魔術師テネシティ
一方、勇者レクレスとその一行。
彼等はとある村の宿屋にて、一早く情報を手に入れた。
なんでも王国軍と魔王軍の戦闘の最中に、突如見慣れぬ巨怪が現れ両軍を全滅させたのだとか。
その巨怪はドラゴンのような見た目をしていた、とも。
一流の魔術師たるテネシティはレクレスに魔王軍の情報をすぐに仕入れ報告出来るよう使い魔を世界中に派遣していた。
その1体が遠くからではあるが、巨怪を目撃し記録していたのだ。
「見たことのない形態のドラゴンだね。しかも驚異的な殲滅力だ。国なんてあっという間に消し炭に出来るだろう」
魔術によって映像化された記録を見ながらレクレスはその光景に眉をひそめる。
無論この巨怪の正体が、自分達が追放したグリフォ・ドゴールであることはわかっていない。
ただ異様な光景にイライラを募らせるばかりである。
僕の栄光への道に水を差しやがって……と。
「勇者殿いかがされます? これほどの難敵、恐らく王国連中では討伐はおろか傷をつけることも出来ますまい……ここはひとつグルイナード王国へ戻り奴の討伐の指揮をとられては」
「そうしたいのは山々だけどそんな時間はない。魔王の奴等が今にも世界を浸食しそうなんだ。ここで僕が退いたらきっと魔王軍は勢いづく」
そのとき、テネシティは不気味に笑いながら仰々しくレクレスに提言する。
「レクレス様のお手を煩わせるまでもありません。ここはこの私が出て、レクレス様の憂いを見事絶ってみせましょう」
「出来るのかい君に?」
「問題御座いません! 討伐の暁には奴の骸を使い新たなアイテムを製造して献上いたします!!」
「……頼もしい、じゃあお願いするよ。――――奴を殺して最高のアイテムを作ってくれ」
レクレスの期待に応えるべく意気揚々とひとりパーティを抜け、巨怪もといグリフォの討伐へと向かう。
まずは索敵魔術で目標を捕捉しようと試みるが、一向にそれらしいものはヒットしない。
そう言えば奴が妙な電気を流していたとき、魔術が一定の範囲内で遮断されていたのを思い出す。
原理はわからないがこれによって捕捉が出来ないのか、それとも現代の索敵魔術では捉えられないほどの速度で移動しているのか。
「レクレス様の邪魔をするバケモノめ……この私が成敗してやるわ」
テネシティは浮遊の魔術を使い空を飛ぶ。
見つからないのであれば探しに行くしかない。
尊敬してやまない勇者の教え通り"自分で動いて行動"を実行する。
だが、それが彼女にとっての大いなる地獄の始まりであった。
グリフォがテネシティの忌々しい気配を感知した。
飛行中に10時の方角からそれを感じたのだ
(こんなにも早く奴に出会えるとはな……丁度いい。この肉体の性能をしっかりと拝ませてやる)
さてどう料理してやろうか。
このまま超音速で突っ込んで粉々にしてやるか。
熱光線を放って爆散させてやるか。
この位置からでも十分射程に入る。
だが、どの判断も否と断ずる。
それではまるで足りない。
あの阿呆の魔術師にはたっぷりと恐怖を味わわせてやらねばならないのだ。
奴の流す血でレクレスへの呪いの言葉を吐いてやらねばならない。
(……よし、まずは奴に近づくか。方法はそれから考えればいい。この最高の力があればどんなことだって出来る)
一気に方角をテネシティのいる方へと向け、天空を揺るがすほどの速度で飛行する。
グリフォの速度は凄まじく、すぐに彼女の姿を完全目視出来るほどの距離まで詰めていた。
人間である彼女にグリフォの接近を一早く感知する能力はなく、気配を感じてその方向を見たときには全身が泡立ったほどだ。
今までに見たことのない巨怪が数十m先で直立するように浮いていたのだ。
「な……コイツが、例のッ!」
テネシティは思わず生唾を飲むも、吹き飛びそうになった勇気を取り戻し魔術の際に使用するステッキをグリフォに向ける。
「現れたわね怪物! 我が名はテネシティ。勇者レクレスの真の同志! お前を倒して我が魔術工房でアイテム作りの材料にしてあげるわ!」
大声でそう怒鳴るテネシティの発言を聞いて、グリフォの脳内に天啓が降りる。
――――魔術工房。
そう言えばテネシティは巨大な魔術工房を持っていてそこで弟子達と共に研究をしていたとのこと。
ただ話に聞いていただけでどこにあるかはわからない。
魔王討伐の旅ではその工房の運営は弟子達に任せているとか。
なんという僥倖。
こんなにもウマいネタを提供してくれるとは思わなかった。
丁度試したい機能がある。
この身体ならではの機能だ。
融合を果たしたときにうっすらと知識としてあっただけで、試してみるのはこれが初だろう。
方針が決まったグリフォは突如大地へと降りる。
その動きに呆気にとられつつも続いて降り立つテネシティ。
「フフフ、怪物風情が母なる大地に降り立つなんて……なんて罪深い奴。ぶっ殺してあげるわ」
ステッキを指で華麗にスピンさせながらグリフォにほくそ笑む。
魔術を一定の範囲で遮断するあの力は知っているし、魔術師たる自分とはあまりに相性が悪いともわかっていた。
だが、テネシティは諦めない
勇者レクレスが以前言ったものにはこんなものがある。
――――吐血しようとぶっ倒れようと不眠不休で頑張ればそれは不可能じゃない、実際に可能にしたんだから不可能なんて僕が言わせない。
一見すれば誰もがおかしく見えるこの言葉。
全肯定者たるテネシティから見れば神の御言葉に等しいもの。
どんな困難でもそういう風に挑めば報われる。
自分はレクレスの役に立っている、そう思えて絶頂すら覚えてしまのだ。
当然人間時代からグリフォは彼女のこういう一面にドン引きの念を隠せないでいる。
だがそれももうじきに終わる。
『アルマンド、聞こえるか?』
『お、アンタから来るたぁね。なんだ? 今、城のお偉いさんに"便利な武器作れ"って無茶ぶりきてよぉ……。そんなことよりもまずアンタへの対策とか他にやることあんだろうがって思わず言いたくなるわホント』
『お前の愚痴を聞きたいんじゃあないぞ? 俺のデータを取りたいんだろう? いいものを見せてやる』
『お、マジか? どんなだい?』
『見てからのお楽しみだ。……テネシティにはとんでもない必殺技がある。それを正面から受けてやるのさ』
テネシティの必殺技。
技名のようなものが確かあったはずだが忘れた。
だが、その効果はレクレスも一目置くほどのものだ。
即死魔術。
まさにこの肉体に備えられたある機能を試すにはかなりお誂え向きとも言える。
『……面白い。アンタがどう動くか見せてもらうよ』
『任せておけ、仕事頑張れよ』
そう言って念話による通信を切ると、今度は魂と一体化した女神ティアマットからの念話が来る。
『……死ぬの?』
今にも泣きそうな声色だった。
彼女には悪いが、これは自分の復讐だ。
やるのなら最高の演出とやらをやってみたい。
『……俺に任せておけティアマット。俺には"ある機能"が身体に備わってる。どうということはないのさ』
『魂と同一化したときに知ったわ。でもそういう問題じゃないのに……』
こういうとき気の利いた言葉を投げかけてやれないのが自分の悪い所だ。
ややこしい関係である以上、中々に理解は得られない。
だが、彼女がこちらを心配してくれているのは確かだ。
『……お願い、無理しないでね?』
『言われるまでもない』
そう言って一方的にこちらから切った。
すでに魔術術式を展開しているテネシティ。
グリフォも後頭部の触手をうねらせながらゆっくりと歩み寄る。
――――いいだろうテネシティ、お前に希望と夢を与えてやろう。
それがこの世で最後の輝きだ。




