表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
184/654

第182話 「燃えさし達」

 1月5日昼。僕は王都から――人間基準で――3日ほど離れたところにある林の中にいた。冬にも関わらず細い葉をつけ続けている木々は少し華奢で、少し頼りない。

 木々の合間からは林の外の様子が見える。一応、一時的な配下に外の様子を見張らせているが、そちらはだいぶ頼りない……いや、単に信頼できないだけか。

 しかし、人目につく心配はほとんどない。地は痩せていて実りなく、野生の動物もそれに釣られる魔獣もいないおかげで、人間社会からは無視されているような場所だ。

 林の中心、木が少し避けているようにも見える、ぽっかり空いた空間では、淡い赤紫の霞が光を放っている。その霞の”向こう側”から姿を表した同胞は、現れるなり「へぇ!」と感嘆の声を上げた。


「こんな場所があったとはな」

「個人的に押さえていた地点だ」


 王都からの離脱に先立ち、思うところあって僕は、王都近郊で簡易的な門を設けられそうな地点を見繕っていた。候補地の設定には、魔法庁長官補佐室室長という当時の肩書が大いに役立った。過去にあったという大戦や、魔人・魔獣に関わる伝承を探り、昔は”目”とされていた場所を見つけようとしたわけだ。

 そうやって見つけた中でも、この林はそれなりの遮蔽物に囲まれていることと、人里から離れた位置にあってそこそこ王都に近いという点が、再侵攻にはちょうど良い。もっとも、目と呼ぶには空間が安定しすぎていて、かねてから調整を重ねたものの、結局は小兵を行き来させる程度の門の強度しか保てないが……それは他の候補地でも同様だった。

 この林や、僕が見出した他の要所のことは、僕以外の誰も知らない。大師にも秘匿していた備えだ。その1つを今、自分の策に用いている。そのことには微かな不安と強い高揚感を覚えた。

 僕が用意した門から、1人、また1人と魔人が姿を表す。それぞれが示す反応は様々だ。興奮や期待感を表現する者もいれば、不安を顔ににじませる者もいる。そして……その中には幼い見た目の魔人が相当数含まれている。

 全体の4割ほどだろうか。聖女幕下のグレイは、戦力として彼ら幼少の魔人を送って寄越したものの、当初は魔獣の展開を後方支援として行うという段取りだった。そこに方針転換があり、彼は前線へ幼少の兵を送り込むことを打診してきた。

「前に出して人間達の反応を伺いたい。検証次第では今後の”仕入れ”に反映するつもりだ」という。彼――というより聖女様か?――が目論むように、人間への心理効果は大きいだろう。それでも、嫌悪感は禁じ得ない。

 そういった僕の思いは、この場にいる青年兵も共有しているようだ。とはいえ、共有している思いは一部で、大部分はかなり捻じ曲がっているように見えるが。一際大柄な男は、門の向こうから小さな魔人が現れるたびに唸り声をあげ、不平をあらわにした。彼は唸り声以外に言葉を上げたが、それは「さっさと行こうぜ!」という苛立ちをそのまま表明する短慮なものだ。それに同調しようとする連中もいる。


 今回のように、目をあてがわれず、黒い月の夜の戦いにも加われない半端物を投じた作戦は、前例がない試みだった。その理由の1つがこれだ。半端者たちには自制心というものが欠けていて、自分の心のままに動こうとする。

 例えば、粗暴なものは命令を聞かず、また自分の力への過信と慢心に満ちている。人間を侮り、策を軽んじる発言も多い。

 嗜虐心に富む魔人は、指揮官である僕に表面上は従順だが、自らリスクを取ろうとはせずに他の者を前に立てようとする。そうして他者に前を任せ、安全な所から弱者をいたぶろうというのだろう。都合の悪いことに、連中の誰かを前に立てたがる悪癖は、粗暴な連中のニーズには合致していた。心中では互いに貶しているのだろうが。

 小心小胆なものもいる。彼らは命令には従順だが、自分本位なところは他の連中と何一つ変わらない。嗜虐的な連中同様に、リスクから逃げたがる傾向が強い。魔人だからこその優位が揺るげば、きっと逃げ出すだろう。

 こうした連中を束ねて戦いに挑むわけだ。自軍の陣容には思わず身震いする。


 今回のような作戦が取られなかった原因は、兵の質に加えて諸将の性質もあるのだろう。

 正規軍とでも呼ぶべき、諸々の部隊を取りまとめておられる軍師様と皇子様は、こうした小競り合いの軍配を握ることはない。軍師様は我々の領土防衛に専心しておられるし、幕下の将兵には品位を求められる。

 そうした内面的なものを重視するのは皇子様も同様だ。それに、あの方は攻勢計画をご担当されておられるものの、史学的な大戦に興味を持たれておいでだ。こういう、小兵を投じての嫌がらせなど、言語道断だろう。

 大師様は、こうした策は好まれるかも知れないが、あの方は秘密主義が徹底していて、まずは従順さを第一に求められる。このような、ザルの如き陣容は一笑に付されるか、あるいは単に無視するだけだ。

 結局の所、自ら作戦を立案されない豪商様と聖女様が、僕の今回の試みを容認するか、あるいは暗然と支援なされている格好になっている。聖女様視点では、単なる間引きに過ぎないのかもしれないが……。


 勝手に戦いに行こうという最後の一線だけは踏み越えないでいる粗忽者を、細い目で眺めながら考え事をしていると、背後から「おい」と呼ばれた。

 呼んだ中にはまともな連中もいて、僕を呼んだ奴もその1人だ。まともな連中も、僕のことを決して名前では呼ぼうとしないが。


「俺の目から見ても収まりがついてないように見えるが、大丈夫か?」

「ああ。今日のところは、全員が門を通れるかどうかの検証に留めるだけだ」

「いや、本番のことを聞いているんだが」

「作戦の大筋では指示に従ってもらうが、後は各々の裁量に任せるつもりだ」


 僕が考えているのは、王都近郊の各集落への同時攻撃だが、それには兵を分割する必要がある。そうなると増々指示が行き届かなくなるわけだが、それはそれで良いと考えている。連中を一箇所に集めたからといって確実に指示通り動くわけではない。むしろ、集団心理が働いて押さえが効かなくなる可能性もある。

 それよりは、それぞれに自分の裁量を与えて自由に戦ってもらったほうがよほど良い。意思の不統一は、対峙する人間側にとっては混乱の元にもなるだろう。攻撃を仕掛ける日時と場所だけは指示するが、後はまとまりに欠く烏合の衆を御すことなく走らせるのが、今回考えた策だ。


 集まった連中の中では思慮のある彼と話していると、「おい!」という呼び声が会話を邪魔した。同じ呼び方にしても、こちらは僕への敵意に満ちている。先程まで話していた彼は、わずかに苦笑いし、口の端を少し吊り上げてから僕と距離をとった。お手並み拝見といったところだろう。彼は僕と次の話し相手の方を眺めている。

 僕を呼びつけた男は、予想通り巨漢だった。頭の中身は小さそうだが。


「これだけ兵がいるってのに、なぜ攻めない?」

「今はその時じゃないからだ」

「奴らの新年をブチ壊してやればいいじゃないか」


 粗暴者にもそれなりの考えがあったようで、僕はわずかに感心してしまった。しかし、攻められない理由というものもある。


「任地が遠い兵の一部が、新年を迎えるに当たって故郷に呼び戻されている。一年の中でも王都近辺での兵数が一番多い時期だ。攻撃には適さない」

「へぇ! 内通者様の仰ることはご立派だな!」


 図体が大きい彼は、僕を見下すように言い放った。その言葉や態度の端々から、敵地へ潜入工作していた僕を卑怯者と思っているように感じる。


「連中の多少の増減なんざお構いなしだろうが」

「……相手方の兵数が多い時期に仕掛けるより、3月に向けた準備に入る2月初頭に攻めたほうが確実だ。それで3月の本戦の手助けになれば、この作戦も評価されるだろう」


 すると、次の言葉が続かず、巨漢は押し黙った。

 今の試みは、上の方々から見れば跳ねっ返りどもの勝手な動きでしかない。それを正当な評価にまで上げるには、一番重要な3月の戦いに絡めさせる必要がある。そのための時期選定だ。

 僕が言った評価という言葉は、連中が一番欲するものなのだろう。居城でくすぶるしかなかった連中にとっては。

 しかし、一度は黙り込んだ奴も、少し間を開けてから憎まれ口を叩いてくる。


「戦果を求めるだけの連中相手なら、こんな雑な仕掛けでも策士を気取れるってか?」

「間引かれるよりはマシと思え。成果を出せない魔人など、聖女様は邪魔にしか考えておられないそうだ」

「ハッ! 大師様の次は聖女様か? でっかい傘の下からベラベラと……」

「誰かに頼らないと戦えないのは、お前も同じだ。だったらお前が別に、”雑な仕掛け”でも考えてみるといい」


 奴は、この言い争いを遠巻きに眺めていた連中に視線を向けた。叛旗でも翻そうとでも言うのだろうか。しかし、結局奴は「ケッ」とだけ吐き捨てるように音を立て、僕の前から離れていく。距離をとっていく間、自分よりも弱そうな相手に「見てんじゃねえよ!」と怒鳴り散らしながら胸を小突く、見た目だけの大きな背中が哀れだった。


 門からはそれからも参加者が現れ、全員がくぐり抜けられることを確認した後、撤収となった。

 2月にまたこちらへ来たときには、帰る事ができる者がどれだけいることか。僕はどれだけ減ろうが構わないし、連中にとってもそれは変わらないようだ。誰も帰りの心配などしない。自分は無事帰還できると考えた上で、他の連中の安否などは気にも留めないのだろう。

 あるいは……最後にひと暴れできれば、そういう奴もいるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ