絶対なはずだった即死魔術
レクレスには婚約者がいる。
グルイナード王国の"王女"だ。
これがとんでもない変わり者でレクレスに対しても歯に衣着せぬ物言いをする。
国王でさえレクレスに頭が上がらないというに、レクレスがなにかを言おうものならこちらも言い返すほどの度量。
それがテネシティには気に入らなかった。
王族であれなんであれ、世界を救い統治する能力を有す勇者レクレスに服従すべきだ。
彼はまさに特別な存在であり、この世界は彼の為だけに存在してる。
王女風情がレクレス様に口答えするな、と。
テネシティもドローススもそう信じて疑っていない。
勿論本人も。
だが、気に入らない。
勇者レクレスと同格かそれ以上の振る舞いをするあの王女が。
そして、この旅路を邪魔するかの如く現れたこの悍ましい巨怪が!
「死ね死ね死ね死ねぇええッ!!」
魔方陣を空中に展開し風だの水だの火だの雷だの様々な属性の魔力弾を撃ってくる。
無数とも言える弾幕と高火力を誇る彼女の魔術はまさに一騎当千と言えるだろう。
これがただの魔物や人間の軍団であればあっという間に全滅だ。
(魔術のイロハはよくわからないがこれなら俺の熱光線とも渡り合える……だが)
触手を高速に動かしてこの身にくる全てを弾いている。
あの妙な電磁波による遮断はあえて使わない。
テネシティが意地になって尚も撃ち込んでくる中、グリフォはその巨躯を前へ前へと進ませた。
圧倒的な威圧感にたじろくも、テネシティは後退しながら弾幕を放ち続ける。
一流の魔術師ともなれば魔力の内蔵量も桁違いらしい。
だが一向に決め手にはならないことに焦りを感じ始める。
(あの化け物……魔術を遮断してくるかと思ったら触手で全部落とすなんて……でも、これは好機ッ! 私の最終奥義で奴を屠る)
一気に宙へと上がるとテネシティは巨大な魔導術式を展開する。
魔方陣となって空一面に展開した魔力の紋様は不気味な輝きをもって、見上げるグリフォを照らした。
「レクレス様の御心を少しでも煩わせたこと、死して償え!!」
――――グランド・アーロゲント!
彼女が技名を叫ぶと同時に体内に異変を感じる。
なるほど、これが即死をくらうという感覚か。
相手が誰であろうと問答無用に死へと誘う魔術。
「アーハッハッハ! 今から工房へ連れてってあげる。そこでアンタは勇者様の為にアイテムとして生まれ変わるの! 光栄に思いなさい!」
いいね、最高だ。
早く連れて行ってくれ。
グリフォは後ろへと倒れる最中、内心でほくそ笑んでやった。
このとき彼の身体の中では、ある恐るべき変化がおきていた。
魔術の遮断や無効化なら兎も角、このような機能を魔物とはいえ生物が身に着けているはずがない。
誰もがそう考える――――。
『即死の力を体内で中和し無害化』
グリフォの持つ身体の特殊な機能のひとつであり、彼は人間のもたらす死なんぞまるで意にかえしていなかった。
死は全ての命の終りだ。
だが、自分にとっては終わりではない。
死で"憎しみ"は払えない。
むしろ更に憎しみを加速させる。
憎しみの系譜の使徒たるグリフォにとって、最早死なぞ数ある種類の身体の状態でしかなかった。
そんなことも知らずに得意げにその力をかざすあの女の顔は嘲笑に値するものだ。
だが、まだ成れていない部分があるせいか一時的な仮死状態にはなる。
まぁいい、目覚めたときにはきっとテネシティの魔術工房へとついている頃だろう。
これなら果たせる、この女への復讐が。
そう、まずはこの女だ。
イカれた男に全てを捧げてたこの存在に、俺は最大級の恐怖と絶望を味わわせてやろう!
そう決意した後、意識を閉ざした。
その傍らで、テネシティは意気揚々と転移術式を展開してグリフォを持って帰ろうとした。
行き先は自分の叡智と成果が全て詰まった魔術工房。
「ククク、アーッハッハッハッハ! やりました! 私はやりましたよレクレス様ぁ!! 必ず、必ずアナタに全てを献上いたしますッ! ですから! ですからその暁には、この私をもっともっともぉぉおっと愛してください! アーッハッハッハッハ!!」
高らかと昇る歓喜の声。
巨怪を踏みつけながらテネシティは……。
――――永遠とも勘違いするほどの一時の希望に酔いしれる。