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指紋 ~証拠能力不十分~

作者: 津辻真咲


世界の人口が一兆人を突破して、早五年。

科学捜査の指紋鑑定は、ある限界に来ていた。


「おはよ、深弥」

 門倉七重かどくら ななえは、幼なじみの椎名深弥しいな しんやへ声をかける。

「おはよう」

 彼も手を少し振って、答える。

「んん?」

 七重は彼の顔を覗き込む。

「なんか、元気ない?」

 そう尋ねる。

「普通だけど」

 彼は淡々と答えた。すると、予鈴が鳴った。

「あ! 遅刻だぁ」

「まったく、ほら、急ぐぞ」

 二人は教室へ走っていった。



「今日のホームルームの時間は、講堂での校長先生からのお話があるそうです。皆さんは、速やかに講堂へ移動して下さい」

 担任の教員はそういうと、皆を講堂へ誘導した。


移動中。

「一体何だろう、話って」

 七重はぽつりと呟く。

「聞けばわかるよ」

 深弥はそう一言、言っただけだった。


講堂にて。

「今日は緊急のお話をします。昨日の夕刻、学校に一報が入りました。それは、この高校の特別進学科の男子生徒が一人、殺害されたとのことでした」

 生徒がざわついた。


 廊下にて。

「まさか、この学校の生徒が亡くなるなんて思ってもみなかった」

「そうだな」

 二人は皆と一緒に廊下を歩いていた。教室へ戻るためだ。

「椎名君」

「はい?」

 深弥は返事をする。担任の教員が声をかけて来た。

「ちょっと、職員室まで来てくれるかしら?」

「はい。分かりました」

 彼はそう返事をする。そして、七重に付け足した。

「じゃぁな、七重。先戻ってろ」

「うん」

 七重は廊下の流れに従った。



「先生。用事は何ですか?」

 深弥はそう尋ねる。

「実は今朝の全校集会で校長が話された事についてなんですが」

 担任教諭は少し、口ごもる。

「殺人事件のですか?」

「えぇ。それで、警察の刑事さんが今来ていて、あなたに話しを聞きたいそうなの」

「そうですか」


職員室。

「お待たせしました。この生徒です」

「あぁ、ありがとうございます」

 捜査一課刑事、市巻いちまきが礼を言う。

「それでは、事情聴取を始めてもよいかな?」

 その隣の同じく刑事、二階堂にかいどうが深弥へ尋ねた。

「はい」

「それでは。まず、君と今回殺害された男子生徒の比賀浩太ひがこうたとは、仲が良いと聞きましたが、本当ですか?」

「はい」

「そうですか。それから、昨日の午後六時から七時半の間、どこで何をしていましたか?」

「自分の家の部屋で宿題をしていました」

「それを証明出来る方はいらっしゃいますか?」

「いいえ、家族しかいません」

「そうですか、分かりました」

「あと、最後に」

 二階堂は付け足す。

「はい。何ですか?」

「君の指紋を採取させていただきたいのですが?」

「はい、大丈夫です」

「そうですか。では、署の方まで来ていただけますか?」

「分かりました」

 深弥は頷いた。

「では、こちらへ、車は裏に止めてあります」

「はい」

 深弥は二人の刑事について行った。


午後六時。

――取り調べすごい長引いたなぁ。もう夜だよ。

深弥は家のドアを開けた。

「ただいま」

「お帰り。遅かったわね?」

 彼の母、椎名恵しいな めぐみが出迎えてくれた。

「今まで、警察署にいたんだ」

「え!? ちょっと、あなた、何したの!? 補導なの!?」

 彼女は驚いた様子だった。

「違うよ、母さん」

「何が違うっていうの?」

 彼女は少し、叱り気味で言い放つ。

「まぁまぁ、母さん。一方的に話していたら理由を聞けないよ?」

 深弥の父、椎名圭しいな けいが間に入る。

「それで、深弥何があったんだ?」

「実は、俺の通っている高校の生徒が昨日殺されたらしくて。しかも、その被害者が俺の知り合いで」

「まさか、その知り合いって、比賀君の所の御子息か?」

「うん」

 深弥は頷いた。

「どういう事? それで、あなたがどうして警察に呼ばれたの?」

 母、椎名恵は尋ねる。

「何か、疑われているような感じだったけど?」

 深弥は淡々と答える。

「えぇ!?」

「母さん、落ち着いて。今こうして、戻って来たんだ。疑いは晴れたんじゃないのか?」

「そうだと、いいけど」


次の日。

「おはよう」

「あれ? 母さんは?」

 深弥は父に尋ねる。

「あぁ、今玄関だ。誰か来たみたいだ」

「そう」

「あなた!」

 母が叫ぶ。

「どうしたんだ? 一体」

「深弥に逮捕状ですって、今!」

「何!? なぜだ?」

「深弥君の指紋と凶器の遺留指紋が完全に一致しました。それにより、息子さんの深弥君に逮捕状がおりました」

 刑事、二階堂は逮捕状を見せながら、話した。

「そんな!!」

「深弥君、御同行願います」

「……」

 彼は黙って従った。


高校の教室にて。

――あー。眠い。

――深弥、まだ来てないのか。つまんなーい。

 七重は机に顎をついていた。

「ねぇねぇ」

 七重は親友の新田裕子にった ゆうこに話しかける。

「どうしたの?」

 彼女は振り返った。

「今日、あいつ、休みかな?」

「あいつ? もしかして、深弥君の事?」

「うん」

「知らないの?」

「え?」

「彼、警察に逮捕されたのよ」

「え!?」

「近所の人が見ていたって話よ。だから、まだクラスメートのみんなまでは知らないみたいだけど」

――そんな。

七重は椅子から立ち上がる。そして。

「私、お父さんの所に入って来る」

「え!? お父さんって、弁護士の!?」

「うん。こうなったら私、お父さんに深弥の弁護頼んでみる」

 七重は走って教室から出ていった。

「え!? ……行っちゃった」

 新田は彼女に置いて行かれた。



父親の弁護士事務所。

「お父さん!」

「わぁっ!」

七重の父、門倉剛志かどくら つよしはびっくりした。

「お父さん! 大変なの!」

「何だ何だ?」

 父は身を乗り出す。

「私の親友の深弥が警察に逮捕されてしまったの。しかも、殺人容疑で!」

「なるほど、それで、弁護をしてほしいんだね?」

「そうなの!」

 七重は両手を勢いよく、机に置く。

「OK、OK、OK。分かりました。引き受けましょう」

 父は笑顔で言った。

「ホント!?」

 七重の表情が一気に明るくなる。

「その代わりに、バレンタインにチョコちょうだい」

「はいはい。分かったから、警察行こ?」

 七重は面倒くさそうに、返事を二回した。


警察署にて。

「いつまでも黙秘してないで、話したら?」

 刑事、二階堂が彼、深弥を取り調べていた。

「もう、証拠もあるんだし」

 すると、ドアをノックする音が聞こえて、ドアが開いた。刑事、三枝が二階堂に耳打ちをする。

「何!? 弁護士!? この段階でか!?」

「今、下に来てます。話をさせろと」

「仕方ない。通せ。それと、取り調べ俺と代われよな」

「はい。分かりました」

 三枝は二階堂と入れ替わりに取り調べ室へ入った。


「君が深弥君だね?」

 弁護士、門倉剛志が尋ねる。

「はい」

 深弥はそれに返事をする。

「あの、依頼人は誰ですか?」

「私の娘だ」

「え!?」

「君の知り合いの門倉七重と言えば、分かるかな」

「あいつが」

「もう大丈夫。私が来たからには、起訴されても必ず、無罪にしてみせます」

深弥は涙を溜める。

「ありがとうございます」



「二階堂刑事、ちょっと、よろしいでしょうか?」

「何だ?」

 鑑識課の四万田しまだが二階堂に話しかけた。

「実は市巻さんに証拠の再鑑定を依頼されて再鑑定したんですが」

「何!? あいつが!?」

「凶器の遺留指紋と同じ指紋が前歴者の中にありました」

「どういう事だ? 指紋が採取されたのなら、真っ先に前歴者リストにかけるんだろ?」

「はい。それが、ひっかかった指紋というのが、今日逮捕された麻薬の売人のものでした」

「何!? それじゃ、あの少年は犯人じゃなかったのか!?」

「いいえ、そうとも言い切れない結果が」

「何だ、言ってみろ」

「両者とも一致したんです。凶器の遺留指紋と」

「一体、どういう事だ!? 指紋は、誰1人として同じものはないのだろ?」

「原則はそうです。しかし、世界人口が一兆人に膨れ上がった今の指紋鑑定は、正確さを失っている可能性が」

「なぜだ?」

「指紋鑑定とは、その指紋の特徴十二ヶ所が一致すれば、確率的に同じ指紋はないというものです。しかし、今の人口は一兆人、そして、指紋の確率が一兆分の一以下。これでは、重複してしまうのです!!」

「それじゃ、どうすればいいんだ?」

「指紋を証拠物から排除して下さい」

「唯一の証拠だぞ! そんな事が出来ると思っているのか!?」

「しかし、それでは無実の方が刑務所に!」

「黙れ! 私はこの話を聞いていない。そうしろ」

「それじゃ、私は……」

「刑事部長の所でも行ってみろ。無駄だろう、一度もう逮捕しているし、証拠としては問題があるとは思えん。一致しているのだから。じゃな」

二階堂は立ち去った。

「……どうすれば」

 四万田は立ち尽くした。


 ノックの音が三回響いた。

「入れ」

 刑事部長の後藤はそのノックの主を招き入れる。そして、ドアが開いた。

「失礼します。緊急に刑事部長の耳にお入れしたい事がありまして」

 市巻だった。

「何だ?」

「今回の高校生殺人事件についてなのですが」

「それがどうした?」

「それが、今回の容疑者の少年の指紋と遺留指紋、そして、今日逮捕された麻薬の売人の指紋、全てが一つに一致しました」

「どういう事だ? 指紋は……」

「えぇ、誰一人として同じ人はいません。でも、これらの指紋は……」

「それがどうした? もう犯人は逮捕しているんだ。ならばもう問題はない」

「しかし、それでは無実の」

「誰が、無実なんだ? 指紋が一致しているのだから、犯人で間違いない。犯人ではないという証拠があるのか? 無いのならば、それでいい。それに、この事がマスコミにでも漏れてみろ、今までの指紋鑑定の結果の信用性が地に落ちる。そうすれば、再審請求や、有罪が無罪になってしまう。殺人犯を野放しには出来ん。いいな? 分かったのか? これ以上用事がないのなら、さっさと帰れ。いいな?」

「いいえ、まだ、お話が……」

「何だ!」

「今日逮捕された麻薬の売人の男性が取引での口論の末、今回の高校生を殺してしまったと自白しました。それから、犯行時刻に二人でいるとことを目撃されていました。これでも、あの少年が犯人ですか?」

「そうだ」

「なぜ、そこまでこだわるのですか!」

「過去の有罪判決を根本的にひっくり返されるのを防ぐ為だ! いいな。犯人は、あの少年だ。その他はない」

 後藤は言い切った。



「お父さん、どうするの!? もう時間がないよ! 早くしないと!」

 七重が焦る。

「まぁまぁ、慌てるな。しかし、指紋の一致がいたいな。これをどう崩すか……。凶器は花瓶、大量生産品で高校の近くの店にもある。しかし、偶然店に展示している間に触っていた。そう言うのも苦しい」

「そんな」

「証明しなければいけないからな。崩すのは簡単じゃないな」


――犯人は捕まえたい、しかし、冤罪も作りたくない。

――全てを守るには、法は百パーセントの正確さが必要なのに。

 四万田は意を決した。


 玄関のチャイムが鳴った。

「誰か来たみたい」

 七重が玄関の方を見る。

「出てくれるか?」

「うん。分かった」

 七重がドアを開けた。すると、四万田が立っていた。

「どちら様ですか?」

 七重は尋ねる。

「私、警視庁鑑識課の四万田と申します」

「鑑識さん」

「これは、私の勝手な内部告発なのですが……」

「七重、誰だい?」

 父、剛志が会話に入って来た。

「はじめまして、私、警視庁鑑識課の四万田と申します。それで、証拠の遺留指紋の事で参りました」

「ここではなんだ、さ、中へ」

 剛志は彼、四万田を中へ招き入れた。

「恐れ入ります」



「ところで、指紋の事とは?」

 剛志が話を切り出す。

「これを見て下さい」

 四万田は指紋鑑定書を差し出した。

「この3つの指紋?」

 剛志はそれを受け取った。

「今の指紋鑑定では、全て一致してしまうのです。もうシステムに限界があるのです」

「なぜ、これを私に?」

「発表して下さい。冤罪は決して作ってはいけない。きっと弁護士のみなさんはそっちの想いの方がきっと強いはずです。そして、私たち警察の仕事は、被害者の代わりに犯罪を憎む。そう思っています」

 四万田は強い意志で言い切った。

「分かりました。ありがとうございます。これで、彼を救う事が出来る」

 剛志は彼へお礼を言った。



「今回の事件の重大な発表とは、何ですか? 門倉弁護士」

 記者の女性がそう言った。ここは門倉弁護士事務所。彼、門倉剛志は、記者を集めて、小規模な記者会見を開いていた。

「実は昨日、警察関係者の方から、今回の事件の、いいえ、これからの事件にも関係する話しと証拠を貰いました」

「それは何ですか?」

「今の指紋鑑定では、ある一人の人物の指紋が、別の第三者の指紋と一致するというものです」

 記者はざわめき出す。

「それは、本当ですか!?」

「はい。よって、今回の事件で容疑者となった少年は、無実の可能性があります」

「警察には話しをしたのですか?」

「いいえ、これからです。真っ先にこの事実を世間の人々に知らせようと、こんな朝早くに会見を行いました」



『指紋鑑定に証拠能力なし 少年無罪

真犯人は 麻薬の売人 売買上のトラブルだった』



深弥が拘置所から出て来た。

――あ。

彼は七重の姿を見つけた。

「七重!」

 彼女は振り返った。

「深弥。良かった、また会えた」

 七重は涙を溜めた。

「ありがとう」

 深弥は微笑んだ。


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