最終決戦! 二匹の竜
聖竜と邪竜。
地上の頂点に等しい存在同士の殴り合いは壮絶たるものだった。
先ほどまで優勢だったグリフォだったが、レクレスの変身により劣勢を強いられる。
パワーもスピードも全てが上回っている。
これが本来の力を取り戻したレクレスの実力。
「どうだ! 僕が君なんかに負けるはずがないんだッ!!」
『言ってろクソムシ!!』
グリフォの触手が伸びレクレスを雁字搦めにする。
皮膚を爛れさせるまでにはいかないがそれでも十分なダメージがあった。
そして至近距離からの熱光線を敢えて顔面にぶつけてやる。
破壊の光に包まてレクレスの顔面が一瞬醜く歪んだ。
リーチに関してはこちらに分がある。
それを目一杯利用した。
『そうらッ!!』
「うごぉおお!!?」
触手をぶん回し、レクレスを地面や山に何度もぶつけてやる。
最後に上空へ勢いよく放ると、再度熱光線による高密度のエネルギーで爆破した。
「この……図に乗るな下等生物がぁ!! 世界を、宇宙を統べるのはこの僕だッ!」
爆発の中から出てきたレクレスは更に激昂する。
やはり格上というだけあってあの程度ではまだくたばらないらしい。
――――そうだ、それでいい。
グリフォは密かに思う。
簡単にくたばってしまっては意味がない。
普段あまり感情を出さない冷徹な奴がああも感情を露わにしているのが楽しくてならない。
復讐が効果を表している証拠だ。
「どうやら、こっちも奥の手を使う他ないようだなッ!!」
レクレスの右腕に輝く紋様が浮かび上がる。
右腕を中心に渦を巻くようにあらゆる力が収束していた。
『これは……ッ!』
「僕の右腕は聖竜の顎。歯向かうモノは例え神であろうと外宇宙的存在であろうと打ち勝つ運命を確定させるッ!! この腕があれば精神的にも肉体的にも相手を負けさせることが出来るまさに勝負における万能の力ッ!!」
変身だけでなくとんでもない能力まで隠し持っていた。
それを容赦なく振るうレクレスの瞳には勝利への確信で満ち満ちている。
神速の一撃がグリフォの腹部に直撃。
肉体に伝わる激しい痛みと軋み。
それこそ魂の奥底まで揺さぶられるかのような威力だった。
強大な音をたて自身の概念ごと砕き潰されそうになる。
好機かと言わんばかりに右腕を中心とした連撃を放つ。
当たれば当たるほどに芯にまで響くそれは、きっと他の連中ならすぐに音を上げてしまうだろう。
だがグリフォは一歩も引かなかった。
その力を見た瞬間、自らの内側の中でなにか"熱いもの"が込み上げてきた。
それはグリフォの血肉となって更に滾らせる。
奴が力を見せたのと同時に、自分の中にも変化が起きていた。
邪竜としての力ではない、他の生命体の力でも……。
(わからない……俺は今、絶望の淵に立っているはずなのに。奴が本気を見せ勝てる可能性が減っただろうというのに……。この気持ちはなんだ? この怒りにも似た感情はなんだッ!?)
高揚感?
いや違う。
それよりも遥かに原初の本能めいたものだ。
現状ピンチであるにも関わらず、グリフォの闘争心はより強度をましていた。
「なぜだ……なぜ倒れないッ!? 僕の右腕の力は何発も受けているはずだ! とっくに肉体も魂もズタボロのハズなのに……なぜ!!」
度重なる連撃を受けながらも、グリフォは立ち続ける。
通常この一撃を喰らっただけでも相手は根底からの敗北を味わう。
人間形態であったときもこの右腕は若干ながら発動はしていた。
ゆえに、誰かを屈服させることなど容易なことだったのだ。
欲しいものはこの右腕で掴み取る。
特に女を屈服させたときなど最高だった。
だのに……。
目の前の邪竜は甚大なダメージを負いながらも立っている。
そればかりかどんどん闘気が増していくのがわかった。
(わからない……わからない……ッ! 身も心もボロボロだと、思ったのに……この気持ちはッ! この感情はッ! この……湧き上がる力の波動はッ!!)
突如としてグリフォの咆哮が今までにないくらいの規模で響かせる。
きっとそれはグルイナード王国にも届いているだろう。
そして、女神ティアマットにもきっと……。
そう思うと余計に闘気と憎悪が迸った。
その影響で、外骨格等が更なる変化を遂げて禍々しい形へと変形していく。
湧き上がる力の波動の正体……それは『勝利への執念』である。
こいつだけには負けたくない、絶対に勝ちたいといった力への意志。
復讐者にあって頂上者にないもの。
レクレスは初めから圧倒的な力を持つ者。
這い上がらずともすでに頂上に立ち、多くの者を見下ろしている。
手心を加えた程度であっても、跡形もなく雑種をなぎ倒す力を持っている彼に勝利への執念など必要ない。
初めから全てが与えられている者には不要の産物。
だがグリフォは違う。
後から得た力ではあるが、その使い道は常に自らへの貪欲さに満ち溢れていた。
それは人間、否、生き物が本来持つ強い思いの力。
負けたくない! コイツだけには絶対に負けたくない! 勝ちたい!!
グリフォの持つ執念の強さがレクレスの戦闘能力を徐々に上回り始める。
『うぉぉおああああああああああッ!!』
「くそがぁあああッ!!」
グリフォの我武者羅とも言える一方的な拳。
レクレスも負けじと殴りかかるが、逆に掴まれて地面に押さえつけられてしまう。
マウントをとられたレクレスに与えられる拳は一発ごとに威力を増していった。
レクレスへの復讐心が、レクレスに勝ちたい負けたくないという強い意志が更にポテンシャルを引き上げたのだ。
『うぉおおお!!』
「ぐふっ!」
『おらぁあッ!!』
「ぐはッ!」
『おおおおおおおおおおッ!!』
「がぁああっ!!」
――――それはどこまでも泥臭く、生き汚く。
かっこいいともクールとも言えない。
だが誰よりも熱狂し誰よりも憎悪した確かな悪の拳である。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!』
「ぐぁああああッ!! はなせ、放せぇええええええッ!!」
グリフォが唐突にレクレスを無理矢理立たせるや、その右腕に噛みついた。
聖竜の顎、勝利をもたらす無敵の右腕を鋭い牙で抉り始める。
「う゛ぁ゛あ゛ぁア゛あ゛あ゛ッ!?」
狂ったような断末魔と共にメリメリと音をたて骨や筋肉が砕け千切れていく。
必死に抵抗するグリフォの勢いは決して止まらない。
『――――終わりだッ!!』
そのまま一気に右腕を完全に噛み千切った。
夥しい血が腕から流れ恐怖と苦痛に顔を歪めるレクレス。
最早そこに先ほどまでの威厳はなく、訪れるはずのない"敗北"に恥辱と絶望で顔を真っ赤にしている少年がそこにいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! う゛そ゛だぁあああッ!!」
グリフォは脱力したレクレスを勢いよく天空へと放る。
勢い余って宇宙にまで飛び出しそうになったが関係はない。
――――この一撃に全てを賭けるッ!!
周りの空気、否、光さえも捻じ曲げるほどに強い重力場がエネルギー集束点である口腔内に生まれる。
それは最早グリフォ・ドゴールという名の特異点と言うに相応しい。
遥か天空でレクレスは直感でその力の超大さを味わった。
グリフォを中心に一種のブラックホールのようなものが生まれている。
魔王城で放ったものより遥かに威力を増したそれは、真っ直ぐ的確にレクレスを狙っていた。
――――我は邪悪なる狩人。
その弓を弾き絞り、軋みを上げて矢を構える。
かの一撃は遥か先へ先へと進むだろう。
超振動破壊粒子砲。
それも二回りほど大きな規模のソレはレクレスを容易に飲み込んだ。
「うグッ! ぐぉおおお!! んがぁあああああああッ!!」
巨大な黒い光線にのまれながら宇宙空間へと飛びぬける。
行く星々を砕きながら更にレクレスを押し込んでいった。
「僕が……この、僕がッ!! こんな奴にぃぃいいッ!!」
身体が徐々に砕けていくのを感じる。
無敵であるはずの自分が、宇宙を統制し正しい道へと導くはずの自分が、たったひとつの憎しみによって幕を閉じようとしていた。
レクレスがその為に築いた憎しみの数はどれほどのものだっただろう。
もしもこれがレクレスが築いてきた歴史の重さならきっと……。
「んごっ! んごぉおおおあああああああああッ!!」
醜く豚のように叫びながら遂に巨大な惑星と激突する。
星の爆発と破壊粒子砲の爆発で身体が一気に弾け飛んだ。
「んがぁああああああああああッ!!」
宇宙空間に広がる星々の超大な爆発。
その中でも一際大きく弾け飛んだ巨星と共に、レクレスの命も散っていった。
まさに宇宙に揺蕩う塵のように、その命は栄光からの転落により無惨な最期を遂げた。
全てを憎んでやまない邪竜が全てを統制する聖竜に打ち勝った。
(勝った……フハハ、勝ったぞッ!! 俺は、あのレクレスを倒したんだッ! 俺は復讐を成し遂げたぞぉッ!!)
歓喜の声を心内で叫ぶ。
というのも、先ほどのフルパワーで放った超振動破壊粒子砲により、完全に身動きが取れなくなった。
(ふ、フハハハハッ! や……った、ぞ! 俺は……過去を乗り越え……たんだッ! ハハハ、ハハハ……)
眠気のような感覚が体に圧し掛かる。
どうやら休眠が必要のようだ。
(ティアマット……俺は成し遂げたぞ。少しだけ、休む……。アンタの成功、祈っててやる、ぜ……)
巨怪は立ったまま眠りにつく。
目覚める頃にはきっと全ては終わっているだろう。
それまで身体を十全に休めることにした。




