない。問題は、あちら側から書かれた文字が、こちらから見ると反転しているってことだ。

 書き込みが終わったと思われるところで、俺はちょっと身を乗り出して読み込もうとした。横ではアイリスさんも同じようにしている。すると、管理者さんは小さな含み笑いを漏らしてから、「危ないですよ」と言った。そして彼の指示に従い、俺達は身を引っ込めた。

 俺達がリングから十分な距離をとったところで、管理者さんは右の人差し指で円を描いた。その動きに合わせて、3つ重なったリングの1番内側がぐるっと半回転する。これで、向こう側から書かれた文字を、向こう側と同じように見れるというわけだ。

 うまいことやるもんだと、感心しつつ気恥ずかしさも覚えた。目が合ったアイリスさんも、暗闇に浮かぶ頬にほんのり朱色が差している。俺が照れ隠しに「便利ですね」と言うと、管理者さんは微笑みを浮かべて答えた。


「こうするための機能ではないのでしょうが、もう標準的な手法になっていますね。他の国も同様です」

「なるほど、現場の工夫ってことですか」

「そのように考えていただければ」


 そんな、ちょっとした会話が済んでから、改めて文章に視線をやる。肝心の向こう側からの返答は、俺達が向かうことを了承し、こちら側のタイミングで接続してくれというものだ。

 いよいよ……そう思ったところで、管理者さんは頬をかきながら言った。


「仕事柄、転移に関しては色々と情報が耳に届きまして……ウィルフリート・ローウェルはご存知かと思います」

「はい、大変お世話になりました」

「あれは、私の友人でして……悪友と言ったほうが正確かもしれませんが」


 ウィルさんのことはただ者ではないと思っていたけど、こうして転移門の管理者の方とも交友関係があるってんだから相当なもんだ。ますます、彼の来歴とかが気になってくる。

 まぁ、ウィルさんのことは、今度あった時に聞けばいい。今は自分のことだ。管理者さんは、ほんの少し照れくさそうにしながら話しかけてきた。


「なんといいますか……生身での虚空渡りに成功したと聞きまして、これは一度会っておかなければと」

「……自分では、まぐれ、だと思ってますが」

「だとしても、私にとっては偉業です」


 そう言って彼は、笑顔で右手を差し出してきた。

 魔法使いとしての力量や知識は、きっと彼の足元にも及ばないだろう。それでもこうして、自分がやったことを認められている。そのことに、色々な感情が湧き出してきた。称揚があまりしっくりこなくて、座りが悪い感じも確かにある。一方で、誇らしさもあるし、恥ずかしさも。

 色々思いながら、俺は握手に応じた。こういう時、気兼ねなく手を握り返せるようになろう、それが今一番強く願ったことだ。

 握手を済ませてから、管理者さんは仕事の仕上げにかかった。藍色の膜に書き込まれた文字を全て消した後、リングにマナを投じる。

 すると、リングの内側に向こう側の風景が見えた。といっても、見えるのは似たような壁なんだけど、違う空間だというのは明白だった。リングの内側には透明な膜が張ってあるようで、向こう側が少し揺らいでいるようにも見える。

「処置は終了しました」と管理者さんは言った。あとはくぐるだけだ。一応、付き人の俺が先に行って、安全を確認するという体裁を取る。

 歩いてリングに近づくと、近寄るほどに胸の高鳴りを感じた。しかし、意を決していざ足を向こうに踏み入れると、どうということもなかった。向こう側に入った部分が、こちらよりも少し涼しいのに、奇妙な感じを覚えたぐらいだ。

 そうしてあっさり、他国の地についてしまった。これが本来の転移なんだろうけど。後から続いたアイリスさんも、何事もなく転移を終え、俺達はエーベル側の管理者さんの指示に従ってリングから距離をとった。すると、リングの内側の膜が消えてなくなり、リングの向こう側に普通の壁面が見えるようになった。

 転移の一通りが終了したところで、こちらの管理者さんがにこやかに言う。


「エーベル王国、王都リアリアへようこそ」

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