魔女の本性
左の通路。
3人の兵士が薄暗闇を照らしながら進む。
長年人が踏み込んでいないせいか、古臭い空気が更に濃くなっていった。
「一体どこまで続くんだ?」
「さぁな、……だがそうだな。この塔ってこんなに広かったか?」
「――ッ! 皆止まれ!」
号令のもと全員が立ち止まった。
3人が背中合わせになり、周囲を照らしながらボウガンを向ける。
「……物音が聞こえた。なにかいる」
その言葉が空気に伝染しより張り詰めた空間へと変わる。
噴き出る汗を拭くはずの無いそよ風が優しく撫でた。
よく見てみると砂が混じった風だ。
埃なら兎も角、こんなにも柔らかな手触りのものがここにあるはずがない。
「これは一体……」
「静かに、奥から誰か来る」
奥の方を注意深く照らす。
すると遠くの方に確かなシルエットが確認できた。
白い光によって褐色の肌と女肉が鮮やかに映えていた。
最高のプロポーションを右へ左へと身をくねらせるように歩いてくる。
銀色の踊り子衣装に身を包み薄く、そして冷たく微笑んだ。
国王と誑かした女、アルマンドである。
「はぁい、調子いい?」
アルマンドは酒瓶片手に景気よく手を振る。
だが兵士3人は惑わされない。
「動くな!!」
「アルマンド……ッ! 大人しく投降しろ、さもなければ撃つ!」
だがボウガンをしっかり向けられてもアルマンドは動じない。
そればかりかヘラヘラとしながら酒瓶の蓋を開けるやそのまま飲みだす始末。
「待て待て、ちょいと軽く一杯。ぐへへ」
「き、貴様ァァァアアアッ!!」
兵士の1人が彼女の態度に逆上し引き金を引こうとした直後、彼等は恐ろしい物を見る羽目になった。
「――――ブッ!」
アルマンドが3人に向けて口に含んだ液体を噴き出した。
だがそれは空気中で一気に燃え上がり、巨大な炎へと変化したのだ。
「う、うわぁああ!!」
「避けろッ!」
反応素早く後方へ飛び退いたが、兵士の1人が遅れそのまま火に全身を炙られてしまった。
「ぎゃああああッ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
全身が炎に包まれその場で激しくのたうち回る。
兵士2人が彼を助けようとするも火の勢いが強い。
地獄のような叫び声を上げながら兵士2人に助けを求めようとする。
――――だが。
「ふんッ!」
いつの間にか歩み寄ったアルマンドが右足でその兵士を踏みつける。
炎の熱さなど知るものかと言わんばかりに笑い、兵士2人に見せつけるように踏みにじった。
邪悪に口角のつり上がった口からは炎の残滓が。
そしてその瞳は炎のように爛々と輝きながら殺気を放っていた。
「こ、この化け物めッ!」
一斉に魔導ボウガンを撃ち放つ。
ふたつの弾丸は正確にアルマンドの腹を貫いた。
「ゥワァーッハッハッハッハッハッハァッ!!」
悲鳴どころかまるで脇をくすぐられた子供のように笑い声をあげるアルマンド。
血は一切噴き出ず、体内にあるはずの内蔵は無く、無限の虚空が広がっていた。
「な、なんだあれは……ッ!」
「に、逃げましょう!」
未だ狂った笑い声を止めないアルマンドを警戒しつつ元の広間へと全速退避する。
グリフォ・ドゴールという未知の巨怪だけでも恐怖を感じているにも関わらず、また未知なる恐怖が目の前に現れたことにより、一時的な恐慌状態へと陥った。
「クソ! なんなんだあの化け物は!? あんな化け物がずっと俺達と一緒にいたというのか!?」
「早く……早く逃げないとッ!」
懸命に走るふたりの背後で彼女の笑い声が木霊して響く。
まるで耳元で聞かされているかのような音量だ。
「あれ……? 行き止まり……? そ、そんな!?」
「バカな! ここは一本道だぞ!? 行き止まりなんてあるはずないんだ!」
突如進行方向に現れた壁。
ボウガンで撃ち砕こうにもそれは分厚く頑丈。
完全に閉じ込められた状態になった。
それを本能でも理解した直後、場の空気が鉛のように重くなったのを感じる。
ふたりの乱れた呼吸が小さく響く中、奥の薄暗闇から気配を感じ始めた。
「……クソ、こうなったら奴の頭蓋を撃ち抜けッ!」
「は、はいぃッ!!」
恐怖を無理矢理闘志に変えて魔導ボウガンを構える。
そしてアルマンドの姿が光によって十分照らされ現れたのを見計らい、一斉に連続射撃を繰り出した。
アルマンドは避けようともせず薄ら笑いを浮かべながら弾丸によって肉体を砕かれていく。
だがその足は進行を止めない。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ2人に向かってきていた。
「うグゥウ! くそぉお!!」
弾切れを起こしたリーダー格の兵士は短剣を引き抜き、アルマンドに斬りかかる。
長年鍛え上げてきた身のこなしと強烈な刺突。
しかしその刺突すらも躱されるや、逆に取り上げられてそっ首を跳ね飛ばされる。
この間数秒と経っていない。
呆気にとられ絶望に沈みそうになった兵士はガタガタと震えながらその場に立ち竦む。
気づけば抉られた傷や痕が完全に修復しており元の美女の姿のアルマンドがこちらをじっと見ていた。
「……死ぬのが怖いか?」
アルマンドに問われても返事が出来ない。
魔道ボウガンも弾切れ、短剣は持っているが叶うはずがないのだ。
目の前にいるのは人類が相対していいモノではないのだから。
「――――……ねぇ? 私のモノにならない?」
突如アルマンドの口から漏れる優しい声色。
それを聞いた瞬間この身を包んでいた恐怖と絶望が一気に消し飛んだ。
不思議な感覚ではあったが、なぜか落ち着く。
まるで母親や恋人に優しく接されているような……。
「国の務めも、兵士の誇りも、全て忘れて私と気持ちよくならない? いいの、全て捨てて。アナタが背負うべきことではないわ。――――さぁおいで。抱きしめてあげる。……一緒に気持ちいいことしましょ?」
そう言うとアルマンドは両腕を広げ聖母のような微笑みを以て彼を招いた。
露出した美しい肌に大きく実った女性の象徴。
彼は完全に魅了された。
「ぁ……あ、ぁ……」
兵士は憑りつかれたように脱力しボウガンを落とす。
この極限状態の中で、自分を迎えてくれるアルマンドがなぜか愛おしくてならなかった。
理性や理知は機能せず、本能のままにアルマンドの胸の中へと歩み寄る。
「そう……一緒に……私と、一緒に……」
「あぁ、あぁぁあああッ!!」
兵士はがっつくようにアルマンドの胸に飛び掛かった。
その豊満な胸の中で彼女に抱かれた、その直後。
ババババババババババッ!!
兵士の身体に強烈な電流が流れる。
人体に受けていいレベルを遥かに越えた電気の流れに兵士は断末魔の悲鳴を上げた。
「HA-HAHAHAHAHAHAHAHAッ!!」
アルマンドが下卑た笑い声をあげている。
兵士が目で彼女の顔を見上げると、そこには人間とも魔物とも似つかない貌がそこにあった。
それはあまりに形容しがたく、きっとそれは虚無より遥か彼岸の彼方からやってきた悍ましいモノ。
魔物や神に分類されはしないが、きっと人間に最も近い存在。
気づいたときにはもう遅い。
身体は隅々まで炭化し高温の煙を放出していた。
「さぁて、次はあの王女様だ。たっぷり可愛がってやるからなぁ。クヒヒヒヒッ」
報復と慟哭を司る魔女、アルマンド。
更なるサプライズと言わんばかりに、リーダー格の兵士から流れ出ている血をべっとりと口に塗り始める。
さながら道化師のように耳元まで裂けた悍ましいメイクを施して、彼女はティヨルのいる場所へと向かった。
次回投稿は24日の深夜となります。
ご了承のほどお願いいたします。




