第217話 「最初の見舞客②」
俺が転移を食らったという件は、さすがに多くの方に知られているようだ。ただ、知っているのは国防関係の方か、冒険者のみんなぐらいだ。それと、お世話になっている宿の方々も。
問題はその転移に関して、どれだけ情報を開示するかということだ。魔人側の動きは不明瞭だけど、あちら側でも情報が錯綜している可能性はある。それぐらい、あの戦いは雑というかずさんだった。連中が俺のことを把握しきれていないという考えは、希望的観測と言って切り捨てられるものでもない。そんな中、俺が転移を受け、また舞い戻ったという件を広めるのが、連中に対する情報戦略上好ましいかどうか。
内通者がいないということを前提にすれば、この件を秘匿することはできる。国防関係者は言うまでもないし、冒険者も信用商売だ。俺の安全にも関わる事項だと知ってもらえれば、そうそう口を割ることはないだろう。
「そういうことでしたら、秘匿していただいたほうが良さそうに思われますが」
「はい。しかし……」
宰相様はそこで言葉を切られた。何かを言い淀んでおられる。やがて、宰相様は少しばかり申し訳無さのにじむ表情で言われた。
「いささか、無遠慮な物言いになるかとは思いますが……」
「何でしょうか」
「……世界の壁を超え、人力での帰還を果たしたと聞いています。そのことは紛れもない偉業ですし……我々の国を選ばれたことは、知られて然るべきかとも考えています」
俺は返答できなかった。生まれた世界を捨て、こちらを選んだ。そのことは事実だけど、公にするような恩着せがましいことはしたくないと思っている。でも、俺が関わった方々の受け取り方は違うのかもしれない。目の前にいる宰相様とラックスの眼差しからは、感謝のような敬意のような、そんな温かなものを感じる。気がつけば、頬を熱いしずくが伝っていった。
そのまま静かな時間が流れた。お二人は俺の言葉を待っている。宰相様に決を委ねることは可能なのだろうけど、俺なりに考えて言葉をお伝えするのが誠意だと思った。
ようやく、気持ちが決まった俺は、宰相様に言葉を伝えた。
「私のことを待っていてくださった方々へは、何らかの説明が必要かと存じます」
「なるほど。では、ありのままを伝えるべきと」
「……話すべき事項と、そうでない事項というものは、あるかと思われます。その線引に、お知恵をいただければと」
さすがに異世界の住民だったというのを明かすのは難しい。そのことは全員の見解が一致した。あまりにも突拍子がない話で、それこそ嘘と思われかねないし、変に話が広まっても困る。ありのままの話というわけにもいかず、どこかは妥協したほうが安全だ。
そこで、別の世界のことは伏せておくことになった。もちろん、すでに俺が異世界の住民だったと知っている方はいる。今回の転移で知ることになったのは、まずあの時の作戦で俺がいた本営を指揮していた、シドさんとラックス。それと、帰還に際して協力してくれた、ウィルさんとシエラだ。軽はずみに秘密を漏らすような面々ではないから、秘匿するのに手遅れということはない。
異世界等の事情を伏せた上での、作り話は以下の通りだ。俺は地図上でどこにあるかもわからない島に飛ばされたけど、島にはそうやって飛ばされた先住民がいた。転移についての深い理解がある彼らの協力があって、なんとか俺はこちらに帰還を果たした。でも、そのことを公にすれば、飛ばされた彼らとこれから飛ばされる誰かに累が及びかねない。だから、みんな秘密にするんだぞ、と。
作り話は宰相様の作だった。その話を一言一句漏らさないぐらいの気持ちで覚えようとしたけど、別にそこまでシビアにならないでも良いらしい。
「作り話であると知れても構いません。世話になった彼らを守るため、色々伏せてあるとでも言えばいいでしょう」
「かしこまりました」
世話になった方々へ作り話で済ませることに、やはり何か引っかかる部分ってのはある。洗いざらい全てをぶちまけた方が、きっと楽になるだろう。しかし、センセーショナルな本当の話を伝えることで、予想もつかない事態が引き起こされる可能性がある。だから、話はなるべく身内や関係者の間に留め、異世界の件は伏せる。それが現状の妥結点になった。
とりあえず、その場で決めて置かなければならない話は、そこまでだった。見送りに立とうとする俺を、やんわりと手で制し、宰相様は静かに立ち去られた。
部屋にはラックスが残った。2人きりになって、なんだか気恥ずかしさを覚える。彼女の方はというと、嬉しそうではあるけど神妙な感じもあって、複雑な面持ちをしている。
1つ彼女に関して気になっていたのは、宰相様と一緒に来られたということだ。マナの色的には平民だけど、ものすごい名家の出自と聞いている。でも、宰相様と一緒に行動するレベルとは思ってなかった。
「言葉遣いは、今まで通りでも?」と尋ねると、彼女は微笑んだ。
「如何様にでも」
「左様ですか」
「左様左様」
少し厳かな感じの軍服っぽい装いをした彼女が、そんなふざけた言い方をするものだから、おかしくて吹き出してしまった。場がほぐれてから、彼女はしんみりとした感じで言った。
「また会えて良かった。受け持った部隊で未帰還者が出ると、やっぱり辛いから……」
「うん」
「……帰還って言葉、気に障らない?」
「いや……こっちが今の俺の居場所だと思ったから、色々無理して戻ったんだ。でも、気遣いは嬉しいよ」
「そっか。おかえり」
「うん、ただいま」
挨拶が済んでから、彼女は穏やかな感じの微笑みに、少し困った感じをにじませて本題を切り出した。
「今までも、いくらか国の上層部からは認識されてたところはあるけど、この件でリッツのことは結構知れちゃったの」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「ただ、上から話があるって言っても、そうそう表立って動けるわけでもないからね。だから、私が橋渡しにってことになったの」
家柄などの都合で、彼女は王城やその近辺に居ても問題ないらしい。一方でギルド所属の冒険者でもあり、俺と国の上層部をつなぐにはちょうどよい人材とのことだ。
でも、そんなに国の上の方の方々が俺に何か用があるのか、疑問に思わないでもなかったけど、宰相様や殿下を引き合いに出されて妙に納得してしまった。
「そういうわけだから、主に殿下と宰相様からになると思うけど、何か連絡事項があれば私経由になるからね」
「わかった」
「逆に、私を使って上申してもいいけど?」
「やらんて」
即答すると、彼女は笑った。堅い感じの装いが、逆に笑顔を引き立たせている。それに少しドキッとして少し頬が熱くなった俺を、彼女は特にいじったりはせずに別件を切り出した。と言っても、他愛のない雑談だったけど。
「この件……あなたが戻ってきたことで、さっそくアダ名ができてね」
「マジか、早いな……いや、それはいいんだけど。何?」
「帰還者だって」
これまでの、画伯やらなんやらに比べれば、随分かっこいい名前をいただけたようだ。俺はそう感じたけど、実際他のみんなにとっても似たような感じらしい。
「戦うことで飯を食っている者には、とても縁起がいいアダ名だから、当分の間はありがたがられるかもね。見舞いも多くなると思うよ」
「そうか……ラックス的にはどう?」
「私は……画伯とか教授の方が好きかな」
俺が何かするたびにアダ名がついていくのも、もとはというと彼女に似顔絵を書いてあげたのが発端になっているように思う。その最初のアダ名を彼女が気に入っているというのが、なんだか喜ばしかった。
「しかし、なんだかラックスが俺のアダ名を管理してるみたいで……売り込みとかやってもらってるみたいだなぁ」
「そういうつもりはなかったけど、そういうのもいいかもね」
実際に彼女が俺のことを上にアピールするかというと、そういう感じはないと思う。互いの面倒が少なくなるように、俺と王城の方々との橋渡しを務めてくれるってことだから。自分で何か事を起こそうってことはないだろう。
でも、彼女の存在は俺にとって、連絡係にとどまらないと思う。アイリスさんとはまた違う感じで、上流社会を知っているだろうから、いざという時に相談に乗ってもらえれば、とても助かる。
「ラックス」
「なに?」
「これからもよろしく」
「うん」
連絡事項は以上だった。話を伝え終わり、彼女は部屋から退去した。1人になって、開けた窓から風が吹き込み、薄手のカーテンを揺らす。
昼からまた、見舞い客が来るだろう。それも、たぶん結構な人数が。顔は合わせたいけど、言葉には詰まるかもしれない。そんなことを思って、胸の高鳴りを感じながら、俺はベッドに横になって時を待った。




