王女vs.魔女
「……たった今、本気を出したレクレスとグリフォが最後の戦いに挑むって所だ。オレ達も決着つけっか?」
「そうですね、いい加減アナタの顔を見るのが不快でなりません」
「ツンデレと受け取っておいてやる。――――行くぞぉ!!」
アルマンドの魔導ボウガンとティヨルの最新式ボウガンが唸りを上げて弾丸を飛ばす。
障害物といったものはこの場所にはない。
撃たれても躱すくらいしか方法はないのだ。
そんな危険な場所でもお互い臆することなく激しい銃撃戦を繰り出す。
超人的な身のこなしで弾丸を躱しながらアクロバティックな射撃を続けた。
「――――墜ちなさい!」
「こっちだボンクラッ!」
互いの弾丸が交差するや持っていたボウガンを打ち砕く。
「ぐッ!」
ティヨルはボウガンを落とす。
アルマンドも同じではあるが、この隙を逃すまいと顔を虎のように豹変させ鋭くとがった牙を生やし飛び掛かった。
獣のような咆哮を上げながらティヨルの首筋に噛みつこうとしたそのとき。
彼女の姿が一瞬消失した後、左頬に鋭くも重い衝撃が走った。
「ぐおっ!?」
分厚い軍靴をまとったティヨルの左足による強烈な回し蹴り。
突然の行動にアルマンドは受け身も取れずそのまま転がり壁に激突する。
「……舐めないで下さい。殴り合いなら少々自信がございますゆえ」
「くはッ。……はっはっはっは。いいねぇ。そうこなくっちゃ」
顔を元に戻したアルマンドは立ち上がり首を右へ左へとポキポキと鳴らす。
ティヨルは格闘術の構えをとった。
右半身の状態で両方の拳と右足を前に。
重心を低くし次の行動に備える。
「やっぱワケわからん異能合戦より……こういう殴り合いの方がシンプルで性に合ってる」
「奇遇ですね、私もです」
今度はアルマンドが仕掛ける。
まるで蠱惑的な舞踊のように不規則な動き。
アルマンドが貫手や手刀、裏拳を用いた柔らか且つ鋭い攻撃で翻弄する。
対するティヨルも得意の足技で応戦した。
風を切り裂くように素早く正確無比な蹴りを、身体を独楽のように回転させながら繰り出していく。
「ハッハッハッ! 足癖の悪い奴だな」
「手癖の悪い人ですねアナタは!」
ティヨルの胴回し回転蹴りがアルマンドの頭に直撃。
アルマンドは吹っ飛ばされながらも驚異的な身体能力で受け身を取った。
「色んな世界まわって来たケド……たまにいるんだよなぁお前みたいなの。生まれてくる時代完全に間違ってる奴。だが、勝負はこっからだ!」
アルマンドの動きが段違いに素早くなる。
彼女の放った拳がティヨルの腹部に激突。
「ぐぁあッ!?」
防御する間もなく行われた攻撃に体勢を崩す。
一瞬意識が遠のきそうになった。
その隙を見計らいアルマンドの猛攻がティヨルを圧倒する。
腹だけでなく顔に肩、胸、下腿部等に鋭い一撃が炸裂した。
「ほぅら、お返しだッ!!」
アルマンドの強烈な回し蹴り。
ティヨルはほんの一瞬腕でガードし、腹部の直撃を免れた。
だがその威力は凄まじく、5mほど距離を離される。
痛めつけられた部位が後になって鋭く重い痛みへと変わってくのをティヨルは身を以て痛感した。
「……ぐっ!」
「ほら、まだまだ行くぞ!」
アルマンドの右腕に灼熱の炎が、左腕に砂塵を孕んだ風がまとう。
その状態で妖艶に舞うと炎と砂嵐が混ざり合い、一個の脅威としてティヨルに襲い掛かった。
「そぉらお前も踊れ踊れ踊れぇッ!」
属性の猛威を味方につけたアルマンドの更に激しい舞踊体術。
神話めいた美しさと技のキレは最早人域を超えていた。
砂嵐と炎に隠れて正確にアルマンドの姿を捉えることが出来ない。
流石のティヨルもこれには防戦一方となる。
(今までと動きが全然違うッ! 蹴りが当たらない)
炎の熱さと砂嵐の圧力はまるで灼熱の砂漠を彷彿させた。
なによりアルマンドの一撃が先ほどより遥かに重い。
体力と集中力を徐々に削がれてゆき、動きもだんだん鈍くなる。
軍服の中が熱で蒸れて多量の汗が身体を伝った。
「どうしたもうダウンか? 口ほどにもねぇな」
「く、うるさいッ!」
腕を十字に顔をガードしながら炎と砂嵐の中へと無謀にも突っ込む。
先ほどまでとは段違いの熱の空間で思わず叫びそうになったが歯を食いしばりアルマンドを殴りにかかった。
「ヒャッフー! 無茶は大歓迎だッ! ……――――これよりは砂漠の掟。しかして我はかの砂漠を越え宇宙に嵐と混沌を呼び覚ます者也。異郷にて勝利を恵み異郷にて災厄を呼ぶ、数多を嘲笑いし魔女である!」
灼熱の間合いの中で繰り広げられる激闘。
完全にアルマンドのホームグラウンドと化したこの広間でティヨルは絶体絶命の危機に陥る。
動けば動くほどに身体が灼熱と体術によって蝕まれてゆく。
逆にアルマンドはその熱がその感情が更に高まり、動きそのものも激しくなっていった。
(こ……この、……ままではッ!!)
ティヨルはついに堪らなくなり、灼熱の間合いから外へ飛び出す。
一気に温度は低くなるや心臓に軋みのような痛みを感じた。
あまりの痛さによろめき、その場に尻餅をつくようにして倒れる。
「おいおい王女様、オレをシラケさせんなよなぁ。このままミイラにでもなるか?」
炎と砂嵐をまといながら優雅に歩み寄ってくるアルマンド。
この女の実力は計り知れない。
どこまでが本気でどこまでが遊びなのか。
これ以上戦闘を続ければ確実に負ける……。
「……」
「だんまり、か。……最期に言い残す言葉は? ん? ママはちゃんと聞いてやるぞ?」
挑発的な言葉。
これにはティヨルも鶏冠に来た。
ここで諦めるわけにはいかない。
なんとしてでも一矢報いよう。
「……私は悔しい。ひとりの女としてひとりの王女として……」
「おーおー悔しいのう悔しいのう。無力は辛いなぁオイ」
ティヨルはゆっくりとアルマンドの方へ右手を伸ばし始める。
アルマンドはニヤリと嗤ってその手を掴もうとした。
「……勝つ為にこんな汚い言葉を言わなければならないなんて!」
「あん?」
アルマンドの動きが止まった直後、袖の内側からなにかが飛び出る。
それは通常より遥かに小さい魔導ボウガン。
――――しかしその威力は。
「――――Fuck off!!」
引き金を引くと同時に飛び出る弾丸は大砲のような轟音をたててアルマンドに直撃する。
魔力による補正を十全に受けた散弾式の弾丸。
灼熱の間合いなどお構いなしにアルマンドの身体をぐちゃぐちゃに弾き飛ばす。
断末魔を上げることなく彼女の原形なき肉体は辺りに飛び散った。
ティヨルの一発限りの切り札。
衝撃で自身も後方に吹っ飛び、ボウガンは砕け散った。
「あ……ぐっ! はぁ……はぁ……」
仰向けに倒れ呼吸を整えようとするも身体が悲鳴を上げていた。
まだ戦いは終わっていない。
これから神罰兵器を止めにいかねばならないのだ。
「うぐッ……、早く……行かなきゃ……ッ!」
ヨロヨロと立ち上がり覚束ない足取りで進んでいく。
傍にはアルマンドの肉片が飛び散っていた。
「気持ち悪い……。ん、あれは」
彼女の右手があった。
こちらを挑発するかのように中指を立てている。
幻聴で彼奴の笑い声が聞こえてきた。
「最期まで気に喰わない女。……くたばれ」
王女らしからぬ言葉を吐き捨てながら目的の最上階への階段を昇る。
運命のときは刻一刻と迫っていた。
「あーあ、一杯食わされるとはな。あの女もやるねぇ~。……だがこれで終わりだ」
広間から一瞬にしてアルマンドの肉片が消える。
無論ティヨルは知る由もなく、目的の場へと辿り着いていた。




