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レクレスの激情

 緑豊かな平原は瞬く間に屍と煙に支配された荒廃の土地となる。

 誰一人として巨怪グリフォに辿り着くことは出来なかった。


 レクレスの指示による突撃で10万という兵士が犠牲になり、ついにはレクレスをひとり残すのみとなる。

 だがレクレスは焦っていない、むしろイラついていた。


「クソ……なんで皆言われた通りのことが出来ないんだ。この世でまともなのは僕だけか?」


 溜め息混じりに下馬し、ゆっくりとした足取りでグリフォの方へと歩み寄る。

 グリフォにとっての諸悪の根源であると同時にこの世の正義の体現者。


 裁定者、調停者、異名は様々あれどこの男ほど残忍な者はいないだろう。

 もっとも、今のグリフォにそれが言えた話ではないが。


「久しぶりだねグリフォ。そんな姿になって恥ずかしくないの?」


「……」


「だんまりか。……それとも"念話"でなきゃ喋れない? 僕一応念話はキャッチ出来るからなんか喋ってみてよホラホラホラ」


 念話を知っていたか。

 このまま黙って蹂躙するつもりだったが意思疎通が可能なら是非もない。


『久しぶりだなレクレス。子作りの相手はあの王女だけになっちまったが……もうそれもいらないだろう?』


「相変わらず口が悪いね。僕の遺伝子を残す為に選ばれた女の子達を皆殺しにするとは……人間としても終わってしまったらしいね」


『終わらせたのは……お前だ』


 アグノスとリナリアを見殺しにしたあの日。

 そして自分を半殺しにして追放したあの日。


 そう、全てはあのときから終わっていたのかもしれない。

 あの雨の中で、グリフォは魔女と女神に出会い、悪へと堕ちた。


「……君みたいに自分勝手に考えたり動いたりする奴って邪魔なんだよ。僕がどれだけ世界の為にここまで積み上げたか……」


『お前の為の世界か? 俺はそんなものを受け入れた覚えはない』


「自分が正しいと思っているのか? ……いいかい? 世界の全ては僕に注がれている。世界が僕を正しいと認めているとまだわからないのか!?」


 レクレスの苛立ちに満ちた声が戦場に響く。

 これまでレクレスが積み上げたものはほとんど破壊されてきた。


 しかも破壊してきたのがよりにもよってクズの烙印を押した元パーティーメンバー。

 テネシティだけでなくレクレス教を広めようとしてくれたドローススまでもグリフォに殺された。


 屈辱はこれだけに終わらない。

 今度は自分の目の前に強大な力を携えて帰って来たという所だ。


『お前が正しい……そうだ、世界はお前を選んだ』


「だったらなぜそれに従わないッ!?」


 レクレスに従わない理由。

 奴に虐げられたから。

 

 そしてなにより大切な友や恋人を死なせたから。

 だが、これらはきっかけに過ぎない。


 もっともな理由、それ即ち……。


『世界に正しいと認められる貴様を"気に入らない"という理由で真正面から砕き潰す! そう……俺は"ヴィラン"だ』

 

 グリフォの決意に言葉を詰まらせるレクレス。

 自分という存在を否定する為に悪になる。


 これがどういう行為かわかっているのか。

 レクレスにとってグリフォの行動はあまりに理解不能だ。


 今の今まで自分を認めてくれる存在しかいなかったレクレスには考えられない思想だ。

 もっとも敵の中には自分を否定する奴はいたが、それは完全な敵として容赦なく処理した。


「……君も僕を否定するのか。僕を否定すること、それは根絶すべき悪なんだ」


『いつまで能書き垂れてんだ……粉々に砕いてやるからさっさと来い!!』


 グリフォの咆哮が天地に響き渡るや、格闘家のように構える。

 触手を不気味に背後でうねらせ、滲み出る闘気でレクレスを圧倒していた。


「いいだろう……だが、僕に勝てると思っているのか? 確かに君は強くなっただろうが……それで僕を上回ったという理由にはならないッ!!」


 ――――速いッ!

 確かに今までに見た敵より強いかもしれない。


 神速の動きでグリフォを翻弄しつつ、携えた剣を振りかぶる。

 だがグリフォは慌てふためくことなく確実に奴の姿を捉えていた。


「クソがぁ!!」


 横薙一閃に対し拳による一打がぶつかった。

 グリフォの単純な膂力と幾つもの加護が付与されているレクレスの剣撃はほぼ互角。


 僅かながらにグリフォが上回った。


「ぐあぁあッ!!」


 レクレスは信じられないというような表情で平原を超えた岩山まで吹っ飛ばされていった。

 岩山に巨大なクレーターを作るも加護によりある程度のダメージはカットされている。


 だがその隙を逃すかと言わんばかりに瞬間移動が如き飛行で一気に詰め寄り、勢いのままレクレスに膝蹴りを喰らわせた。

 

 岩山は砕け、更にレクレスは吹っ飛ばされることとなる。

 その吹っ飛ばされた先の着地点を見測り、今度は熱光線による遠距離攻撃。


「ぐがぁあああああああッ!!」


 レクレスが地面に身体をぶつけたと同時に起こる熱光線による大爆発。

 その場所には岩山以上の大きなクレーターが出来た。


 巨大な煙が立ち上る中、レクレスはまだ生きていた。


「……クソ、こんな……こんなことがありえるかッ! この僕が……あんなちょっと強くなっただけのクズの出来損ないにここまで圧倒されるはずが……ッ!!」


 ヨロヨロと立ち上がると目の前にはグリフォがすでに立っていた。

 剣は先ほどの爆発で砕けてしまったようだ。


 ならば今度は拳を武器に戦う他ない。


「図に乗るなよグリフォォオオッ!!」


『……さっさと来い』


 互いに空中へと飛び上り、壮絶な格闘戦へと移る。

 衝撃と速度で大気が何度も震えた。


 触手による牽制、レクレスは見事に誘導されまた一撃を叩きこまれる。

 

「ぐぅ!!」


『ホラ、もう一杯奢りだッ!!』


 一瞬にしてレクレスの頭上に回り込んだグリフォの熱光線。

 避けようにも距離が近く、防ごうにもそれはあまりに威力の高い攻撃。


 熱光線の進行方向に逆らえず、地面に激突するやまたもや大爆発による衝撃と灼熱でダメージを受けた。


 あの勇者レクレスが完全に手も足もでなくなっている。

 この事実をレクレスは全然信じられなかった。


 今の自分を上回る存在など、いるはずがないと思っていたのに……。


「くッ……卑怯だぞ!! そんな化け物染みたパワーを身に着けやがって……ッ!! そんなインチキを使ってでも僕に勝ちたいのか!?」


『……そうさなぁ。それで勝てるのなら勝ちたいね。……こんな風にッ!!』


 上空から猛スピードでの体当たり。

 地上に降り注ぐ流星のように一直線にレクレスのいる地面にその身を叩きつけた。


 巨大な地響きと共に地面が棘のように隆起する。

 あまりの破壊力に加護による回復とダメージカットが追い付いていない。


 目で見てわかるようにレクレスは満身創痍だ。


『……弱いな、御自慢の加護はどうした?』


 ゆっくりと大地に立ち上がり多量の血を流しているレクレスを睨む。

 レクレスは現実に苛まれ、ついにはらしくないほどの雄叫びを上げた。


「ふざけるなぁあああッ!! お前みたいな下等生物に僕が負けるはずがないんだぁああッ!!」


『まだ勝ちも負けも決まってねぇだろ。……とことんまでやろうぜ? たっぷりと時間をかけてな』


 ドスの利いたグリフォの言葉にレクレスはたじろいだ。

 強いだろうとは予想していたが、これほどのものとまでは想像だにしていたなかった。


「ふざけるなよ……僕が、このレクレス・イディオがお前みたいな下等生物にッ!!」


 拳を握りしめる。

 そして、突如大声を張り上げた。


 あまりの恥辱に気でも狂ったか。

 一瞬そう思ったが、どうやら違うらしい。


 頭の中にこもった熱を放出し、自らを冷静にさせたのだ。

 普段クールぶっている奴の中々見られない熱情にグリフォは内心驚く。


「僕はかっこよくいたい……かっこよくいたかった。クールでブレなくて……誰からも憧れられる存在でいたかったに……ッ!」


『子供じみた大人像だな……御伽噺ヒーローショーでも見たのか?』


 挑発として少しからかってみる。

 案の定激昂しかけたレクレスから神々しいまでの闘気が溢れ出てきた。


「許さない……許さないぞ……ッ! 僕に"本気"を出させるなんて……本気を出さなきゃいけないくらいに追い込むなんて許されないんだッ! その所業、万死に値するッ!!」

 

『本気で生きようとしない人間に碌な奴はいねぇよ』


「一々うるさいんだよぉッ!! うおおおおおおおおお!!」


 雄叫びと共にレクレスの身体が蒼白い光に包まれ見えなくなる。


 どうやら本領発揮のようだ。


 いよいよ大詰め。





『いいぜ、来いよ。……面白くなってきたぞ』


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