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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
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第122話 「コーネリアの決意」

 勲章を拝受してからというもの、街で声をかけられることが多くなった。といっても、話しかけてくるのは同じ冒険者が多いけど。たまに、衛兵の方も声をかけてくる。話しかけられるのは、パトロールも兼ねての掃除中だとか、図書館1階の茶店で読書しているときなんかだ。

 注目されることに悪い気はしないけど、それでも視線を意識すると恥ずかしさはある。まぁ、一過性のものだとは思うけど、もうちょっと自分の服に気を配ったほうがいいのかな、とも思った。別に、今まで完全に無頓着だったわけじゃないけど、なんというか風聞に相応しい、もうちょっといい服を着たほうが……みたいな。

 あの戦いに関していただいた報奨金は4分割になった。しかし、それでも結構なまとまった金額だ。依頼がない現状でも、少しぐらい被服に割く余裕はある。それに、あの戦いでボロボロになった戦友をそのままにしておくのも悪い気がした。あの服の進退のことも含め、服屋に行ってみよう。


 そういうわけで、9月17日昼。俺はエスターさんの店にいた。店があるエリアは、ご多分に漏れず静まり返っていて暗い雰囲気だけど、このお店はそうでもなかった。服を勧めてくれる店員さんは朗らかだ。店構えに加えて、オーナーのエスターさんの人徳とかの影響もあるんだろう。思い返せば、あの失敗した依頼のあと、エスターさんは気落ちしながらも仕事は普通にこなしていた。戦う力を持たない民間人だということを踏まえれば、ものすごく芯がしっかりした方なのかもしれない。

 店の雰囲気は王都の状況とは違っていい感じだけど、それでも客がいなくて暇らしい。店員さんは俺に付きっきりでコーディネートしてくれる。


「よくお似合いです、リッツさん」

「そんなに似合ってます?」

「はい、似合うものを選んでますから」


 垢抜けた雰囲気の店員さんに、そうやって自信満々に断言されると、姿見で確認する自分の姿もしっくり来るように見えるから不思議だ。今はシャツとベストの上にジャケットを重ねている。


「これからは日中と日没後の寒暖差が出てきますから、温度管理のためにもレイヤードスタイルがオススメです」

「なるほど」

「決して、たくさん買わせたいわけではないですよ?」


 ニコニコしながら店員さんが冗談交じりに言う。他のお客さんがいないからというのもあってか、かなり砕けた感じだ。

 例の依頼があってから、ここの店員さんには顔を知られていて、オーナーが世話になったということで普通の店よりもずっと親しくしてもらっている。販売価格も従業員価格だ。なんか悪いとは思うけど、オーナーの命の恩人だからと店員の皆さんが言うので、そのご厚意に甘える感じになっている。

 買う服が決まったところで、俺はカバンからボロボロの上着を取り出し、店員さんに事情を説明した。店員さんは服を手に取り、真剣な目つきで確認している。


「そうですね……袖は両方とも全滅ですし、裾も痛みが目立ちますが、首周りが無事なのは幸いです。袖を切っちゃって裾も傷んだ部分はカットして、ショート丈のベストにしましょう」

「わかりました、お願いします」


 捨てたくはないなと思っていただけに、姿を変えてまた着られるようで安心した。

 話が済んだところで、買う服と仕立て直しの代金を合わせて精算すると、会計後に店員さんが笑顔で聞いてきた。


「そのままの姿で帰られます?」

「うーん、そうですね。そうします」

「でしたら、オーナーのところにも顔を出してください」

「えー」


 その提案は、少し俺にはハードルが高いように感じた。いくら店員さんが選んでくれたファッションとはいえ、こういう店の店主で、それも美人の彼女に相対するのは、なんというか自分が無理に背伸びしているように感じてしまう。

 しかし、断る理由といったらそれぐらいで、口にして辞退するのもかなりみっともない気がしたので、結局はお邪魔することになった。


 別の店員さんの案内で通された応接間で待つと、ほどなくしてエスターさんがやってきた。それと、その後ろに見知った顔が。


「お久しぶりです、リッツさん!」

「フレッドも、元気そうで良かった」


 あの夜、俺の見張りだったけど最初の協力者になってくれたフレッドは、今ではこの店でエスターさんの下について雑用を任されている。

 言っちゃ悪いけど、こういうオシャレな店が、貧しい経験をした孤児を雇い入れるのは意外だった。ただ、彼の受け入れにあたっては、ここの店員さんの1人が強く訴えでたらしい。その店員さんも極貧経験があった方で、小さい頃に路頭に迷っていたところ、前オーナーであるエスターさんのご両親に助けられたそうだ。そんな彼女にとって、フレッドたちの境遇は無視できるものじゃない。他の店員さんの理解もあって、1人だけ裏方で働いてもらおう、そういう話になって今に至るということだそうだ。


 エスターさんと向かい合ってソファに座ると、フレッドが茶の準備をしてくれた。なかなか手際が良い。そのことを褒めると、彼は照れくさそうにはにかみ、エスターさんの横に座った。遠慮しているのか少し距離を開けていたけど、エスターさんがそれとなく微妙に距離を縮めていて、少し笑ってしまった。

 3人で座ると、向こう側からちょっと熱い視線が注がれる。なんか恥ずかしいなと思っていると、エスターさんが口を開いた。


「今回のご活躍については、私の耳にも届いています。勲二等を授与されたとか」

「あー……ご存知だったんですね」

「ええ。商工会の会議で休憩時間に知りました」


 それで、フレッドがこの様子ってことは、エスターさんから伝え聞いたんだろう。他の店員さんも、たぶん知ってそうだ。自分が知らないところで名前が知れ渡っていくのは、どうにも慣れない感覚だ。今回のは悪い話じゃないからまだいいけど、本来の自分を超えてイメージが独り歩きしているようで、ちょっと落ち着かない。

 頬が上気するのを感じながらフォークでちまちま茶請けのブラウニーを切っていると、またエスターさんが話しかけてきた。


「そのうち、リッツさんに憧れて冒険者を志すようになったという子が、現れるようになるのかもしれませんね」

「いやー、おおげさですよ。そこまでのものじゃないです」

「……ああ、ごめんなさい。少し表現を間違えました。あなたが、これからも研鑽を積んでいって、人から憧れられる方になっていくんじゃないかって、そう思っているんです」


 それは意識したこともなかった。自分にとって憧れになるような方はいるし、少しでも近づけるようにと努力もしてるつもりだけど、逆に自分がそういう対象になろうだなんていう考えはない。でも、誰かに憧れて背を追うなら、その自分の背を誰かが追ってくれるように務めなきゃいけないのかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えながら茶菓子を口に入れて味わっていると、エスターさんが横のフレッドに視線をやってから、穏やかな笑みを浮かべて言った。


「あの夜、とても怖かったんです。それこそ、自分の足で歩けないぐらいに。でも、あなたに励ましてもらって、なんとかなって……年下の男の子だけど、すごいなって思ったんです。あの時のリッツさん、すごく格好よかったですよ」

「そ、そーですか」

「フレッドも、そう思うでしょう?」

「はい! 僕にとって、リッツさんは憧れの人です!」


 あの時頑張ったことはそれなりに誇らしく思っていたけど、こうして面と向かって激賞されると照れくさい。それと、エスターさんみたいなキレイな人にカッコいいとか言われるのも。なんだか背筋にゾワゾワする感じがあって、それから逃げるみたいにフレッドへ話しかける。


「あの時、色々ダサいところも見せちゃっただろ?」

「……そんなの、ありましたっけ?」

「いや、思い出せないならいいけどさ……」


 本当に忘れているようだったので、ゲロったことは蒸し返さないことにした。上品な女性も交えてのティータイムだし。

 口直しに茶を含むと、エスターさんが「何かあったのですか?」と聞いてきたけど、「大したことじゃないんです、内緒ですけど」と返すと、それ以上に追及はされず、彼女は別の話題を切り出してきた。


「ネリーさんとハリーさんのことですが」

「何かありました?」

「あら、ご存じないですか?」


 いきなりいわれても何の話かわからず、つい首をひねってしまった。すると、エスターさんはティーカップを両手で持ち、ちょっとうっとりしたような笑顔で言った。


「あのお2人が、この度ご結婚されるそうで」


 茶が変なところに入って、俺は顔を真赤にしてむせこんだ。



 その日の夕方、孤児院の先生向け談話室で、俺はネリーと談笑している。

 エスターさんの情報では結婚間近なはずだけど、そんなことはおくびにも出さず、ネリーは「今日は大変だったねー」なんて呑気に言っている。

 確かに彼女が言う通り大変な日だった。おろしたての服をわざわざ着替えてしまうのもと思い、そのままの格好でギルドへ向かい、ネリーが孤児院に居ると知ってその足で来たのが良くなかった。俺が珍しく、おめかししているのに孤児院の女の子達が食いつき、続いて男の子まで囃し立ててきた。兄ちゃん先生が色気づいたとか、やっぱり院長先生狙ってるんだ~とか。


「実際、似合ってるよ。でも、いきなりどうかしたの?」

「いや、最近色んな人に見られてる気がしてさ。それで、エスターさんとこで新調した」

「エスターさんとこ、ね」


 それとなく話に出すと、察しのいいネリーはやっぱり勘づいたようだ。テーブルの上に両手を重ねておいた彼女は、少し視線を伏せた。


「聞いた?」

「うん。おめでとう」

「……ありがと」


 いつも明るく朗らかな彼女だけど、今はしっとりしてなんだかしおらしい。急に、この場にはいない例の友人の背を、笑いながら全力でぶっ叩きたくなった。

 しかし、この2人が結婚するっていうのは、正直に言うと驚いた。ハリーは言うまでもなく慎重派だし、ネリーはノリに軽いところがあるけど、一方でかなり真面目なしっかり者の面もある。この世界のこの時代で、世の結婚事情がどうなのかはわからないけど、それでもこの2人にしては早いなっていうのが正直な感想だ。

 頬杖をついてあらぬところに視線をやっていると、「数えてる?」と聞かれた。2人が付き合い始めてからの月数を数えているのがバレたようで、少しバツが悪くなった。観念してうなずくと、彼女は困ったような笑みで話しかけてくる。


「早いと思った?」

「まぁ、この2人にしちゃ早いなって思ったよ」

「だよね~」


 彼女は笑ってから、両手で持ったティーカップに視線を落とし、口をつぐんだ。それからどこか神妙な面持ちになり、真剣で力のある視線を俺に向けて言った。


「あんなことがあったからさ。いつまでも当たり前に生きられるわけじゃないって思い知らされて」

「……そっか」

「でも本当は、彼との間柄にこだわりなんて無くって。結婚したってしなくたって、気持ちは同じだと思う」


 そこで言葉を切った彼女は一度目を閉じた。場が静まり返る。ややあって、意を決したみたいに口を開いた彼女の顔は、いつもより美しかった。


「私、彼と1つの家族になりたい。それだけなんだ」


 彼女の口から放たれた家族という言葉に、心が曇った。まばゆいばかりの彼女に向き合うと、ここまで引きずってきた自分の陰を思わずにはいられない。もしかしたら、素直に喜べないかもと、一瞬でもよぎってしまった自分のことが嫌だった。

 暗い思いが心の淵で湧きながらも、なんとか彼女に悟られまいと態度は崩さないでいられた。手がわずかに震えるのを自覚しながら、自分を落ち着けようと茶を口に運ぶと、彼女が今度は挙式について切り出してきた。


「だいたい1ヶ月後の10月15日の予定だけど、来てくれる?」

「そりゃもちろん行くけどさ」


 でも、この自粛ムードの中、式を挙げるってのはどうなんだろうと思った。こじんまりとやるならアリだろうし、王都の雰囲気が1ヶ月後には変わってるかもしれないけど、それでも不謹慎だと言って非難されるんじゃないか、それが心配だ。

 しかし、そんな心配をよそに、彼女は信じられないことを言い出した。


「今の予定では、闘技場で式を挙げるつもり。それで、ギャラリーもいっぱい呼んで一般開放する感じで」

「……本気? なんていうか、非難とかされたりするんじゃ」

「わかってるよ」


 とんでもない話をした彼女だけど、妙に落ち着き払っていて、目には覚悟を決めたような力強さもあった。どういう考えなんだろうか、思わず固唾を呑んで彼女の言葉を待つ。


「……前の授与式さ、結構盛り上がったじゃん。でも、あれだけじゃ良くない……っていうか、あれで終わらせちゃ良くないって思って。一番盛り返さないといけないところが、ずっと沈んだままだから」

「それは、そうだけど」

「彼とも職場のみんなとも相談したんだ。私達の式で、この街の明るさを取り戻せたらって。だって、敵の狙いが私達の街を傷つけることなら、このままじゃ負けっぱなしでしょ?」

「だから、やり返してやろうって?」

「うん。人生っていいもんだなって、みんなに思い出させるのが、亡くなった方々のためにできる私達の戦いなんだ」


 正直、うまくいくかどうかもわからないアイデアだった。それに自分の結婚式を使うなんて、ちょっとやりすぎなんじゃないか、俺の理性的な部分はそう囁いてくる。

 でも、敵の攻撃がこの街の人の心を踏みにじるためのものだったとしたら、2人の門出を契機に立ち直ろうとするのは、意義のあることだと思う。それに、なんというかロックな感じのアイデアで、不安と同時に興奮も確かに覚えた。


「ジョークじゃないなら、何か手伝うけど」

「ありがと。でも、まだ本決まりじゃないんだ。闘技場を使う許可は取れそうだけど。一応、関係者以外にはまだ伏せておきたいから、言いふらさないでね」

「オッケー、わかった」


 ここでこうしてタンカを切ったんだから、きっとやるだろう。

 自分の挙式についての意気込みを語ったところで、ちょっと力を使いすぎたのか、彼女はちょっと気弱な感じで話しかけてくる。


「あのさ、えーっと、お嬢様のことなんだけど……」

「あー、ここのセンパイ?」


 俺が訂正して確認すると、彼女は「うん」と、少し困ったみたいに微笑みながら肯定した。


「こんな時期だからさ、都合つかないかもだけど、できれば来ていただければって」

「自分で言えばいいんじゃ……いや、もう言った?」

「うん。予定がどうなるかわからない、行けたら絶対行くって言ってもらえたけど……」


 そこまで言って、彼女は言葉を切り黙りこくった。さっきまでの勢いとは大違いで、まるで別人みたいに感じる。それから数秒して、彼女はためらいがちに口を開いた。


「実は社交辞令だったのかなって」

「まさか」

「うん、たぶん違うって思ってるけど、でもさ……念押しするのもいやらしいから、できればリッツの方からも何かアプローチしてもらえたらって」

「いいけど」

「うん、お願い」


 ついついその場のノリで安請け合いしてしまったけど、そんなことよりも彼女の異常なしおらしさの方が気になって仕方なかった。でもまぁ、お嬢様をうまく誘えれば円満解決なんだから、あまり気にしても仕方ないと思い直した。


 あと1ヶ月か。いい式になるといいな。

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