最終復讐劇、ついに開幕
「な〜王様〜……、いつになったらオレと結婚してくれんだよ〜?」
「おぉアルマンドよ。余とてこんな状況下でなくばすぐにでも盛大に挙げたい所なのだが……」
兵や騎士達が慌ただしく動く中、国王は朝からずっとアルマンドの美よって爛れた時間を過ごしていた。
ソファーの上ですっかりと骨抜きになった国王にもたれかかるアルマンドは微笑みながら酒を注ぐ。
「ハハハ、朝からこれほどに酒を飲んでしまうとは……やけに、酒が美味いぞ、ハハハ」
「そりゃなによりだ。オレも毎日楽しいよ」
「フフフ、そうであろうそうであろう! いやぁ〜しかし、勇者殿が来たときはハラハラしたものだぞ? お前が勇者殿のもとへ行く、若しくは勇者殿がお前を貰うのではないかと」
流石の国王も如何に敬愛する勇者とて好きな女をとられるのは身に堪えるらしい。
アルマンドは軽く笑った。
「心配すんな、オレは揺るがんよ。オレの心はアンタに霧中さ」
「そうかそうか、うわっはっはっはっはっは!」
国王は豪快に笑う
酒が回りすぎて深く考えられない。
「それよりももっと飲もうぜ?……そう、――――たくさん飲んで気持ち良くなりましょう?」
「アル、マンド……?」
唐突に変わるアルマンドの雰囲気に戸惑いながらも、国王の魂は快楽と白痴の域へと沈んでいく。
これまで見てきたアルマンドの中でも一際輝かんばかりの美貌と仕草に心が完全に制圧されてしまった。
「所詮この世は一千一夜の夢の中。私は王に至上の快楽を与えましょう。後は全部私に任せて?」
「お、ぉお……ッ!」
「頭を悩ませること全て私がやってあげる、国が欲しいなら国を。星が欲しいなら星を。さぁさ私の手をお取りになって? アナタ様をこの世で最も偉大な王にして差し上げます」
そう言って聖母のような微笑みを浮かべながら立ち上がり、国王に優しく手を差し伸べる。
その姿はまさに魔性の女。
男を色香で溶かし尽くし虚無へと放る悍ましい本性。
アルマンドの瑞々しい女体と柔らかに動く唇に国王は取り憑かれたように惑わされ、そのまま手を伸ばし彼女の手を取った。
次の瞬間。
「ぐぎゃぁぁあああああああッ!!」
国王の断末魔が響く。
アルマンドの手を握った瞬間、無数の蠢く感触が掌を食い破って腕の中を伝い身体の内側へと激痛と共に入り込んだ。
彼女の手を振り解こうにも、まるで鉄と鉄で挟まれたかのように離れない。
無数の蠢く感触の正体、それは人の肉を貪り食う小さな魔蟲の群れ。
手を握られた直後にアルマンドが召喚し使役したのだ。
「ハーッハハハハハァッ!!」
アルマンドは手を繋いだまま盛大に嗤っていた。
世にも恐ろしいほどの邪悪なその表情は、彼の魂を一気に絶望へと追いやる。
心臓を除くあらゆる臓器果ては脳味噌までもが食い破られ、ついには人の形を骨や肉が保てぬほどにまで蹂躙された。
「楽しかったぜ王様? アンタを煽てるだけでタダ酒にありつけるんだからな」
魔蟲は心臓のみを残すと跡形も無く霧散した。
心臓を鷲掴みにし持ち上げるや、なにかの術式をかけ始める。
それと同時に姿を現した女神ティアマット。
やや緊張の面持ちでアルマンドの術式完了を待つ。
「ねぇアルマンド。ホントにこんな方法で上手くいくの?」
「あったりめぇよ、オレを舐めるな」
術の発動は早く、すぐに効力を現した。
対象はティアマット。
彼女は目を閉じてアルマンドの魔術に身を任せた。
光に包まれ、彼女は姿を変えていく。
それと同時に王の部屋の前が慌ただしくなった。
近衛兵を下がらせていたとはいえ、あれだけの絶叫が響けば誰でも気付く。
そして駆けつけた騎士達が一気に部屋になだれ込んだ。
「陛下! いかがされました!!」
扉を勢いよく開き騎士達が目の当たりにしたのは……。
「騒々しいぞ! 何事であるかッ!!」
いつもと変わらね国王の姿がそこにあった。
あの惨状の跡や臭いは一切無く、ソファーにてアルマンドを抱き寄せながら資料を眺め見ていたであろう国王がいた。
「ぁ……も、申し上げます国王陛下。先ほど陛下の御部屋からただならぬ声が聞こえましたので、我々騎士一同馳せ参じた次第でございます」
「ただならぬ声? 余はこの通り依然として健在だ。お前達が前線にてあの巨怪と戦う間、余もまたこの国を守る為に戦わねばならぬ。……そんなことよりも、準備は出来たのか!?」
国王がソファーより雄々しく立ち上がると騎士達は一斉に跪き状況を報告する。
「ハッ! 総勢10万、騎士達は皆疑似聖剣を装備しいつでも出陣可能です。勇者レクレス様も支度を済まされ、今兵達の下へと!」
「良しッ! 余も直ぐに行く。お前達も早く行くがよい」
命令された騎士達は素早くその場を後にする。
ふたりが残った部屋で国王……否、国王に化けたティアマットが溜め息をもらした。
「まさか作戦の為とはいえこの国の王、……を名乗る中年スケベオヤジに化けるだなんて。もっといい作戦なかったの?」
「あるにはあるけど面白味に欠ける。大丈夫、作戦は順調だしこの先も失敗は無い。なにより今のアンタはすっげー面白い」
この魔女の性格の悪さはどうにも出来ないものなのか……。
そう思いながらも国王に化けたティアマットは勇者を見送る為にアルマンドと外へと向かう。
『安心しろ、今のアンタはほぼ100%このグルイナード王国の王様だ。バレることはない』
『……そーね、我慢するわ』
外へ向かうその途中廊下でバッタリと難敵と出くわす。
セバスを引き連れた、武装したティヨル王女だ。
「おぉティヨル、お前もレクレス殿の見送りに?」
「これは父上……と、ついでのアルマンドさん。……いえ、女神ティアマットが神罰兵器を利用しようとしている可能性があります。なので今すぐに調査へ向かおうかと」
これにはティアマットも内心驚く。
一体どうやってその情報を掴んだ?
ただの推理だけでこの結論に至るはずがない。
焦りに似た感覚が胸の内て渦巻く中、アルマンドが代わりに話し出す。
「神罰兵器ィ? おいおい、あれはそう簡単に動かせる代物じゃないぜ。なにせ国王陛下直々の神罰命令が現段階における安全装置だ。それがなきゃあんなのただの鉄の塊だぞ?」
「そうですね。ですがなんらかの方法を知っているのかもしれません。……我々が知らないような別の方法が」
ここまでの結論に辿り着いていることは心から敬服する。
ティアマットはティヨル王女の強かさに感心した。
であるからこそ負けられない。
この復讐はなんとしても叶えなくてはならないのだ。
そこでティアマットは一計を案ずる。
「ふむ、確かにそう言われると些かの不安があるな」
「父上……!」
「だが、レクレス殿はお前の婚約者である。これから死地へと向かう未来の夫の無事を祈りつつその勇姿を見送らんのは、王女として未来の妻として無礼とは思わぬか? これもまた大事な責務であろう」
ティヨルは役目に対して人一倍責任を持つ。
父である国王直々にこう言われるとどうも弱かった。
如何にあのクズ勇者と言えど……。
「腕利きの騎士何人かにそこへ向かわせよう。ささ、余と共に来るのだ我が娘よ」
「そう……おっしゃるのなら……」
ティヨルは国王と共に勇者と兵達の元へと歩いていった。
アルマンドは念話にてティアマットに賛辞を贈る。
『やるじゃん女神様。大したモンだ』
『ありがと……それよりどうするの? 難易度上がったんじゃない?』
『言ったろ、失敗は無い。……後は任せろ、芋づる式でやってやらぁ』
国王からの激励の言葉の後、勇者レクレスは10万の兵を率いて巨怪グリフォ・ドゴールのもとへと全速力で進み行く。
その進軍速度はまさに神速。
互いが衝突するのも時間の問題だ。
そしてこちらもまた新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。
「あれ……父上……?」
ついさっきまで近くにいた国王が忽然と消えた。
その隣にいたアルマンドも……。
このとき、ティヨルの胸中からとんでもないほどの悪寒が走った。
次回、グリフォとレクレス
ついに戦闘勃発!




