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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
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第164話 「本題」

 殿下が本題と仰って、室内は静かな緊張感に満ちた。相変わらず殿下は落ち着いた感じで、鷹揚に構えていらっしゃるけど。


「まずは確認だけど、兵が求める魔法ですぐに魔道具にできそうなものはない、そういう認識で間違いないかな?」

「……はっ」


 工廠代表の方は、同僚と魔法庁の職員に視線を巡らせ、みんなに小さくうなずかれてから殿下の言葉に答えた。その返答は少し沈んだ声音で、顔には恥じらいのようなものもある。

 殿下は、あえて彼の態度には触れずに仰る。「すぐできそうなことがあれば、そちらを優先したけど」と前置きのように語られてから、話は本題に入っていく。


「瘴気の中で行動・救援するための方法を模索しよう、そういう話は聞いていると思うけど、魔法や魔道具でどうにかできないかと思ってね」

「それは……魔法で直接瘴気に干渉しようということでしょうか?」

「そのとおり」


 かなり遠慮がちに挟まれた問いかけに、殿下は即答なされた。部屋の中がざわめく。誰も彼も、表情には驚きとか戸惑いが見える。それはお嬢様も例外ではなかった。

 みなさんがそうやって動揺している中、1人が「なぜ、兵の方々を退席なされたのですか?」と殿下に質問した。

 殿下曰く、兵の方を交えて話されないのは、無用な期待を抱かせないためだそうだ。殿下ご自身も難しい取り組みとはお考えのようで、できるかどうかもわからない内から兵に対して表沙汰にはできない。計画が成らなかったときのことを考えれば、秘密裏に事を進めていきたいようだ。そうずれば、勝手に期待されて勝手に落胆されるということはなくなる。

 また、秋の襲撃のこともあって情報漏洩への懸念もある。形にならない内から計画の本意が広く知れるのは好ましくない。瘴気の中での行動法の検証というのも口実で、そうやって人手を確保しつつ、得られた知見を内々に魔道具へ落とし込もうというお考えのようだ。

 そして、そうしたお話を聞かされている俺達は、殿下視点では最初の協力者ということになる。

「成るかどうかわからない試みだけど、どうかな?」と問われ、工廠の代表の方が立ち上がった。


「前代未聞の取り組みですが……些末なものでもよろしければ、何かしらの成果は挙げられるかもしれません。それを前進と捉えていただけるのであれば、是非」

「一歩は一歩だよ。立ち止まったり足踏みしたりしている連中の非難は、私が請け負おう。あるいは、一緒に言い返すのもいいかもね」


 冗談交じりに返して微笑む殿下に、代表の彼は先程よりもずっと明るい表情で頭を下げた。

 続いて魔法庁の代表の方が立ち上がり、所見を述べる。


「瘴気に対抗できる魔法というのは、例がありません。ですから……」

「少なくとも、規定外の魔法利用になるかな?」

「はい」


 少し沈んだ顔で返答した彼女は、テーブルに視線を落としていくらか考え込んだ後、顔を上げ目に力を宿した顔で言葉を続けた。


「成果を挙げられる用法であれば、承認は下せるものと思います。組織的に不安定な時期ではありますが、大局を見誤るようなことはないかと」

「そうか、ありがとう。心強い解答だね」


 優しく殿下に言われた彼女は、少し顔を紅潮させて席についた。

 そういうわけで、とりあえずやってみようという方向性で進むことになったわけだけど、まずは何かしらアイデアがあるかどうかだ。殿下に促され、部屋のみなさんがそれぞれ近くの仲間と相談を始める。

 そうやって部屋の中で各自話し合いが始まってから少し経って、俺の元へお嬢様がやってきた。彼女の手振りで窓際に歩いていく。後ろからは少し視線を感じた。そりゃ、気になるだろうとは思う。

 窓際で他の方から離れた状況になって、お嬢様は辺りをはばかるような小声で俺に話しかけた。


「何か考えはありますか? 私は思い当たりがありますが」

「あるにはあるんですけど……」

「……やはり、いいづらい件ですよね。まずは私に聞かせていただけますか?」


 どうもお見通しのようだ。柔らかく微笑えんで言葉を待つ彼女に、俺は自分の考えを伝えた。

 瘴気への対抗法で最初に考えたのが、黒い月の夜に例の犬を確保するのに使った複製術だ。それと、あまり記憶が定かじゃないけど、犬が瘴気に変わって森へ戻ろうとした時に、バリケードみたいに魔法陣を展開したのも、瘴気への対抗法ではあると思う。

 ただ、その件をこの場で公表するのはまずいだろう。殿下は例の戦いの件について当然ご存知だろうけど、事情を知らない他の方がいる前で、禁呪の件を持ち出すのはあまり好ましいことではない。

「殿下から例の件について問われたら、そのときは答えましょう」とお嬢様に提案され、俺も同意した。そうやって殿下から暗黙のゴーサインをいただけないと、表にはしづらい話題だ。


 次に思いついたのが、ちょっと前の勉強会でやってみせた打ち消しのアレだ。あれを応用して瘴気を吸い込むようにできれば、何かしらの成果は得られるかもしれない。

 ただ、これにも問題はある。魔法庁の方では、あれが魔法なのかどうかで議論をしているはずだ。とても実地利用を認められるようなものじゃないだろう。それを差し置いて実用化してしまうのは、魔法庁を蔑ろにしているようでやっぱりよくないだろう。

 結局、複製術にしろ打ち消しにしろ、魔法庁的にはあまり望ましいやり方ではない。なので、この場で発言するには、かなりためらわせるものがある。

 しかし、お嬢様は少し考えが違うようだ。窓の外を見つめながら彼女は言った。


「考えたまま表に出さないよりは、皆の前で俎上に上げた方が良いと思います。幸い、殿下も魔法庁の方もおられることですし」

「判断を委ねると?」

「はい」


 確かに、案が無いよりはずっといいだろう。発言で俺がどう思われるかは微妙なところがあるけど、俺がどう思われるかを案じすぎて発言を差し控えるというのは、あまりにも情けない。

 お嬢様との話が一通り済んだところで席に戻ろうとすると、だいたいみなさん静かにしていて俺達の方をじっと見ていた。殿下も例外ではなく、ニッコリ笑われて俺の方に視線を向けられている。そんな状況に緊張とちょっとした恥ずかしさを覚えながら、俺はイスに腰を下ろした。

 案の定、どこか楽しげな殿下からさっそく「何か案がありそうだけど、どうかな?」と問われた俺は、即座に立ち上がって、この前の勉強会で使った打ち消しについて述べた。

 話をしながらみなさんの様子をうかがうと、魔法庁のみなさんは少し苦々しげに笑っている。俺がこの件に触れるのは予想通りなのか、みなさんの表情に驚きはない。

 一方で工廠のみなさんは、驚きや興味の入り混じった視線をこちらに向けていた。あの勉強会のことは、魔法庁では周知されていても工廠ではそうではないようで、この件が初耳という人もいるようだ。俺の話を聞きながら、テーブルに視線を落として何かを描くように指を動かす人もいた。どうやって魔道具に転用するのか、さっそく考えているのかもしれない。そういう反応をしてもらえて、なんとなく嬉しさを覚えた。

 そして殿下は、俺が話し終わるまで静かにしておられた。表情にはさざなみ1つない。その無反応に少し恐縮しながら、なんとか話し終えると、さっそく殿下から質問が飛んできた。


「その、魔法を吸い込む手法で、瘴気を操作できないかってことだね」

「はい。吸い込めるのかどうか、吸い込んだ後どうするのかは未知数ですが」

「それと、使っていいのかどうかもね」


 殿下は魔法庁の皆さんの方に視線を向けて言われた。


「私への気遣いなしに答えてほしいんだけど、現場職員の監視付きという条件下で、未承認魔法の使用は容認できるかな」


 殿下が続けて問われると、魔法庁の方々はその場で少し話し合った。それから、代表の方が硬い表情をしながら立ち上がって見解を述べる。


「当該の手法につきましては、魔法かどうかの議論が進行しております。魔法に関連するということで、当庁預かりの案件ではありますが、実際にどう扱うべきかは結論を待たねばならないところです」

「私のような王族が結論を待たずに使用させた場合、それが前例となって議論を歪める可能性は?」

「……その可能性は高いかと」


 代表の方が少し暗い口調で返答すると、殿下は優しく微笑んで「ありがとう」と仰っしゃり、彼女を座らせた。どことなく、力の抜けた表情で着席する彼女と裏腹に、殿下は難しそうな表情で考え込んだ後に、魔法庁の皆さんの方に問われる。


「座ったままでいいんだけど……例の打ち消しについて、何かしら文を合わせるのであれば、貴庁から問題視されることはないという認識でいいかな?」

「はい」

「文を書こうとしたけど、書き損じたというのは?」


 かなり意地悪な質問だ。問題になっているのは、器を器のまま使って魔法に干渉させる手法をどう扱うかであって、文を合わせる”つもり”が書き損じて器のまま終わってしまうことについては、確かに触れられていない。

 そのあたりの法解釈について頭を悩ませた代表者の彼女は、殿下に一言断って頭を抱えこんだ後、思い出し方のような顔つきで俺に問いかけた。


「そもそも、なぜ文を合わせようと考えなかったのですか?」

「それは……相手の魔法を消して、何事もない状態に戻すことを主眼に置いたからですね。文を合わせると、できてしまった魔法が逆に邪魔になる可能性もあるかと」


 俺の返答に彼女は得心がいったようで、それ以上の質問を投げること無くうなずいてくれた。

 消すだけにしたいというのは、まぁ言っちゃえば前世でやってたカードゲームの影響ではあるんだけど、文を適当に合わせることに価値を感じなかったのは確かだ。攻撃に転用するにしても、供給源が相手の魔法になるわけで威力は安定しないし狙いもつけづらい。それに消すことを確実化したいから、ものにならない内からオマケに気を取られるよりは、本当に消すことに特化したものにしよう、そういう考えがあっての文なしだった。


 俺の返答を得て、魔法庁の代表の方はまた少し考え込んだ後、ためらいがちに言った。


「文を合わせようとして失敗したというのであれば、それを咎めることはできないと思われます」

「意図するところまでは問わないと?」

「はい」


 そうやって魔法庁の方が認めたことで、まずは瘴気への対処法として、器に吸わせるのが最初の方策になった。そして、方針が定まったところで、場の皆さんの視線が俺に集中した。

 発案者だし仕方ないけど……何か自分の進退なんかよりもずっと大きな物がのしかかっている、そんな重圧を感じずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 検証しつつ徐々に成長していく主人公。 魔法に関しても設定がしっかりしてるので違和感なく読めます。 [気になる点] 結局、複製術にしろ打ち消しにしろ、魔法庁的にはあまり望ましいやり方ではない…
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