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アナタは輝く太陽のように……

 後ろを振り返るとそこにはセバスがいた。

 いつものように優しく微笑みながら佇んでいる。


「セバス……なにをしているのですッ! どうしてアナタが……ッ」


「アナタにお仕えする執事としての務めを果たす為です。私にはやり残したことがありますので」


 警告音が鳴り響く中彼の柔らかな口調がティヨルに届く。

 だがこんなものはティヨルの望んでいるものではない。


 ここにいるということは即ち死を意味するのだから。


「どうして……職務なんてどうでもいい!! 逃げればよかったッ! 逃げて……私の代わりに生きてくれれば……ッ!!」


「王女様……」


「なぜ来たのですかッ!? やっと……やっと全員助けられると、思ったのに……どうしてそんな……ッ!」


 ティヨルの悲痛な声にセバスはやや悲し気に笑う。

 

「……全ては年寄り達の我儘から始まった」


「……え?」


「国を守る為、民達を守る為……。――――"全ては任務だった"。……あらゆる御題目が並べ立てられ、私を含む過去の人間達は侵略と虐殺を行った。その為の犠牲も開拓も『未来への投資』と言えば聞こえはいいが結局はこのザマだ」


「セバス……な、なにを言っているの?」


「……若者が、背負う必要はない。過去の怨恨への清算なんて……そんなつまらない物など地獄にでも捨ててしまえ。……それは当事者である私の役目だ」


 それはまるで孫に語り掛ける死を間近にした老人のような言葉だった。

 突然の砕けた口調で喋るセバスへの困惑でティヨルは不安が止まらない。


「セバス、アナタはなにを考えているの? ねぇ……? ねぇったら!!」


 まるで子供のときのように彼に縋りつく。

 彼女が幼いとき困ったことがあればいつもこうしてきた。


 この光景にセバスは一種の懐かしさを感じる。

 彼女がこの世に生を受けたその瞬間から現在に至るまでの記憶が蘇ってきた。


「王女様……――――御免ッ!!」


 縋りつくティヨルに隠し持っていたスプレー状の魔術薬品を吹き付ける。


「わッ! ……ぁ、か、身体が……ッ!」


 ティヨルの体勢が崩れ落ちる。

 身体が痺れ上手く動けないし、頭も少しぼんやりとした。


 セバスはそんな彼女を抱えある場所へと歩き出す。


「……ッ! セバス、なにをッ!!」


「アナタは生きるべきだ……ッ! 報復の炎に焼かれる必要はないッ!」


 脱出用の魔導ポッド。

 今の彼女では満足に操作は出来ない。


 ゆえに外部の人間が操作してポッドを発射させるしかないのだ。


「いや……嫌ぁッ! こんなの嫌! セバス、アナタは間違ってるッ! 自分だけが犠牲になろうなんてッ!!」


 ポッドの中に押し込められて尚喚くティヨルに、窓越しに笑いかけるセバス。


「王女様、アナタは強い御方だ。……大丈夫、私がいなくともヘッチャラですとも」


「違うッ! ――――……本当は、ホントの私は弱虫なの……泣き虫なの……ッ!」


「王女様……」


「お母様が死んでしまわれたときも……皆に魔女として見られていたときも……ホントはとっても辛かった。なにもかも投げ出してしまいたいと思うくらいに……」


 ティヨルは扉越しにいるセバスにこれまでの想いを吐露した。


「王女として誰かに期待されていたときも……こうやって国の滅亡を防ぐ為に動いてたときも……本当は泣き出してしまいたいくらいに怖くて……辛くて……。でも、私は頑張れた……なんでかわかる?」


「いえ……」


「アナタが……ずっと傍にいてくれたから。……アナタがいてくれたから、私は強くなれた。アナタがいたから……私は今日まで生きることが出来た! アナタがいなかったら私はなにも出来なかったッ!」


 ティヨルの顔が再び涙で濡れていく。

 その様を見てセバスの老いた瞳から一筋の涙が流れた。


「ありがたき幸せにございます王女様……」


 そう言ってポッドの隣にあったレバーに手を伸ばす。


「待って……ダメッ! いや! 行きたくないッ! セバスも!! セバスも一緒じゃなきゃ嫌ぁッ!!」


 痺れる身体を動かし必死に扉をこじ開けようとする。

 

「王女様……私はアナタを誇りに思います」


 ひとつ欲を言うのであれば。

 彼女の結婚する姿を見たかった。


 皆が祝福する中、幸せに満ちた笑顔を見たかった。


 それはもう叶わぬ願い。

 今出来ることは彼女を無事に逃がすこと。


「――――お元気で」



 そう呟いてレバーを引いた。

 魔導ポッドは作動し、遥か地平線の向こう側へと向けられ発射する。


「セバス、セバスゥゥゥウウウーーーーッ!!」


 ティヨルの声はポッドの発射音に掻き消され、彼女を乗せて凄まじい速度で飛び出していった。


 もう彼女を乗せたポッドの姿は見えない。




『……発射まであと2分』


 アナウンスの後、セバスはひとり残り魔導装置にもたれかかるように座る。


「……報復は私が受ける。元を辿れば私と父祖が原因なんだ」


 呟いた直後、目の前に光の球が現れるや声を掛けてくる。


「随分と余裕ね。怖くないのかしら?」


「女神ティアマットか。……あぁ怖いさ。怖くてたまらない。だが、それを他人に押し付けるのはもう御免だ。私は逃げていたんだ……ずっと。……その結果大事な人にあんな重荷を背負わせてしまった」


「もっと悔やむがいいわゲス野郎。……だけど、あの小娘は勇敢だったわ。それだけは称賛してあげる」


「ハハハ、ゲス野郎ときたか。……そうだな、その通りだ。……そう、彼女は勇敢で美しい。まるで太陽のようにいつも輝いていた。……私は今まで彼女の輝きに寄生していただけに過ぎん老いぼれだ。だが彼女は……そんな私を必要としてくれた。うれしかったよ。血に濡れただけの手を彼女はずっと握っていてくれた」


 涙を浮かべながら微笑むセバス。


「……全てアナタとアナタの父祖のせいよ」


「その通りだよ女神ティアマット」


「後悔しながら炎に焼かれなさい」


「そうするとしよう。今でも後悔で胸が張り裂けそうなんだ。老体に自業自得という言葉はやはりキツイな……」


 無言のまま光の球は消えた。

 完全にひとりとなった操作室に警告音が今も鳴り響いている。


 そして今わの際。

 全ての音が聞こえなくなって目の前に無数の光景が広がる。


 無数の光景の奥。

 そこに人影が見える……。


 それは優しく微笑み、手を伸ばす。





「――――王女、様」





『……5……4……3……2……1……――――0』


 天空より放たれる光の一撃は光の尾を伸ばしながら落下する。

 城を砕き、街を砕き、大地を、山を、森を、川を凄まじい爆発が飲み込んでいった。



 緑豊かな国の空に巨大な雲が広がる。

 それは海の向こう側の国からでも視認できるほどの大きさであったそうな。


 報復の一撃は一瞬にして一国を塵と灰にした。


 こうして二つの復讐劇は炎を以て幕を閉じることとなる。

 栄華を誇った国は焦土となり、一面が見違えるほどの地獄と化した。

 


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