表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

最愛大華 3

 私は白無垢。テュール皇子は参拝用の白装束。ティダ皇子の前に、2人で並んで正座。ティダ皇子は私に酌、テュール皇子には将棋の相手を命じた。


 私達が現れる前に、ティダ皇子はミンメイに御膳、酒、将棋の準備をさせていた。ティダ皇子に食事を促される。


「似合いの夫婦だな」


 将棋の駒を並べながら、ティダ皇子が零した。彼の柔らかな微笑みに対して、テュール皇子が照れ笑い。


「ありがとうございます。自分でもそう思います」


 叫び出しそうな気持ちを押し殺し、微笑む。ティダ皇子がもたれかかる白狼が低く唸った。


「ヴィトニル、止めろ」


 ティダ皇子が白狼を撫でる。白狼の尾がバシンッとティダ皇子の顔面に直撃した。


「ふはははは! 痒いわ! で、テュール。先日の災害にてあちこちで不都合が起こっているだろう?」


 大笑いすると、ティダ皇子は将棋の駒を動かした。彼は振り飛車党なのか。白狼はまだ唸っていて、正直怖い。琥珀色の瞳は、私を見据えている。動いたら、噛みついてくるような雰囲気。


「ああ、対応に追われている」


 パチリ、パチリと将棋を打ちながら、どこの街で何があったとか、どこぞの官吏が使えるとか、2人はそういう話を始めた。誰は横領しているから、そろそろ蹴落とすとか、ティダ皇子はそういう事も語る。私の知らなかった政治、統治の話。


 聞いていて良いのだろうか?


 静かな声色で、将棋を打ちながら語り合う2人。私は黙って耳を傾けて、2人へお酒の酌をする。


「新妻、誰かに琵琶を弾かせて欲しい」


 少々劣勢な状態の盤面を、沈思というように見つめる、ティダ皇子に頼まれた。


「それでしたら(わたくし)が弾きます」


「いや、花嫁は何もしなくて良い」


 パンパンッとティダ皇子が手を叩いた。隣室で控えているミンメイが襖を開く。


「熱燗の追加でしたら、今お持ち致します」


「マールでございます」


 ミンメイの隣に、琵琶を手にしたマールが座っていた。会釈をしたマールを、ティダ皇子が手招きする。


「朧薄月夜と龍王の調べ。歌は無くて良い」


「はい、かしこまりました」


 マールはティダ皇子が掌で示した位置に腰掛けた。私から見て右手側、将棋盤の隣。ティダ皇子とテュール皇子の間。ティダ皇子に目配せされたマールが、琵琶を弾き始める。


 寂しげな旋律。ティダ皇子の穏やかな瞳に、つい見惚れる。少し生やした顎鬚を撫でながら、朱色の盃で酒を飲んでいく。


 パチリ


 パチリ


 パチリ……。


 静かな部屋に響く駒音。かつて、ティダ皇子と向かい合って、将棋を指した思い出が、鮮やかに蘇る。


「お前には勿体無い娘だテュール。励めよ」


 ポツリとティダ皇子が呟くと、テュール皇子は大きく頷いた。


「自ら選んだものは、決して裏切るな。噂によると、新妻は、唯一無二の大華を望んでいるらしいぞ。テュール、お前が裏切ったら、弟分として喉元を噛み切ってやろう。それが大狼だ」


 大狼? 問いかけて良いのか迷っていたら、テュール皇子が口を開いた。


「またその話か。それに、あーしろ、こーしろ。大狼は皇族の比喩なんだろう? 言われなくても、私は彼女を大切にする」


「大切に、ねえ……。まあ、好きに解釈しろ。無様な生き様見せたら、容赦しないからな」


 張り詰めたような空気に、琵琶の音色が横たわる。


「弟分と言いながら、兄貴面ではないか。なあティダ、市民と深く交流していると耳にした。過ぎたるは猶及ばざるが如し。国を荒らすな」


「父上が身分改革を進めているから、後押しは当然。王や強者に従うのは世の常だ」


「陛下のお気持ちも分かるが……私の父上や取り巻き達がな……」


 これは、さっぱり会話の内容が分からない。私は飾り人形のように、2人にお酒の酌をするしかない。


「矜持よりも自己保身を選ぶ愚かな叔父上と、その腰巾着。まあ、適当におだてておく。全く、何故同じ群れの中で争う。人とは阿呆だ」


 大きな溜息を吐くと、ティダ皇子はマールからそっと琵琶を奪った。優しい手つきに微笑みだったが、目が笑っていない。


「天女の羽衣にしては、想定以下だな。下がりなさい」


 琵琶を少し鳴らすと、ティダ皇子はマールに琵琶を返した。マールは青ざめ、頭を下げて部屋から退室。


「彼女の腕はそう悪くない」


 テュール皇子がティダ皇子へ告げた。


「遅い。もっと早く庇え。可哀想に、真っ青だったぞ」


 ピシッ。テュール皇子の額が、ティダ皇子の指に弾かれる。自分がマールを蒼白にしたのに、ティダ皇子は何を言っている。


「痛っ」


「試したことに気がつかない阿呆め。こんな半人前以下が嫁取りか。全く、しっかりしろ。新妻をチラチラ見てはニヤニヤ、ニヤニヤ。腑抜けのままだと、背負う群が全滅するぞ」


 チラチラ? 私がテュール皇子を見ると、彼は頬を赤らめて苦笑い。ティダ皇子がテュール皇子の額を、またしても指で弾いた。


「痛っ」


「そういう目は褥でしろ。本当にどうしようもねえな。この国を背負うという気概を見せろ」


「何度も言っているが、器の大きさが違う。ティダ、お前が皇太子だぞ」


「俺は誉れ高い大狼の帝になる男だ。こんな国要るか。酒と女とごく一握りの気に入りがいるから、ちょこちょこ居座っているだけだ」


 先程から、私にはティダ皇子の発言内容が理解出来ない。皇太子であるし、次の皇帝だともっぱらの噂なのに……。


 それにしても、この2人は本当に親密そう。私は蚊帳の外で、まるで楽しくない。それに、ティダ皇子の顔をみているだけで、胸が苦しい。


 自ら選んだものは、決して裏切るな……か……。私に告げられた訳ではないのに、貫かれたように胸が痛い。


 ティダ皇子の中の優劣は、私よりもテュール皇子。


 ティダ皇子が、九十九夜、通ってくれているうちに素直になれなかった。折れる事が出来なかった。私は、もう永遠に彼を手に入れる事は出来ないだろう。


 テュール皇子と私が、白装束と白無垢で並んだ後から、ティダ皇子は私と目を合わせなかった。名前も呼ばれていない。


 この日、ティダ皇子とテュール皇子は政治の話や、2人だけにしか分からないような話をしながら、夜中まで対局を続けた。


 ティダ皇子は負け、大笑いしながら、上機嫌で私達の屋敷から去った。宿泊を促したテュール皇子の髪をぐしゃぐしゃにし、額を三回指で弾いて。


 去り際、ティダ皇子は私に小さな耳打ちをしていった。


「後宮の毒花も、更に強い毒花と競い合いか。負けた振りとか、もっとあしらいを覚えろ」


 え? と思ったら、私はテュール皇子へと軽く押されてた。後宮? 戸惑いのうちに、ティダ皇子の姿は消えていた。


「手加減してわざと負ける。結婚祝いがそれとは小さいな」


 玄関で、テュール皇子はクスリと笑った。ティダ皇子同様に機嫌が良い。


「将棋も囲碁も、私がティダに教えた。なのに、あっという間に追い抜かれ、五年振りの白星だ」


 テュール皇子は私と手を繋ぎ、ニコニコと笑いながら歩き出した。二人だけしかいない廊下に、テュール皇子の微かな鼻歌が響く。


「それで、ソアレ。唯一無二の大華とは何だい?」


 理解しているような、照れ臭そうな笑み。私はテュール皇子に必死に微笑み返した。


「数多の星の中の一番星ではなく、二つ並びの北極星のようになりとうございます」


 二つ並びの北極星は、決して隣から離れない夫婦の星だという。そういう神話がある。


 薄明かりでも分かるくらい、テュール皇子は赤くなった。


「そうか……」


「貴女様なら、願いを叶えてくれると信じて選んだのです」


——自ら選んだものは、決して裏切るな


 私は、目の前の夫を裏切らない。ティダ皇子に縋り付いたり、泣きついたり、テュール皇子を拒否したりしない。そう、自分に言い聞かせる。


「ああ、約束しよう。そうか、北極星か。あの神話は女性に人気がある」


「死後も寄り添う夫婦ですもの」


 テュール皇子は私を抱きしめて、そっと優しい口付けをしてくれた。


 全身が引き裂かれそう。強情な理性と、狂っている本能。私という娘は口から出まかせばかり、イカれている。誰にも言えない想いを胸に秘め、死ぬまで、身の内側に激しい葛藤の火を燃やす。


 その夜も、テュール皇子に抱かれながら、私は彼への可愛い恋を騙った。貴方がとても好きで、大切にして欲しいというおねだり。


 愛は無くても快感は得られるのだなとか、愛は芽生えなくても情はすくすくと育っているとか、そういうことばかり考えてしまう。


 時が去れば葛藤の火は消える。


 永遠に燃え続ける火、この世にそんなもなはない——……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ