邪竜とティアマット
――――ティアマット。
同じくあの工房にいた女性。
ローブで全身を隠して尚輝くあのオーラ。
だが、途中から去ってしまい行方は知れず。
『彼女は、グルイナード王国が長い歴史の中で滅ぼしてきた数多の部族間で信仰されてきた"女神"なんだ。王国が出来るよりも遥か昔より大地と共に生きてきた民達のな』
『女神? ……なるほど、滅ぼされた者達の恨みや失った信仰を取り戻す為の報復、か』
『それもある、だが一番の理由は邪竜なんだよ。……あの邪竜、実は彼女の夫なんだ』
『え゛?』
驚愕の真実。
出来ればずっと伏せておいて欲しかった。
……だが、明かされる以上聴かなければならない。
ティアマットと邪竜は『2つで1つ』というような形態での神だ。
同じ概念であってもそれぞれが別々の役割を持っている。
例えば太陽。
太陽からの恵み、暖かさ、光によって生み出される生命の活力や安らぎ等々、善に関する事柄を彼女が担う。
一方邪竜は、旱魃や灼熱とも言える気温による不作や水不足等、即ち悪に関する事柄を担うのだ。
全ての物には裏と表がある。
夜の静けさと安らぎをティアマットが。
夜の暗さと恐怖を邪竜が。
海の恵みと穏やかさをティアマットが。
海の過酷さと荒々しさを邪竜が。
ティアマットが生きる喜びと安寧を与えるなら、邪竜は生きる過酷さと絶望を担う。
――――というように様々な事柄において、彼女等はこういった立ち回りで存在しているというのが、信仰していた部族達の価値観であり考え方だったと簡単に説明してくれた。
別の国ではこういった面を、少し意味は違ってくるが『和御霊』『荒御魂』という表現をするらしいのだ。
『長い歴史の中で信仰者であった部族が滅ぶと、今度は彼女等にも魔の手……いや、神の手が伸びた。信仰を根付かせる為に異教の神や土着の神が邪魔になってくる。教義に矛盾が生じるからな。……詳しいことは省くが、まぁ色々あって彼女等は神格を貶められ夫である邪竜は殺されたってわけだ』
今でこそ聞くと胸糞悪い話だ。
かつての父祖達は獣人種だけでなく、他の民族も自分達の為に殺戮していったのか。
そして人間だった頃の自分は知らなかったとはいえそれになんの疑問も抱くことなく、かつての父祖達からの恩恵を受けていた。
『その後、嘆き悲しんでいた彼女から夫を取り上げて、長い間あのケースに保管しておいたってのがこのオレよ』
『……あの発明の為にか? 人間だったときの俺ならこの地点で怒り狂ってただろうな』
『ハハハ、魔女に善性を期待する方がおかしいって話だ。それに無理矢理取り上げたんじゃあない、ちゃんと取引はせたぜ?』
『取引? ……どうせ奴等への報復がしたいなら夫を材料に使わせろ、だろ?』
『ん~当たらずとも遠からず』
詳しく話す気はないらしい。
まぁいい、今大事なのは自分の抱く報復心のみだ。
アルマンドやティアマットには感謝はしているが、馴れ合うつもりはない。
お互い仕事関係での間柄でいいだろう。
……今のこの融合体だからこそ出来る思想だ。
人間のときなら、きっと感情に振り回されてアルマンドに文句を言っていただろう。
『さて、話はこれくらいでいいだろう。……勇者連中を探す前に一度だけでもティアマットに会ってきたらどうだ?』
『なに?』
『おいおい、オレ達は同じ復讐仲間だぜ? 会話ぐらいやったっていいだろう』
『……わかった』
すぐにでも連中を八つ裂きにしたかったが……。
まぁ彼女の言う通り先にキチンと挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。
彼女の夫である邪竜の身体と融合させてもらっているのだ。
礼を言うのが筋だろう。
『彼女はどこにいる?』
そう聞くと、なにが可笑しいのかクツクツと笑いながら。
『探してやれよダァ~リン?』
こちらをからかう気満々でほざく。
自分からは彼女の顔は見えないが、どういう顔をしているかは大体想像がつく。
思わずため息が漏れた。
『まぁ、今のアンタなら気配を追うことは出来るだろうぜ。そう遠くにゃいないはずだ』
『わかった、探してみる。……ところで、お前今どこにいるんだ?』
『オレか? ……グルイナード城へ行く。そこで魔術師としての仕事をしつつティアマットの為の準備をするんだ』
魔術師としての仕事。
つまり彼女はグルイナード城に従属するということだ。
これだけの規模の爆発や地響きがしたのだ。
きっと王国側も早急に感知し自分への対抗策を考えるだろう。
『となると、お前は一時的に俺達の敵になるわけだが?』
『敵対関係ってほどじゃあない、ほとんど裏方さ。だが安心しろ、情報はくれてやる。こうやって念話で話せばいつでも会話可能だ。勇者の情報だってアンタに筒抜けだぜ? ……あ、データも取らせてもらうからな』
『……なるほど、諜報か。サービスがいいな』
『そうだろう? オレは"面白そう"と思ったら、とことんまで尽くしたくなるスッゲーいい女でもあるんだ』
らしいな、と念話の中で笑って見せる。
性格は兎も角、能力的には実に頼もしい存在だ。
意外に役者でもあるらしい。
『俺はティアマットを探す。なにかあれば連絡をくれ』
『わかった。……おっと、どうやら王国側は早速アンタのことを嗅ぎつけたようだ』
『そう言えばお前はそういうことは透視で見えるんだったな。いいだろう、お前はお前の務めをやるといい。俺は俺でやらせてもらうだけだ』
『それでいい。オレのことは都合のいい女とでも思ってくれりゃアンタもやりやすいだろ。……だが、彼女はどうかな? まぁ頑張ってくれ!』
そう言ってアルマンドは一方的に念話による通信を切った。
気になる言葉がずっと脳裏に響く。
彼女……ティアマットはどうか、という意味だろうか?
アルマンドは利用価値の高い女だ。
だがティアマットという女、いや、女神は未だ未知数。
実際に会わねばわからない。
(やれやれだ。ティアマットの気配は……お、意外に近いな。ここから北西の山脈の頂上か。飛べばすぐだな)
戦場だった燃え盛る大地にて念話の為佇んでいた巨怪グリフォ・ドゴールは天を見上げ翼を広げると、一気に空高くまで飛び目的の場へと向かう。