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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
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第173話 「迫る年明け」

 王都に戻ってからの日々は、年の瀬だからか、かなり忙しかった。こっちでも師走みたいな表現があるんじゃないかって思ったぐらいだ。


 一番まとまった時間を費やしたのは、工廠での研究開発だ。実際にはネタ出しだけじゃなくって、中を色々見学させてもらったり、ミーティングやら実験やらの合間に、魔道具について自習をさせてもらったり。顧問というかインターンみたいな感じだったけど、みなさん色々と便宜を図ってくださった。いいのかなって疑問に思ったけど、みなさん口を揃えて「いいの」って言ってくれた。所長さんにまで言われたのには、少し吹き出したけど。

 魔道具の研究開発に関しては、ディープな話にはまだまだついていけないけど、軽く勉強させてもらったり暇な職員さんが教えてくれたりで、なんとなくでも話の中身を把握できるようにはなってきた。

 肝心の試作第一弾は、年明け前後にできあがる見込みだ。その結果次第では、また別の方法を模索したり、魔法庁に陳情する必要がある。

 ちなみに、魔法庁からは、盆地での実験で代表を努めていたヴァネッサさんが出向する形で、今回の実験に参加している。魔法庁的にどう判断するかとか、法規制やなんやかんやについて、ひっきりなしに意見を求められたり、その場の流れで魔法庁の仕事について尋ねられたり、はたまた趣味とか色々尋ねられたり……とにかく大変そうだった。夜通しで議論をすることもあったようで、その時は会うなり妙なテンションで話しかけられた。きっと工廠に馴染んでいるとは思う。


 工廠でのやり取りに並行する形で、ブライダル事業についての打ち合わせや準備も進んでいった。

 魔法庁としては、俺やお嬢様みたいに禁呪を使う事業者と魔法庁の間に、余分な第三者を介在させたくないって話だったけど、俺達が気にしていたのは契約面の取り決めのやり方だった。あと報酬の交渉とか。魔法に関連した部分での話し合いは、俺達でも問題なくできる。

 そのため、魔法が直接は関係しない契約面の話し合いでは、ギルド側からアドバイザーとしてシルヴィアさんを付けてもらうことになった。もともとギルドと魔法庁合同の事業だから、ついでにやってくれるぐらいのノリみたいだけど、色々と忙しそうな彼女の仕事をまた増やしたみたいで申し訳なく思う気持ちはある。

 まぁ、そのことを詫びると「お二人とも、こういう話は苦手そうですし、心配ですから!」と言われてしまって、俺もお嬢様も苦笑いしてしまったけど。もっと言うと、やり手そうな課長さんとエリーさんも、若干引きつった笑みを浮かべていた。シルヴィアさんとエリーさんは仲が良さそうだったけど、だからこそ強敵と思われているのかもしれない。


 公的な組織とのやり取りはそんな感じだった。他にも個人的な鍛錬で、年末はほとんど休み無く動いた。

 盆地での戦闘や実験参加、訓練の見学はかなりの刺激になった。俺なりの強みはあるけど、まだまだ不十分に思う。それに9月の襲撃を布石に、まだ見えないところで何らかの企みが動いているかもしれない。そう考えると、今の実力で満足なんてとてもじゃないけどできなかった。

 魔導師のDランク昇格後、Cランクに向けての勉強とか練習は、かなりおざなりになっていた。実際に試験を受けるかどうかはともかくとして、新しい魔法は必要だ。

 特に必要だと思ったのは攻撃系の魔法だ。戦闘以外でも何らかの役に立ちそうな魔法の方が、俺の持ち味を活かせそうな気はしないこともないけど、これまで(ボルト)系の魔法に頼るしかなかった俺にとって、他のタイプの攻撃魔法は、きっと必要な次のステップだと感じた。何しろ、親友たちと違って俺は魔法でしかまともに攻撃できないんだから。


 加えて、今までも走り込みとかの体力づくりはちょくちょくやってきたけど、もっと意識的に取り組むことにした。たぶん、瘴気関係の実験をしていた時、被験者のタフネスに触発されたんだと思う。俺もそれなりに持久力には自信があるつもりだったけど、まだまだだと思い知らされた。あまり根を詰めすぎると良くないとは思うけど、やれることがあるならやっておきたい。

 それに、走るのは割と好きだった。考え事しながら走るのも、走っているうちに考え事が無くなっていくのも、それからまた考え事が湧き出すのも、どれも楽しかった。



「リッツ君、最近忙しそうだよね。大丈夫? 休めてる?」


 宿での夕食の席、何かと世話を焼いてくれる薬師さんが、心配そうに尋ねてきた。

 実際、忙しいのは間違いない。でも、自分で蒔いた種の面倒を見ているだけなので、必要な忙しさだと思うし、実りを感じてもいる。「大丈夫ですよ」と答えると、彼女は「年末年始ぐらいは休みなよ~?」と、少し眼尻を下げて笑った。

 今日は12月27日だ。こっちは1ヶ月29日(1月だけ1週間追加して36日ある)だから、後2日で年が明ける。年末年始の儀式とか風習とか、何かあるんかなと思っていると、さっそくその話題が始まった。

「ルードさん、そろそろ準備したほうがいいんじゃない?」と、劇団員さんに話を向けられたルディウスさんは、女性に愛称で呼ばれたことに少しドギマギしつつも、紙を用意してメモを取り始めた。


「今年からの入居は……リッツさんですね」

「はい」

「身分証を今お持ちでしたら、改めて見せてもらえますか?」


 彼に言われて俺は、肌身はなさず持ち歩いているギルドの会員証を差し出した。すると今度は、「お手数ですが光らせてもらえると助かります」と言われ、マナを注ぎ込んで青緑に光らせる。


「ありがとうございます。えっと……どうしよう?」

「ん~、青寄りの青緑かな」


 ルディウスさんが困ったような笑顔で助けを求めると、リリノーラさんが答えた。それから彼女は薬師さんに向かって「今年もお願いします」と頼み込み、薬師さんは笑顔でうなずいた。

 一体、何の話なんだろう。訝っていると同居人の劇団員さんが「リッツってこの辺の人じゃなかったよね?」と聞いてくれた。


「はい。えーっと……すんごいド田舎から来たので、この辺の習慣に疎くて」

「ド田舎の割には、しっかりしてて礼儀正しいけどね」

「それって偏見じゃないか?」


 商工会の職員さんにやんわり指摘された劇団員さんは、口のはずみで出た発言にハッとして、ほんの短く舌を出しながら俺に向き直って小さく頭を下げた。正直、俺も色々と隠してるというか偽ってる引け目があって、故郷を悪く言われたり思われたりしても、何一つ抗弁できない。

 それはさておき、俺のマナの色を尋ねた理由を、ルディウスさんが教えてくれた。


 このフラウゼ王国では、年始に自分のマナと同じ色の花の種を植える習慣というか祭事がある。1人あたり植える種は7つ。前年にお世話になった方のところに出向いて一緒に種を植え、願を懸けて互いの種の開花を祈るそうだ。俺のマナの色を尋ねたのはそういうことで、薬師さんへの頼みごとは花選びということだ。

 ちなみに、王都の中には自分のマナの色がわからない方もままいるけど、そういう場合は7色用意するらしい。そういうところは割とアバウトのようだ。


「お世話になった方の所に出向くって話ですけど、具体的にはどんな感じなんです?」

「基本は職場で集まったり、職場の皆と取引先に出向いたり……仕事で世話になっているところに、同僚と集まっていくことが多いかな」


 劇団員さんの言葉に、同居人のみなさんがうなずいて肯定した。

 実際、個人的なお付き合いベースでやり合うと、行き違いが多発するそうだ。特に王都みたいな大きな街では。

 そこで、1月1日は自分が住んでいる所で種を1つ植える。2日には各機関が門戸を開いて、世話をしてあげた民と一緒に種を植えるのを仕事開きとする。3日目には個人的な縁に従い、自由に植えに行くという感じでやっているようだ。

 一番人の出入りがあるのが2日で、各機関のブッキングとか混雑が無いよう、それぞれの種植えのタイミングはずらしてあって、そのための全体の式次まで用意があるそうだ。朝イチはどこそこで種植えの儀式をやって、その次はどこそこ……みたいな感じで。


「商店関係は、1店ずつやると大変だから、商店街まとめてってことが多いね。特に懇意にしてる店があれば、特別に一緒に植えるのもいいけど」

「でも、特別が多いと、すぐに種が無くなっちゃうのよね~」

「わかる」


 そう言ってニコニコ笑いながら、来年の祭りに思いを馳せている女性陣を見ていると、なんだかバレンタインデーを思い出した。言うなれば、年明けとともに義理チョコが7つ手元にあって、誰と一緒に食べるか、みたいな。

 試しに宙を見上げながら指折り数えてみると、各機関・組織といった大雑把な区切りでも、割と簡単に種を消費してしまうことがわかった。


「割とすぐなくなりますね」

「でしょ~?」


 声を合わせて、にこやかに応じる女性陣に、商工会職員さんが続く。


「冒険者も、やっぱり仕事の付き合いが多いのか」

「ええまぁ。色々と首を突っ込みすぎてるのもあるかもですけど」

「やっぱり、少しは休みなよ? ちょっと心配してるんだから」


 薬師さんがそう言うと、みなさん笑って俺は少しバツが悪くなった。


 こっちに来て、もうすぐ年が明ける。

 あっちは、どうなんだろう? みんな元気でやってるだろうか。

 こっちの生活にも慣れて、俺のことを認めたり頼ったりしてくれる方ができて……あちらでの人生が続いていたときの、もしかしたらの幸せと、今の自分を比べようとは思わない。ナーバスな気持ちになることもだいぶ少なくなった。それが、こちらで支えてくれるみなさんへの礼儀だと思うから。

 でも、それでもやっぱり、向こうのことは気になった。今の俺にできるのは、あちらに置いてきてしまったみんなの息災を祈ること、それぐらいしかない。その程度のことしかできない。その事実が、やっぱり辛い。

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