第200話 「一つの終わり」
控えの戦力をつれて前線へ僕も向かおう。そのように意を固めたものの、逃亡してきた者の多くは完全に戦意を失っていた。こんなはずでは……そんな落胆が表情ににじみ出ている。
奴らの軽率が戦力を徒に減らし、ことによれば人間側の反攻の勢いの原因でさえあるかもしれない。そう思うと、苛立ちで体が震えた。
見せしめに1人殺せば、少しはやる気を出すだろうか? つとめて平静を装い座り込む奴らの1人に近づくと、そいつは短く高い、哀れな悲鳴を上げて後ずさった。それを見て、逆に殺意がしぼんでしまった。期待したのが間違いだった。いや、そもそも期待をしていたのかどうか。
もはや戦うことも叶わない連中を林に置き去りにして、僕と余剰戦力は、現状で一番大きな戦場へ向かう。例の邪魔者がいるかどうかはわからないが、戦闘が激しくなればやってくるだろう。
そうして戦場へ歩を進めると、背後から「どうやって帰ればいいんだ!?」という、みじめな叫び声が聞こえた。返事をするのにも煩わしさを覚えたが、一応の責任はあると思って向き直り、「帰還は2日後という話だったはずだ」と叫び返す。すると、それ以上の声が聞こえることはなかった。
人を殺せると思って、嬉々として馳せ参じて、それであの体たらくだ。失ったって、どうということはない。
☆
第一の拠点としていた林からそれなりに歩くと、遠くでマナの光が見えた。戦いの空気を肌で感じ、抑圧されていたものが解放されていくのを感じる。
駆け出し、更に近づくにつれて、戦闘の様子はより鮮明になってきた。人間側は精兵で固めているようだ。こちら側が魔獣や瘴気を用いて行動を制限しようとするも、連携で囲まれないように立ち回っている。
片や我々魔人の力はというと、数こそ他の戦場よりも多いものの、白兵戦でも魔法でも精彩を欠き、人間の巧みさにうまく受け流されている。
戦場へ接近しつつ視線を走らせていると、加勢に気づいた魔人の1人がこちらを向いた。その表情は怒りに歪んでいる。
「デュラン! テメエ、今更ノコノコと!」
奴はまだまだ言い足りないようだ。それまで剣を打ち合っていた人間から、少し距離を取ろうとする。そこに僕は、魔力の火砲を打ち込んだ。白い砲弾は奴の胴に炸裂し、わずかに赤紫に染まる白い爆炎に混ざって、砂が舞い踊る。
戦闘は、その瞬間だけ静かになった。こちらの同士討ちに、人間は好機と捉えるよりも困惑した。僕が放ったマナの色にも警戒をしているようで、それぞれが一度大きく後退して陣形を組み直していく。
一方の魔人側では、不穏な空気に恐れや怒り、混乱などが入り交じる。やがて、静寂を1人の魔人が破った。
「おい、なんのつもりだ?」
「勝手に先行しておいて、”今更”だと。お前もそう思っているのか?」
右手で白いマナをちらつかせると、奴は黙り込んだ。それから、状況を静観している連中にも聞こえるよう、僕は大きな声で告げた。
「従えないのなら、せめて勝て。それもできないならば、お前たちは一生最下層の掃き溜めだ」
抗弁の声はなかった。代わりに「畜生!」と誰かが叫び、それが再び戦いの火蓋を切って落とした。僕への不満も、結局は奴ら自身の境遇への不平を置き換えているに過ぎない。そんな八つ当たりじみた感情が、今はすべて人間の方に向いて襲いかかる。
連中が戦意を新たにしたところで、僕は人間側の布陣をあらためて見回した。ほうきを持った奴はいない。連中を痛めつければ来るだろうか?
たとえこの場の人間が、それぞれ相応の手練だとしても、僕にとってはとるに足らないことだった。戦果としても興味はない。しかし、リッツ・アンダーソン、奴だけはこの手で殺さなければ。奴に今回も活躍され、始末できずに帰還したとなったら……大師とあの女の顔を思い浮かべるだけで、頭に血が上る。
奴をおびき寄せるため、僕も戦闘に加わり、人間への攻撃を開始した。僕だけの白いマナは、染色型で容易に他の色へ変わっていく。赤紫は当然として、橙も藍色も、赤も紫も。一切の貯めも遅滞もなく、矢継ぎ早に繰り出される虹の矢の雨に、人間たちは驚き戸惑う。
しかし、奴らはそれでも戦意は喪失しなかった。互いに光盾でかばい合い、他の魔人に隙があると見るや、一気呵成に攻撃を重ねて圧倒する。戦闘経験が足りない連中は、押し込まれると弱い。そのことは認識していたものの、僕が加勢したというのにあの有様では。体の奥から憤怒が沸き起こり、より一層の攻撃を仕掛ける。しかし、奴らは瓦解しなかった。光盾を通り抜けた矢に被弾した者もいるが、かすめた程度のようだ。あるいは、そういう陣形なのかもしれないが。
それでも、僕が力の限りを尽くすと、連中は防戦一方になった。奴らの連携に一時は押し込まれていた自陣も、少し調子を取り戻し、ここぞとばかりに攻撃に移る。その意地汚さには辟易したが、文句は言っていられない。
虹色の矢の雨の中、光盾で受けている女の1人に、大剣を構えた魔人が近づく。卑劣漢とでも言ったほうが似合う表情の男だが、これが戦局に貢献するのならどうでも良かった。矢の中に火砲を混ぜてやると、女は衝撃で吹き飛んだ。外傷は見られないが、倒れたまま動かない。男は大剣をこれみよがしに振り上げる。しかし、目の前の女は動かない。
そして、男が剣を振り下ろそうとするその瞬間、男の脳天に実体がある矢が突き刺さった。そして男は倒れ込み、動かなくなった。体から砂がこぼれ出る。
この戦場に弓兵なんていない。突然の出来事に、自陣も人間側もにわかに騒ぎ出し、その後すぐに馬のいななきが遠くで響いた。そして地鳴りと、追加の矢がやってくる。加勢の動きは迅速だった。間断なく攻撃を仕掛けては包みを縮め、こちらの動きを制限してくる。
その中にはほうきに乗った男の姿もあった。奴は倒れた女の元に降り立ち、抱えて逃げ出そうとする。そして、気がつけば僕は、奴に何発か火砲を打ち込んでいた。
白と赤紫の爆炎に土埃が舞う。それらが晴れると、奴はこちらに光盾を構えていた。僕は自分でも何を言っているのかわからない雄叫びを上げ、奴にいくつもの矢を打ち込んだ。女を守るため、奴は光盾を構え続けることしかできない。しかし、奴の光盾と同じ色の矢を放っても、矢は透過せずに食い止められた。しかも、何発矢を放っても、光盾が完全に砕ける様子はない。矢と光盾がぶつかりあい、砕かれたマナがきらびやかな光を放つ。奴は、まだ健在だった。
「なぜ生きている! どうしてそんなにも僕の邪魔をするんだ!」
「邪魔はそっちだ、とっととくたばれ!」
奴が言い返してきたのと、ほぼ同じタイミングで僕の方に物理的な矢が飛んできた。それをなんとか回避すると、奴の背後に回り込んだ男が、女を抱えて離脱を始めた。逃げる背を奴が守ろうという算段のようだ。
人間1人始末できないでいる自分に、無性に腹がたった。他の魔人の方も似たようなものだった。加勢に来た連中の個人技とチームワークに翻弄され、少しずつ押されていく。
加勢に来た人間の中には、奴以外にも見たことがある顔がいくつかあった。それらは、僕に敵愾心を向けたり、あるいは単に憐れむような視線を投げかけたり、かと思えば淡白に無視してきた。
今更、魔人どうしの連携になんて頼れない。ならばと火砲や逆さ傘で脅威をばらまいていく。しかし、互いの存在で落ち着きを維持できているのか、人間たちは僕の攻撃を的確にしのいでいった。
連中のチームワークと、それを崩せず逆に押される魔人を見ていて、僕は急に強い孤独を覚えた。羨望なんて感じるはずもない。王都にいたときも、取るに足らない連中でしかなかった。単に、今戦っている連中が特別に優秀なだけだ。今頃王都では、無能な連中が足を引っ張り合っている。
しかし、それでも人間たちの戦いぶりには、苛立たしいくらいに訴えかける何かがあった。僕らには決して持ち得ない、何かが。いや、違う。単に、ちょっとした劣勢がそう感じさせているだけだ。政治的には僕が既に勝利している。これは余興でしかないんだ。
内心、少し揺るがされているのを感じつつ、それを押さえつけていると、塗りつぶした黒い空の向こうに寒気を覚えた。ここにいる誰よりも強い者がやってくる、そんな気配がある。
戦況は思わしくない。ここが潮時だ。僕単独であれば、帰還するマナの備えは十分にある。そんな冷静な判断が一瞬で頭を占め、僕は頭を振った。また頭の中で声がする。
奴を殺さなければ。しかし、矢でも火砲でも攻めきれなかった。奴が光盾だけに専念しているからだろうが、たかが人間1人殺せないでいる、その事実が体を熱くする。
空の向こうから、気配は確実に近づいてくる。同朋は押されつつある。奴は殺せなかった。もう、潮時だ。転移で離脱するのが賢明な判断というものだ。
しかし、離脱して帰還して、帰る場所なんてあるのか? 当初から役立たずをすりつぶす作戦だったとしても、五星はそれを公然と認めるだろうか? 他の魔神たちは? 孤独になるのはどうでもいい。ただ、ひとり逃げ帰ったと蔑まれるのだけは許せない。
考え事をしている間にも、体は勝手に動いていた。右手に集まった白いマナが強い光を放つ。まさに帰還用に集められたかのようだ。僕が本心では怖じているように感じて、激しい怒りが心を塗りつぶした。負け犬になって帰るくらいなら、死んだほうがマシだ。
すると、転移のための白い光が、僕に天啓を与えた。
殺せなくても、消すことはできるかもしれない。
☆
遠くで見える戦場に白いマナの光が見えて、私は強い不安を覚えた。戦闘中に、わざわざ染色型で白くする意味なんて無い。でも、もとから白いマナを出せるのだとしたら……。
それが魔人の特性だとしたら、徳を持つ有力者だ。今回の襲撃で一番強い者かもしれないし、もしかすると首謀者の可能性もある。他の戦場が少しずつ終息に向かっている中、あそこに魔人と人間双方の戦力が集中していることも、敵の首魁がいることを示唆しているように感じる。
そうなると……心配なのはリッツさんだ。彼が先にあちらへ向かったと、本営で聞いていた。彼の素性は敵方に知られている可能性があって、優先的に狙われるかもしれない。そうでなくったって、飛んでる救援者なんて狙われて当然だ。
一度見えた白い光は、ますます強くなっていって……嫌な胸騒ぎがする。容赦なく叩きつけてくる向かい風も、暗澹とした何かを暗示しているようで、私の心をざわつかせる。
戦場の端に降り立った私は、白く輝く光球を見た。その表面には、複雑な模様が刻まれ、目にも止まらない速さで文字が行き交っている。そして、その光球の中にはリッツさんがいる。
反射的に私は右手から紫色の稲妻を放った。でも、光球を包み込もうとする前に、私の稲妻は光球の表面の歪んだ空間に取り込まれ、何事もなかったかのように消えて無くなった。私の魔法が、届かない。
体の奥底から凍てついた。それでも、どうにかしないと。次の瞬間には、勝手に体が術者を撃っていたけど、今度もまた歪んだ空間に捉えられて消滅した。赤紫の光に包まれている術者は、私の攻撃どころか周囲の状況にも気づいていないようだ。その者は見たことがある男だったけど、男は私の記憶にない、何かが欠落したような笑顔をして、狂ったように高笑いをしていた。衝動的に、私は叫んだ。
「やめて!」
次の瞬間、白い閃光が戦場を満たした。
それからすぐに光が過ぎ去り、もとの夜の闇が戻る。でも、光りに包まれていた2人の姿はなかった。
その夜、私が覚えていたのは、そこまでだった。




