レクレス軍の突貫
灼熱に爛れた"元"影の国を抜けた平原をグリフォは依然進行中だった。
あれからだいぶ歩いた。
途中少し走りもしたお陰でグルイナード王国とはかなり距離を縮められたと思う。
(妙な身体だ……動いてる間にも回復が進む。ここから先は空から一気に……むッ!?)
グリフォは瞬時に大量の気配を感知した。
何万という命の群れがこちらに向かって来ている。
その中に一際目立つ、色濃い気配があった。
忘れもしない我が大敵、レクレス・イディオだ。
(来たか! ……この日が来るのを待っていたぞレクレス。この屈辱……この憎しみッ! 化け物に成り果ててようやく手に入れたこのチャンス。絶対に逃しはしない)
今日がヤツの命日だ。
そして記念すべき祝福の日である。
黙示録にあるような死のラッパが心の内で陽気に奏でられている。
気分は高揚し、殺意と憎悪が大気に満ち満ちていくようだ。
気配は遥か向こうにある丘の先から。
あと数分もすれば来るのだろう。
ならばこれ以上進む必要はない。
今まで西へ東へ行ったり来たりだった。
最終戦ではどっしりと構えここで待つのも悪くはない。
そう考えたグリフォはその場で立ち止まり、勇者率いるその軍勢共が現れるのを待った。
彼奴等の前に立ちはだかる悪として、グリフォは丘を見据えるように君臨した。
そして開幕の刻は来たり!
白馬に乗ったレクレスがついに丘の上に参上した。
続いてひとりまたひとりと、屈強な騎士達が現れる。
丘の上並びにそね向こう側には埋め尽くさんばかりの兵や騎士達が巨怪たるグリフォを討たんと立ち並んでいた。
それを見てもグリフォは動かず動じずを貫いた。
最後の復讐の舞台としてはお互い最高の演出だ。
何万という死の上で、レクレスは無様に散らねばならない。
死ぬ人間はひとりも欠けてはならない。
皆殺しにした後にレクレスを絶望に叩き込む。
その為に悪に墜ちたのだ。
グリフォはまず相手の出方を見ることにした。
今度は自分が迎え討つ番だ、と。
一方レクレス率いるグルイナード軍に動きがあった。
騎士の一団が横一列になって前へ出る。
「疑似聖剣、抜剣! 魔石装填、かかれ!」
おもむろに腰の剣を抜くや天に掲げた。
小さな魔石を慣れた手付きでつけ始める。
「斬撃用意! 構えぇ!!」
魔石が光ると同時に刀身に魔力が宿る。
天に掲げた疑似聖剣から魔力の渦が巨大な光柱となって顕現した。
(ほう……これは)
王国にこんな武器があるとは聞いたことがない。
おそらくはアルマンドが作った武器だろう。
巨怪を相手に量産型の聖剣とはジョークにしても酷い話だ。
そんなものでは……。
「斬撃、放てぇえ!!」
騎士達の雄叫びと共に光輝く疑似聖剣は勢いよく振るわれた。
かの斬撃は光の一撃、一度振るえば何百という人間の命を溶かす。
それが幾つも合わさり、巨大な光の波となる。
大地を抉り、空間を斬り裂きながら進むそれはまさに壮麗とも言える情景だ。
佇む巨怪に光の斬撃波が轟音を上げ直撃した。
その際の爆音と衝撃波で大気と大地が大きく震える。
「や……やったか!?」
騎士のひとりが叫ぶ。
未だ光の奔流を残すその現場に目を潰されそうになりながらも勝利の気配に誰もが酔いしれた。
(憐れな連中だ……俺には効かない)
そう。
そんなものではこのグリフォ・ドゴールは倒せない。
光が消えた後に煙の中から姿を現す。
抉れ吹き飛んだ大地の上で先ほどと同じように佇んでいた。
例の電磁波による結界は展開していない。
彼の外殻や外骨格を這うように、否、滑るようにして別の方向へと受け流されたのだ。
あれだけの規模にも関わらずその威力を軽くいなし、巨怪グリフォ・ドゴールは依然変わりなく君臨していた。
「ば、化け物め……ッ!」
騎士達が恐怖を抱く中、レクレスが皆に喝を入れる。
「怯んじゃダメだ! グリフォを倒すには今しかない! ……全員総攻撃! 気合だ! 気合で奴を斬り裂くんだ! 絶対に無理じゃない! 無理なんて言わせないッ!!」
レクレスの命令で総攻撃による突貫が繰り出された。
馬を走らせ取り憑かれたように雄叫びを上げながら各々の武器を振りかざす。
当のレクレスは指揮官らしく丘の上で堂々としていた。
なるほど、どうやらレクレスにとってはまだ自分は見下される立場にいるらしい。
だがその距離感は確実に近いものだ。
グリフォは歓喜する。
触手を豪快にうねらせ、大口を開くや一気に熱光線を放射。
先ほどの斬撃を上回るほどの爆発を起こさせる。
被害は甚大。
だが、騎士や兵達は尚も突貫してきた。
「進めぇーッ! 進めッ! 進めッ! 進めぇーッ!!」
それが名誉と言わんばかりに進み続けるグルイナード軍。
続いては触手攻撃。
爆炎の中を這い回り、一撃で大勢の命を散らせていく。
必死になって疑似聖剣を振るう者もいるが傷ひとつ付けられずに、触手の餌食となっていった。
肉体はバラバラになり、凄まじい高熱で炭化していく。
鎧は紙のように貫通させられ幾人も串刺しに。
不用意に触手に触れてしまい、そこから細胞をズクズクに爛れさせ、激痛と痒みに苦しんで死んでいく。
もはや戦場ではなく一種の地獄または処刑場。
誰一人としてグリフォに辿り着くことなく無惨に死んでいく。
あれだけいた兵がたった数分で半分以下となった。
「ゆ、勇者様! これ以上は無理です。撤退しましょう!」
騎士のひとりが進言する。
だが勇者は涼しい顔でそれを切り捨てた。
「無理? 無理じゃないよ。無理って思うからダメなんだ。どんなことでも命枯れるまでやり遂げればそれは無理じゃなくなるんだ。それで結果が出せない奴はクズだ。あぁいう風に死んでいいと思う」
グリフォによって散った命を鼻で笑った。
否、軽蔑した。
何万という命を背負う立場にあっても尚自分のスタンスを崩さない。
騎士はその姿に絶句した。
「敵前逃亡、騎士道不覚悟! ……君、殺されたいの?」
レクレスの冷たい視線に身体を震わせた騎士は兵を率いて突貫する。
退いても進んでも死ぬ運命に、彼は初めて絶望を抱いた。
10万という大軍がレクレスひとりを除いて壊滅するには大した時間はかからなかった。




