業火大華 3
「ソア……レ……」
驚愕で見開かれた目に、私の姿が映っている。焼けただれているが、左側上部は火傷していなかったらしい。そのせい?
それか他に分かる材料があった? 匂い?
ティダ皇子の目を見たら、最後の迷いが吹き飛んだ。轟々と燃え上がる、唐紅の激情。
一世一代の大舞台。
燃えろ。
燃えろ。
燃えろ。
「握って。刺したってことにして……」
苦悶で嗚咽が漏れる。腹から抜いたナイフをティダ皇子へと差し出す。意識が薄れる。
燃えろ。
燃えろ。
燃えろ。
大好きな私が、大好きな友の妻が、貴方の為に命を賭した。この国を守ろうと、死に花散らす。
さあ、この国を背負うと、燃え盛れ!
「周りが疎かだからこうなるのよ。証拠ばら撒いたから後始末しなさい。どちらも助けてあげて……」
私は一瞬、白狼を睨み、それから微笑んだ。
お前ら大狼なんかに、ティダ皇子を渡してたまるか。彼はこの国を照らす太陽となるのだ。私が育った、愛するこの地を守る皇帝となる。誠実で優しいテュール皇子がティダ皇子を支える。逆でも良い。
得体の知れない、訳の分からない大狼とかいう生物の帝になんてさせない。
白狼が低く唸った。敵意剥き出しである。こっちこそ、大嫌いだ。ティダ皇子に信頼され、好かれ、ベタベタ触る事を許され、誰よりも心を許されている。
ティダ皇子に抱かれた女達よりも、余程憎たらしい。いや、憎悪である。私の激しい嫉妬心は大狼やテュール皇子でさえ、例外ではない。
「死にたくない! 投降する! 騙されたんだ! 裏切られた!」
皇国兵に聞こえるように、大絶叫。嗄れた声は届くのだろうか? 革命軍にまで届けば良い。土埃で目が痛む。
大勢の前で、革命軍を扇動したのはティダ皇子ではないと示した。私の役目は終わり。捕縛、拷問とならなくて安堵。その方が険しい道だっただろう。
血と共に、体の力が抜けていく。
ティダ皇子は私の体を抱えた。まるで理解出来ない。そういう表情。
「最後に殺せ」
小さく、ティダ皇子にだけ聞こえるように囁く。目線は白狼。
思考を猛回転させて、状況把握と私の目的を考えているような瞳。私の馬鹿で激しい独占欲を見抜いているのか、唸り続けている。
自然と唇が歪む。白狼の蔑みの目が愉快でならない。私は目一杯、笑ってみせた。顔を焼き、喉を潰し、囮役を殺してすり替わり、そしてティダ皇子を庇って自死。
私の勝ちだ大狼。私がここまでしたら、ティダ皇子はベルセルグ皇国を捨てられない。人として生きる。
この先、どんなにティダ皇子が女に手を出そうとも、私の存在を忘れることは無い。大狼、テュール皇子、シッダルタとかいう青年、可愛い女達、教養ある女達、ティダ皇子が好む者達。
さあ、全員蹴散らしてくれる。
彼の心のど真ん中に君臨して、永遠に華を咲かすのは私だ。
一生、罪悪感に焼かれろ。しかし、ここまで愛されたと誇れ。手に入らなかった女の死は誰かが癒す。テュール皇子という、支える友がいる。
「大狼なんでしょう?」
裏切りを許せない、忠義に厚いのが大狼なら、彼は死ぬまで、ここまでした私を裏切れない。
白狼から目を離し、戸惑うティダ皇子を見据える。
「それを忘れないで」
私を忘れないで……そう言いたかったのに、別の言葉が出てきた。最後まで私は天邪鬼らしい。
愛していました。誰よりも、ずっと、恋しかった。
それは言えない。テュール皇子に操と義理を通さないとならない。ティダ皇子の胸に飛び込まないと、自分で選択したのだ。
愚かで、浅はかで、不器用で、天邪鬼な自分が恨めしくてならない。大馬鹿女。私の阿呆。
私はテュール皇子の妃、菜花妃——……。
梅の君を選ばなかった——……。
なのに、それでも焦がれた。彼の唯一無二の存在になりたいと願ってしまった。なれると考えてしまった。
「生きて……」
そう、生きて……。
テュール皇子と共にこの国で——……。
私をたまには思い出しながら——……。
霞む視界の先で、ティダ皇子は蒼白。小さく、何故とか、どうしてと呟いている。
「ティダ様、死なれたら情報を聞き出せません。手当を」
周りを囲う皇国兵が、ティダ皇子に話しかける。薄らぼんやりした視界で、ろくに目が見えない。
死に損なうのは困る。ここまできたら、テュール皇子の為にも、正体を見破られる訳にはいかない。
私は最後の力を振り絞り、立ち上がりながら、ティダ皇子を突き飛ばした。
ティダ皇子を睨みながら、隠し毒針で首を刺す。激痛が体を脳天から足先まで痺れさせた。
皇帝暗殺、それから革命軍の扇動の汚名は晴れた筈。ばら撒いた文も証拠となる。
ティダ皇子が、皇族、貴族、市民、何もかもを背負ってこの国で輝かしい光を放つ太陽のような皇帝になりますように。
ひらり。
私の前に、梅の花びらが舞ったような気がした。
回り灯篭のように、死に際にはこれまでの人生が蘇るという。私の思い出はティダ皇子と、それから……愛したかったテュール皇子の事ばかりらしい。
そうか……私はテュール皇子も守りたかったらしい……。内乱にて皇居が攻め入られると、テュール皇子の身も危険。
父を選ぶか、友を選ぶか、ティダ皇子が本気でこの国を背負うとなれば、そういう選択をしなくても済むだろう。二人は、私の家族や側女達も守ってくれる。きっと、大丈夫。この国の未来は明るい。私はそう思う。
梅園と菜の花畑が実に美麗。
しかし、最後はやはり梅らしい。
一面、淡い桃色。甘い匂いに囲まれて、私の胸は弾けそうなほど、とくとくと鳴っている。
春の訪れを知らせる、梅の楽園。ほんのりと橙に染まる空は、間も無く日が落ちるぞと告げている。
ティダ皇子が、腕を伸ばして、枝の一つを手折った。まだ蕾の多い枝を、差し出される。
大好きな、笑顔で、ほらっと——……。
「ヴィトニル!」
不意に、何かが壊れる音が鳴り響いた。
私の骨が折れる音。
きっと、鮮血の大華が咲いただろう。
∞ ∞ ∞
私は太陽の名を持つ娘。たった一人の殿の為に生まれてきたのです
∞ ∞ ∞




