第148話 「合同勉強会①」
11月から王都の商工会は自粛体勢を解除し、ギルドには依頼が以前通りに舞い込むようになる。
そういう話だったけど、実際にはすぐに元通りというわけにはならず、様子見とか遠慮がちな対応を取る商店が多かった。
というわけで、商人の護衛も大半は、相変わらず自粛体制時に行っていた、ごく近くの町村どまりという感じだ。1日にあった大きな隊商も、衛兵隊からいくらか人員が出るということと、商店への負担を減らそうということで、冒険者の参加枠はかなり少なかった。
もっとも、こういう事態はみんなの予想通りで、すぐに元通りにはならないだろうと大半の冒険者が考えていた。数少ない依頼に駆り出されているのは、少しでも経験を積ませたい新入りがメインで、俺達ぐらいのある程度動けるようになった奴らにまでは仕事は回ってこない。
つまり、11月に入ってからも相変わらず暇な日がまだまだ続きそうだった。上の方から何か突発的な用で呼ばれなければ、だけど。
☆
「勉強会、ですか?」
「ええ。興味ある?」
すっかり慣れっこになってしまったギルドの応接室で、俺はラナレナさんと向かい合って座っている。
今、彼女から切り出された話は、魔法庁とギルドの合同で魔法についての勉強会を行うというものだ。差し出された書類に目を通すと、それは走り書きというか作りかけというか、ともかくそんな感じの企画書だった。
内容は、参加費無料、闘技場で実施、日時は11月中旬予定。そして、講師は複数名で未定とあった。なんだか、妙な胸騒ぎがする。
書類から目線を外し、ラナレナさんの方に向けると、とてもいい笑顔を返された。そもそも普通の聴衆として参加を打診するなら、こんな形で話なんてしないはずだ。となると、やっぱり……。
「この、講師ってやつなんですけど」
「どう~? やってみない?」
「ええ~」
間延びした口調で自信なさげに言うと、含み笑いを漏らされた。それから、彼女はテーブルの上に置いた茶菓子を手のひらで丁寧に指し示した。照りってりのサバランっぽい焼き菓子だ。見るからにうまそうなんだけど、召し上がってしまうと引き返せなくなるんじゃないかという気もする。
しかし、結局は味への興味からフォークを刺してしまった。表面の、固まった糖の層を軽く押し破ると、中のしっとりした生地にフォークがスッと入っていく。そのままフォークを前後に動かしていい感じの大きさに切り取り、第一弾を口に運んだ。
「どう?」
「……案外、さっぱりした甘さですね。好みの味です」
「良かったわ~。それで、講師はどう?」
「も~ちょっと、詳しい話聞かないと、ですね」
そう言って勿体つけるも、菓子の甘さにやられて頬が緩んでしまっている自分に気づき、まぁ受諾するんだろうな~と思った。
俺のお願いに対し、ラナレナさんは菓子をつつき茶をすすりながら、勉強会について現段階での情報を教えてくれた。
開催する一番の理由は、冒険者のためのヒマつぶしだ。ただ、ここから依頼が増えてくるということを前提に考えるならば、少しずつ仕事モードへ切り替えていかなければならない。なので、普通に魔法の勉強をするのではなく、実際の依頼での使用シーンを想定した実践的な勉強をして、仕事に活かしたりカンを取り戻したりしていこう、そういう意図があるようだ。
「ん~、”実践的”ですか。魔法庁の人たち的に、どうなんでしょう……いや、むしろあっちの方々の勉強も視野に入れてるとか?」
「おっ? 鋭いわね」
なんやかんや魔法庁と付き合いが多くなったおかげで、そういった意図にも気付けるようになっていたようだ。ラナレナさんが俺の指摘を引き継ぎ、補足する。
今回の勉強会は、魔法庁とギルドの相互理解というのも隠れたテーマになっている。
実践的なやり方は重要だけど、だからといって適切な利用法は尊重しなければならない。魔法庁が控えめな対応をしている間に、野放図なやり方がまかり通ってしまうと、結局は後で皆が困るわけだから。そういうわけで、冒険者には効率のいい邪道だけでなく、正道もきちんと押さえてもらわなければならない。
一方の魔法庁も、王都の壁の内側の安全に目が向きすぎていて、外側の現場で起こっていることへの無理解があった。そこで今回の勉強会を通して、実際の冒険者がどのように魔法を使っているか、実態を知ってもらおうという目論見があるわけだ。実際の利用法が、あまりにもルールを逸脱したものであれば、そのときは互いに議論でもすればいい、と。
「でも、実際やってみて議論になります?」
「そういうディベート好きの子を紛れ込ませるから大丈夫。あっちもそのつもりだそうだし~」
結構やることはきちんとやるみたいで、魔法庁もギルドも結構本腰を入れてる感じに思われた。間違っても暇つぶし程度で終わりそうにない。そんな会に俺が教える側として呼ばれるというのが、どうにも解せなかった。まさか複製術を教えろというのでもあるまいし。
どうして俺なのか、ラナレナさんに聞くと、メルが推薦したらしい。
「今、事務室でチラシの初稿を練ってるところだけど~、呼ぶ?」
「そうですね、お願いします」
彼に推薦されたというのは喜ばしいことのように思えたけど、一方でその意図はやっぱり気になった。そもそも、俺をそんな場に担ぎ出して何を話させるつもりなんだという疑問もある。
ラナレナさんが席を外してから1分も経たないうちに、彼女はメルを連れて戻ってきた。彼はいつもとは少し違って、落ち着かない感じと言うか、ちょっと申し訳無さそうな表情をしている。
2人が俺と向かい合う形で座るや否や、まずメルが口を開いた。
「急な話で申し訳ありません。人前で物を教えるのって、苦手だったりします?」
「知らない人が多いと、ちょっとキツいかな……で、何を話させたいのさ」
「実はですね、例の魔法を消す奴、アレを紹介してみては? と」
「そうは言っても……」
渋る俺に対し、彼はうなずいた。俺が尻込みする理由は、彼もよくわかってくれていると思う。ただ、その確認とラナレナさんに知らせるためだろう、彼は俺がためらう理由を話した。
「まだまだ研究中の物を人前に出すのは、ちょっと……ってことですよね」
「もう少し、モノになってからがいいかなって」
「変に真似されても危ないですもんね」
「そこまでわかってるなら、勧める理由は?」
俺の問に、メルは神妙な顔つきでうなずき、俺の打ち消し魔法を推薦する理由を話しだした。
まず1つ目に、衆目に晒すことで魔法のブラッシュアップが図れるんじゃないかという考えがある。メルの見立てでは、俺がやってみせた打ち消し魔法は、型の組み合わせのような言わば技術的な問題だけでなく、どのようにマナを使って描き使用するか、現場のテクニックも問われるように感じたらしい。つまり、実際に使ってみて洗練させていかなければ、中々モノにはならないんじゃないかとのことだ。
「でも、さすがに実際の戦闘だと、まだまだ危なすぎて使えないだろ?」
「そうですね。ただ、人それぞれだと思いますけど、可能性を感じてくれた人は自発的に試験してくれると思いますよ。そうやって少しずつ良いものにしていけば、また利用者もついていくんじゃないかって」
「……なるほど」
続いての推薦理由は、アレが実践レベルの魔法になれば対人戦の練習にもってこいだからだ。現在、闘技場の機能を復旧させる作業が進んでいて、いずれは”闘士”を保護するための各種機能も復活するはずだ。しかし、直ったばかりの機能に任せっぱなしにするよりは、打ち合った魔法を自分たちで防いだり消したりできるようになったほうが、訓練としても興行としても好ましい。そういう防衛策の手立てが増えれば、安全に対人戦の訓練を積めるわけでもある。
「あの打ち消し魔法なんですけど、第3者が消しに行けるところかもしれないわけで、そこが新しいですね。光盾で他人を守るには、色々と制約がありますから」
「……ああ、そっか。対人戦の練習中に、危なくなったら教官が消しに行けるかもってことか」
「そういうことです」
魔法を作ったのは俺だけど、実際の使用例に関してはメルのほうが熱心に考えているような気がする。それに、対人戦についての造詣も深いようだ。ただ、見た感じティーンエイジャーの彼が対人戦に詳しいってのは、決して幸せなことではないんだろう。なので、深く言及しないでおいた。
俺の打ち消しを公表しようという理由の最後の1つは……。
「単純に、面白いからです」
「面白い?」
「はい。あれは文もない器ですから、厳密に言えば魔法ではありません。そんな描きかけに、他の魔法が消されるってのは、中々センセーショナルだと思います」
「……魔法庁的に、大丈夫なんかな?」
「勉強にはなると思いますよ」
そう答えて彼はにこにこ笑った。
実際に魔法庁の方の前でアレを使ったら、どう判断されるんだろうか。魔法ですら無い、一種のテクニックというか裏技みたいなものなんだけど。正直に言うと、彼らがアレをどのように受け取り考えるのか、そこには興味があった。
茶菓子の最後の一切れを口の中で味わい終わると、俺はラナレナさんの方に向いた。
「講師って、何かメリットとかあります? お賃金とか」
「乗り気ね、いいわよ~」
満足げな笑みを浮かべるラナレナさんは、講師を受けた際の給金について話してくれた。具体的な金額は、一応は冒険者ランクや魔導師ランクから算出するらしい。それで、各ランクに見合った日給相当の金額を支給する予定とのことだ。
「日給、ですか。別にずっと喋りっぱなしってわけじゃないですよね」
「1人で1時間も話さないでしょうね。でも、途中で帰るのはちょっと気まずいでしょ? だから、1日拘束すると考えての支払いよ~」
その場にいるだけでも俺自身の勉強になると考えれば、そうやって聴講している時間も時給が発生するわけで、願ってもない高待遇だ。条件的には問題ない。
だから残った問題は、本番までにどれだけ、人前にさらして恥ずかしくない魔法にできるかどうかだった。
「当日まで、練習や研究にメルが付き合ってくれるなら、この話は受けてもいいけど」
「それはもちろん!」
今日一番の朗らかな笑顔で彼は即答した。きっと、こうなると見越して用意してた答えなんだろう。なんだか彼のペースに乗せられた気もするけど、まぁいいか。
メルからラナレナさんに視線を移すと、彼女はどこか満足げな笑顔だ。
「私も、当日はお話聞きかせてもらうから~、ね?」
いきなりハードルが高くなった気がする。でも、やれるだけやるしかないか。




