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大好きなあのヒトへのサウダーデ

 北西にある山脈。

 その中でも標高9000m以上はある『マッサークロ』と呼ばれる高峰にて、その気配を感じた。


 巨大な氷河を持ち、猛吹雪と有害な魔力渦と有毒のガスで覆われているそこは人間は勿論魔物ですら生息出来ない環境。

 まさにこの世の空虚うつろなる場所。

 若しくは神のみ許された楽園であろうか。


 そんな場所にティアマットはいるのだ。


 極寒と無空の頂上で、彼女はあのときのローブ姿のまま佇んでいた。

 豪風で布をはためかせ彼が現れるのを待つ。

 彼女もまた、グリフォの気配を感知していた。


(……あそこか)

 

 この肉体は実に凄い。

 最早呼吸すらままならないというような場所においても平気で活動が可能だ。


 後からアルマンドに聞いたが、どうやらこの肉体は"宇宙空間"と言われる場所での活動も可能だとか。

 宇宙……生前の知識にはなかったが、この身体になってからは大雑把にはその知識はある。

 


 ……邪竜の他になにを混ぜたあの魔女は。


 ふと他の筒状の物にいたあの虫のような甲殻類のような見た目をもった生命体共を思い出したが、深くは考えないことにした。


 吹き荒れるこの環境を物ともせず、グリフォは禍々しい巨躯を雪に包まれた岩肌に下ろした。

 翼を畳み、見開いたままの瞳を輝かせながら女神ティアマットに歩み寄る。


「……来たわね」


 背を向けながら話すティアマット。

 この過酷な環境と豪風に負けないほどにはっきりした声調。


 真夏の清らかな水のように澄んだ綺麗な女声。

 何人なんぴとをも魅了する言霊にグリフォの足が自然に止まる。


『……念話は出来るか?』


「大丈夫よ、聞こえてる」


 そう言って彼女は振り向きざまにローブを脱ぎ捨てた。

 風にあおられローブは視界の見えない遥か向こう側へと消えていく。

 

 碧眼の輝きを宿す彼女の瞳がグリフォを捉えると同時に、グリフォは思わず息をのんだ。


 全身は神々しいほどに蒼白く、肌と服が一体化したような姿だった。

 神特有の特異性なのだろうか、見慣れぬ風貌のそれに目を奪われる。


 花飾りを施した足元まで伸びる蒼白い髪、半目でこちらを見る少女の姿をした女神。

 だが、一番目に付いたのは顔だ。


 目付きは違えどその顔の輪郭、鼻の位置、唇、かつて愛した獣人種のリナリアそっくりの顔だった。

 瓜二つのそれに、グリフォの中に断片的に残っている記憶と人間性が大きく刺激された。


 こんな所でリナリアを思い出すとは思わなかった。

 

「……どうしたの?」


『いや……別に』


 ジッと見てくるグリフォに怪訝な表情を浮かべ見上げるティアマット。

 彼女の視線が妙に胸を痛ませた。

 もうきっと……愛する心なんてものもないはずなのに。


『礼を言いに来た。あの邪竜、アンタの伴侶なんだって? ……俺の復讐の為に十分に活用させてもらう』


 生じた迷いを打ち消すように本題に入った。

 そうだ、彼女に礼に来たのだ。

 同じ意志を持つ者として。


「……そう、アルマンドから聞いたのね。ありがとう、きっとあのヒトも喜んでいるわ」


 そういって悲し気に微笑むと、グリフォの足元まで歩み寄るやそのままフワリと浮く。

 顔の近くまでくるとその小さな手で優しくグリフォの……そのゾンビのように醜く歪んだドラゴンの顔を撫でた。

 

「不思議……人間や他の生き物も混じってるのに。生きていた頃のあのヒトともう一度出会っているみたい」


『アンタの夫みたいにハンサムじゃないがな』


「ふふふ、そうね。でもいいの。復讐以外のもうひとつの望み。それが今叶ったわ」


 涙を浮かべながら微笑むティアマット。

 しかしそれは感激の涙だけでなく、悔しさや苦しさの涙も混じっていた。


「私では夫を蘇らせることは出来なかった。色々手段は探したけれど、唯一の手段があの魔女の提案に乗ることだったわ。……神格も信仰も失った私はどうしようもなく無力よ」


『だが、そのおかげでお互い力を得た。――――『復讐』だ。そうだろう? グルイナード王国への復讐……俺も似たようなもんだ』


「確か勇者だったわね」


『そうだ、奴は許さない。そして奴に賛同し賛美する全てもだ。俺はこの力で全てを焼き尽くす』


 グリフォは拳を握る。

 咆哮したい気持ちを我慢した。

 吹き荒れる風が彼の怒りを体現するかのように更に勢いを増す。

 

 彼の決意を受け取ったティアマットは、どこか寂し気にしていた。

 人間グリフォの言葉ばかりで、邪竜あいするひとの言葉がない。

 彼の意識は人間の意識の最果てまで行ってしまったのだろうか?


 さびしい……。


 ティアマットの心が一瞬苦しくなる。

 だが、今はそれでもいい。

 

 今度こそ離れない。

 死んでも離れない。


 例え夫たる邪竜の全てが彼の中から潰え、虚空の彼方へと忘れ去られるとしても。

 愛するヒトから離れるのはもう嫌だ。


 なら、今はこれでいい。

 彼は"今の彼"として蘇ったのだ。

 

 私はこれを祝福しよう――……。

 

「あの王国を滅ぼす為には……アナタにはもっと暴れてもらわなくちゃならない。アナタの復讐の果てに、私の復讐がある」


『……そういえば、アルマンドがアンタの復讐の為に城に行くっていってたが。なるほど、俺は力で復讐に乗り出せるがアンタはそうでもないから、策略かなにかでやろうってか?』


「……そんなところよ」


 あの女も大変だな。

 軽口を叩きながらも自分達の復讐に尽力しようとしている。

 

 グリフォは勇者連中やこの旅の元凶たる魔王に復讐出来ればとりあえずそれでいい。

 邪魔者が現れれば殺す、何人でも。

 もしかしたら衝動に駆られてこちらから虐殺することもあるかもしれないが気にも留めない。

 

 ――――もう、不用意に優しさを振りまく人間ではないのだから。

 ヴィランに堕ちるとはそういうことだ。


 ティアマットはグルイナード王国そのものに復讐する。

 長い歴史の中で彼奴等が犯した大罪を裁く為に。

 自らの欲望の為に殺しつくしてきた人々の血の上に築く国家と信仰に。


『そろそろ行くよ、じゃあな』


「待ってッ!!」


 グリフォが踵を返した瞬間、ティアマットが手を伸ばし彼を止める。

 

「……私も連れて行って。アナタの邪魔はしないわ」


『なぜだ?』


「もう……離れたくないの。離れると、またアナタが消えちゃいそうで」


『俺はアンタの夫じゃあない』


「わかってるわよッ! ……でもッ! 私はもう嫌よ。嫌なの……」


 女神が涙しこちらを見る。

 きっと彼女の中で複雑な感情が渦巻いているのだろう。

 人間の女性では抑えきれないほどの苦悩と悲しみ、そして愛情が。


「私と夫はもともとは2組で1つの神だった。ゆえに特性として『同一化』も出来る。アナタの魂と一体化するの。そうすれば常に一緒にいられるわ。無論アナタの意思や肉体的な邪魔にもならない」


『……そういう方法があるのなら、好きにしてくれ』


「本当!?」


 彼女の表情が明るくなった。

 本来ならこんな提案速効で跳ね除けただろう。

 相手に同情の念を抱く等、今の自分の心にはない。


 だが、ティアマットの顔……かつて人間の頃愛した女性リナリアとそっくりの顔でそんな提案をされると、なぜか断われなかった。

 

 人間の頃の心の残滓。

 散りばめられた破片となったかつての記憶に、彼女の言葉と表情が反応した。


 なぜか放っておけない気持ちがした。


「ありがとう……うれしい」


『さっさとしてくれ。俺は急いでるんだ』


「あ、ごめんなさい。……ふふ」


 彼女の身体が光り輝き、グリフォの中へと入っていく。

 他人が、否、女神が自分の魂と同一化するなどという体験は、恐らく人間の頃では叶うまい。

 貴重な体験であると同時に奇妙な違和感として残ったのは言うまでも無い。


(さぁ、飛ぶぞ!!)


 広い世界のどこかに勇者はいる。

 きっと奴等も自分を感知したはずだ。


 恐怖の海に沈めてやる……。


 決意の中で翼を広げた。




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