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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
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第133話 「Dランク魔導師階位認定試験①」

 式の演出に関してゴーサインが出たことで、闘技場の一般開放時間後は毎日練習することになった。

 式の練習以前には、俺が禁呪を使用する時間ということで、週2回夕方から貸し切るという話もあったけど、こっちの準備のほうが重要だし禁呪の練習には違いない。式が終わって落ち着けば、また色々と事情も変わるだろうから、その時にあらためて申請しなおせばいい。


 練習を1日2時間、毎日続けていくうちに、魔法庁のみんなと少しずつ打ち解けていった。闘技場の修繕や式の準備に回されているのは、俺ぐらいの若い世代がメインだ。過去に辛いことがあった層だけに、俺に対する心情にも色々割り切れないものはあったみたいだけど、俺が禁呪の”仕様”について分析し、語るときには真剣に耳を傾けてくれた。それに、限界まで自分をいじめ抜くみたいな、多段複製術の練習でかなりグロッキーになっていると、かなり心配されたりもした。

 変な話だけど、彼らの態度には妙なシンパシーを覚えた。相手のことが少し気になって、もっと近づきたいんだけど遠慮もしている、みたいな。立場も経歴も全然違うんだけど、気持ちの面では近いものがあるように感じた。


 式よりも先に、Dランク試験が近づいてきている。もともと9月上旬のが1ヶ月後回しになったおかげで、時間的には余裕があるはずなんだけど、依頼がなくて暇だからと友人の練習の付き合いを安請け合いしてしまっていて、あまり本腰を入れて取り組めていない気がする。

 そのことを禁呪の練習中にうっかり口走ると、サポートしてくれてる職員さんに「もう少ししっかりしないと」みたいな感じでたしなめられてしまった。

 さすがに、Dランク試験に落ちると、友人たちにかなり気まずい思いをさせる気がする。仲良くなってきた職員のみんなも、もしかしたらちょっと気落ちさせてしまうかも知れない。

 そう考えると、1ヶ月前よりも試験へのプレッシャーが増している気がしてくる。身から出た錆だとは思うけど。



 そうして迎えた10月5日、10時前。Dランク魔導師階位認定試験の当日だ。

 雰囲気は、1ヶ月前と結構違う。もちろん緊張感はあるんだけど、それ以上に強いのが連帯感だ。あの日一緒に立ち向かった連中が中心になって、みんなで一緒に頑張ろうという雰囲気を醸し出している。あの時見守るしかできなかった人たちもお構いなく、その空気に溶け込ませるみたいにして。

 例の戦いのことが悪いジンクスになって、今回は見送るという人もいたけど、ごく少数だった。逆に先月の本来の試験が、元々の日程よりも少し前倒しになったせいで調整が間に合わなかったという人たちが、今回の延期を受けて合流する形になった。そのせいで元々の受験者よりも人数が多いんじゃないかってぐらいだ。


 もうすぐ試験が始まるという独特の緊張感は、周囲からの俺に向かってくる視線のせいでさらに強く感じられた。あの戦いとか受勲の影響で、この場のほぼ全員が俺のことを知っている。隠すのは無理だと思って諦めたけど、開き直るほどの余裕はない。

 俺同様に、ガチガチになっているラウレースが引きつった笑顔を俺に向けた。どうも彼は、有事の際に人前に立つのは平気でできるけど、こういう自分が打って出ない時の視線は気になって仕方ないらしい。

 まぁ、こうして気が合う友人がいるってのはいいもんだ。似た者同士で苦笑いしながら励まし合うと、背後から女の子に話しかけられた。振り向くと、あの日ラウレースと一緒に救助した子が、はにかんだ顔で立っている。そういえば、この子はあの時顔を怪我してたっけ――そんなことを思い出して顔をしげしげと見ると、特に傷が残って無いようで安心した。そして、くりっとした目と視線が合い、こっちが恥ずかしくなった。


「あの……あのときは、ありがとうございました!」

「うん。無事で良かった。結構踏まれてたみたいだったから」


 横目でラウレースを見ると、かなり緊張して口をパクパクさせてる。俺も人のことは言えないけど、彼はかなりのあがり症だ。


「ちょっと、いいかな?」

「何でしょうか?」

「えーっと、試験前にこうしてアガっちゃうと良くないというか……俺も割といっぱいいっぱいだし。実技終わってから、また」

「……そうですね、また!」


 みんなの目を感じながら提案すると、それを受け入れた彼女はペコっと頭を下げて去っていった。なんとか場を切り抜けられたようだ。ラウレースも少しずつ平静を取り直してきている。それでも、だいぶ硬い感じだけど。


「大丈夫か?」

「そ、そっちこそ……本調子じゃないだろ?」

「まぁなー」


 こうして見られながら実技試験をやるってのは、ちょっと良くない。といっても、始めればすぐに実戦モードに切り替わると思うから、ツラいのは始まるまでの、この待機時間だ。試験自体は大丈夫、そう自分を鼓舞して緊張に立ち向かう。


 いよいよ試験が始まると、3つに別れた人の列は幸か不幸か順調に捌けていく。前方の、まさに実技をやっている箇所の空気は、かなり和やかな感じだ。真剣に試験をやっているのは確かだけど、重っ苦しさはほとんど感じられない。

 何回か手のひらに「の」の字を書いて気分を落ち着けていると、俺の番が回ってきた。試験官の方は顔見知りの女性だった。あの戦いのとき、俺について連絡とか観測をやってくれた方だ。

 彼女は俺の出番が回ってくるなり、笑顔で「おっ?」と言った。


「なんですか、『おっ?』って。緊張するじゃないですか」

「ゴメンねー、ついついね。では、気を取り直して……Dランク魔導師階位認定試験、実技を始めます。事前に配布した書類に記入した順に、魔法を使っていってください」

「わかりました」


 目を閉じ、深呼吸をする。開始するタイミングは受験生次第だ。しかし始まってしまえば、用意された砂時計が反転して時間制限が発生する。

 落ちついたところで、俺は最初に水の矢(アクアボルト)を放った。まぁ問題ない。Dランクでも最初に覚えた魔法だし、油断せずに復習も重ねてきた。

 その後、試験官さんの合図で砂の矢(サンドボルト)光盾(シールド)と進めた。順調だ。


「次、逃げ水(フリーミラージュ)


 こっからが本番、あまり慣れてない魔法たちを7つこなしていく必要がある。まずは青色の染色型に継続・可動型を合わせ、続いて文を書き込んでいく。


『この手遊(てすさ)びの なかりせば ゆかしからまし逃げ水よ 惑う心地ぞ あらまほし』


 文意は、“こうやって弄んでいなければ、あの蜃気楼も心惹かれるものがあったろうに。ああやって戸惑う連中みたいに在りたいものだったけど”ってところだ。

 魔法の効果としては、完成した瞬間に魔法陣が水鏡になり、それを可動型の効果で地面を這わせるように動かすことができる。危険なのは、魔法陣が地面に沿って動きながら、多少の地面の凹凸が光の加減で曖昧になるところにある。つまり、地形が鏡に飲まれてよくわからなくなるわけだ。

 この魔法を知っていたとしても、地形をごまかす撹乱効果があって危険なので、周囲に仲間がいるときには普通使われない。これに引っかかる野生動物がいるので、狩りに使うのがメインの用途だそうだ。


 次は蜜落とし(ハニースネア)だ。青色の染色型に単発型、そして文を書き込む。


『抜く君よ (ちぎ)(あやま)泡沫(うたかた)の ()のみとどめて顧みまほし』


“すでに去ってしまったあなたとの、違えた約束はまるで泡のよう。せめて私の香りだけでも連れて行って、ふとした時に思い出してはもらえないかしら”という火サスみたいな文だけど、効果の方は防御用だ。

 文が完成すると、その場で魔法陣が大きな泡になって浮き上がる。そこを矢とか投げナイフが通過しようとすると、泡が弾けてまとわりつき、弾けた衝撃やまとわりつく重みで物を地に落とすという魔法だ。

 これは、変に硬度を高めて維持するよりも割れさせるのが重要だそうで、通り過ぎようとした奴にうまくまとわりつくと成功なんだとか。サスペンスというよりスパイの指令文なのかもしれない。


 次は水乗り(ハイドライド)。青色の染色型に継続・追随の足用を組み合わせる。


『波に揺蕩(たゆた)へ 流離(さすら)えば 道の理知らずも海路なり 強いて従う波もなし』


“波に乗って宛もなく漂って、どこがどうつながっているかもわからないのが海の道なんだ。どうせ無理を言っても波は言うこと聞きやしないし”という意味の文だ。

 魔法の効果としては足元にサーフボードを作るものになる。空歩(エアロステップ)と似た感じの魔法ではあるけど、あっちは習熟するにつれて小さくし、それぞれの足の裏に入り切るように作るのが目標なのに対し、こっちは大きく作って両足を乗せ、水面で安定させることに重点が置かれる。

 ただ、文にもある通り移動は波任せになるので、溺れないための緊急用か、あるいはレジャー目的で使われている。ちなみに、後者の使用例のほうが圧倒的に多いらしい。お国柄、かもしれない。


 次は堅気球(タイトバルーン)、先の水乗りと合わせて使うこともある魔法だ。青色の染色型に継続・追随型の頭用を合わせていく。


『気満つれば 怖じ恐るまじ水底の 心に任せ 何処(いずこ)なりとも遠つ国』


“空気さえ十分あれば、たとえ水の底だって怖くはない。ただ思うがまま、どこかに遠い国へ行こう”という文で、書き上がると魔法陣が術者の頭を中心として球状に展開される。文の方は、少し入水の直前っぽいけど。

 魔法がきちんと機能しているかの確認に、試験官さんがバケツから柄杓で水をとって、俺の頭目掛けて――笑顔で――ぶっかけてきた。すると、水は球状の魔法陣の表面に当たって弾かれた。

 魔法の機能は、こうやって球の内外で水密を維持することだ。ただ、この型の組み合わせだと下半身が濡れてしまう。頭中心じゃなくて体中心に展開することで下半身が濡れないようにする、そういう組み合わせでの使い方もあるそうだけど、追随型の全身用は難度が高くCランクからのようだ。

 また、全身で展開すると浮力で水面まで浮かび上がってしまう。そのため、水底を歩きたい場合は首周りだけ気密を維持することになる。そうやって用途に合わせて使い分けるようだ。


 ここまでは染色型の青色でやってきたけど、ここからは苦手な黄色に入る。時間制限中ということで、そこまで気を整える余裕はない。順調にやってきた勢いをいかし、流れのままに染色型と継続・可動型を合わせる。


『誰も誰もと人の(かた) 似せて作るは人の(さが) 過ぎて乱るは人の(まが)


 この文は泥衣人(ドロイド)のもので、“みんな人に似せて作りたがるのは、そういう本能があるからなんだろうか。でも、似すぎたものを目にした時に心が乱れてしまうのには、穏やかならないものがあるみたいだけど”みたいなことを言っている。

 魔法陣ができあがると変形し、地面から泥なり砂なりを吸い上げ、スポイトみたいな形になって地面に立ち上がる。操作に習熟するとハニワの上等なやつみたいになって動かせるらしいけど、俺の力量では手足のないハニワってところが限界だ。

 この魔法の使い道は、もっと難しい魔法の訓練用だ。このフラウゼ王国では使い手がほとんどいないけど、砂や土、泥からゴーレムを作って操る魔法なんかは、この泥衣人で十分に訓練を積まないと覚えさせてももらえないらしい。

 ちなみに、習熟しても泥衣人の動きは鈍重すぎて、囮にもならないらしい。やっぱり訓練専用だろうか。


 続いて先往く者の手(アンセストラップ)だ。泥衣人からはすべて共通の型で済ませられるように選択魔法を組んであるので、この調子でうまく済ませたい。


遅早(おそはや)も 至るところは黄泉(よも)つ国 流類(るるい)にせむと (ひぢ)()ぶのみぞ 心()し』


“遅かれ早かれ、みんなが行く先は地の底だ。でも、仲間にしようと泥を手みたいに伸ばして来てばかりなのは、少し気が早すぎる”という意味合いの文で、書き上がると魔法陣の下の地面が少し緩んでぬかるみのようになり、うまく操作すれば本当に泥で足にしがみついたりできるそうだ。

 ただ、そこまで技量を身につけるのは相当しんどい。というのも、自分から離れたところで魔法を動かす必要があるわけだけど、視導術(キネサイト)でも十分思い知らされているように、魔法を通じて遠くのものに働きかけて動かす負担というのはかなり大きい。

 でも、平和的に敵を無力化する魔法としては比較的低位にあって、効果もそこそこ見込めるとということで、土地柄によってはこれの熟練者が重宝されると教書にあった。


 といった感じで、試験前はなんだかんだありながら、問題なく試験最後の魔法に差し掛かった。前と同じ型を描いて、砂景色(サンドスケープ)の文を合わせる。


『波風に 聞けど甲斐なき砂書きよ 一期一会に 心沸き立つ』


“砂に描いた絵をさらっていった波風に聞いても元の絵はわからないけど、一回限りの絵だからこそインスピレーションも湧いてくる”という感じの文だ。

 これは魔法陣を書き上げた後が本番の魔法だ。魔法陣が砂を操って即席のキャンパスになり、意のままに砂で絵を描ける。

 そして、魔法陣ができあがるや否や、試験官さんが弾んだ声を上げた。

「さっすが、”画伯”ね。実は少し期待してたのよ」と彼女が言うと、周囲の視線が俺の方に集中する。まさか試験官さんが火をつけてくるとは思わず、少し驚いてしまった。


「んもー、そんなこと言われると集中できないじゃないですか」

「とりあえず、実技の方は合格でいいわ。ただ、せっかくだしね。絵は私でも描いてみない?」


 試験官さんが軽くポーズを取ると、笑い声が上がって場が和んだ。もしかすると重い空気になってたかも知れない今日の試験が、ここまで穏当に進んできたのも、彼女の気遣いあってのことなんだろうなと今感じた。かなり”素”っぽい感じもあるけど。

 結局、ねぎらいの意味も込めて、絵を1回進呈することにした。周囲の視線が、俺に地面に突き刺さる。これも一種の試練だと言い聞かせ、俺はマナで砂を動かしていく。

 この魔法を試験に選んだのには、もちろんまっとうな理由がある。訓練次第だけど、頭の中でイメージしたものをそのまま転写できるようになるこの魔法は、使いようによってはものすごく有用だと思ったからだ。そういう必要に迫られた機会はないけど、できるようになったからこその気付きなんかもあるかも知れない。

 ただ、現在の実力はというと……デフォルメしたヘタウマな絵が精一杯だ。それでも、試験官さんは嬉しそうに笑ってくれた。


「消すのもったいないわ」

「そーですか」


 俺達がやり取りしているあいだ、背後から何本もの指がつついてきやがった。

 こんな調子じゃ信じられないけど、今日が試験の本番だ。でも、こんな日になったのは幸せなのかもしれない。

 ちょっと茶化されたり、あるいは実技合格を祝福されたりしながら、俺は列の先頭を抜けて会場を後にした。昼からは魔法庁の庁舎で筆記だ。これで不合格だったら、かなり恥ずかしいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泥衣人などの造語や、和歌風の文語詩もオシャレですね。
[良い点] 泥衣人の記述好き [一言] 生活に魔法が根差してる世界だから当たり前だけどバリバリの戦闘向けの魔法はそんなにないか、それともCランクからかな
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