悪夢からの光明
「王女様……御起床の時間でございます。……王女様?」
城内には朝日が差し込み、快活な明るさを流し込んでいる。
城外ではすでに出兵の準備が進められ、兵士や騎士達が慌ただしく動いていた。
そんな中セバスは王女の部屋の扉をノックし声を掛けてみる。
だが、動く気配はなく内部はシンと静まっていた。
不思議に思ったセバスはゆっくりと扉を開く。
王女は確かにそこにいた。
寝巻のままベッドに端座位となって顔を覆うように俯いている。
綺麗な金色の髪が乱れたまま垂れ下がり、それは沈黙の悲観として陰鬱な空気の中輝いていた。
「あぁ王女様……悪夢を御覧になられたのですね?」
「セバス……」
彼がそっと近くまで歩み寄り片膝をつく。
視線を合わせてくれたセバスにティヨルはそっと顔を向けた。
ひどい顔だった。
涙で濡れてその表情は恐怖と悲哀で歪んでいる。
「……さぞ、つらいモノを御覧になられたようだ。温かい紅茶を淹れましょう。その沈んだ御気持ちが少しは和らぐのではと」
彼の気遣いには常に頭が下がる思いだ。
彼の淹れる紅茶はまるで魔法のよう。
辛いことがあったとき、セバスの淹れてくれる紅茶は不思議と心を和らげてくれるのだ。
「ありがとうセバス……でも、その前に少し聞いてくれる?」
「ハッ、なんなりと」
ティヨルは夢で見たもの全てを話した。
ティアマットの怒りによって血と屍に彩られた王国が破壊の光で消えたこと。
そして人間の頃のグリフォ・ドゴールと出会い、話し、そして彼を怒らせてしまったこと。
「私……王女失格よ。民のひとりも説得出来なかった。それだけじゃない……あろうことか憎んでしまった。"殺してやろうか"とさえ思ってしまった。それが言葉として出てしまった……人でなしって」
「王女様……」
「私は……なんということを……」
彼女は余計にふさぎ込む。
それをセバスが言葉で優しく包んだ。
「人は完璧な存在にはなれませぬ。であるがゆえに『完璧な人間』を夢想し規範とするのです。ですがそれは到底叶わぬ夢幻……言葉だけの存在しない空洞です。アナタはとても優しい御方だ。だが、その優しさにまで完璧さを求められる。自らを残忍に痛めつけてまで」
「セバス……」
「人へ向ける優しさはときとして自らに下す拷問にもなります。アナタは今グリフォへの、王国への、そして未来への慈愛で苦しんでおられるのです。……愛せぬのなら、愛されぬのなら、通り過ぎる他ありませぬ。でなければ執着という怨念に囚われてしまうでしょう。それでは、復讐者達と同じ道を辿ることとなります」
それは叱咤にもにたティヨルへのエールだった。
なんでも背負い込もうとする彼女への老練なアドバイス。
愛せぬのなら通り過ぎよ。
嗚呼、なんと残酷な言葉だろうか。
見捨てられるはずがないのに……王国もグリフォも。
だが、確かにそうだ。
もう彼を止めることは叶わない。
彼は人間と王国全てを見捨てた。
そんな彼に自分如きがなにが出来ようか。
出来ることなどない、初めからなかったのだ。
ほんの一瞬の絶望。
だが、すぐに光明を見出す。
瞳に輝きが戻り、快活な空気が部屋に澄み渡っていく。
「セバス……私は、私の出来ることをします」
「はい、それでこそ我等が王女様。……して、いかがなされます?」
「……女神ティアマットを探します。心当たりも見つけました」
「ほう!」
ヒントは悪夢の中にあった。
ティアマットは憎悪に満ちた声と共に破壊の光を天より降らした。
これはなにを意味するか。
今の彼女にそれだけの力はない。
初めからそういった武器を持っていたわけでもない。
だが、ひとつだけ――――。
この王国を滅ぼせるかもしれない唯一の方法がある。
「神罰兵器『スプ・ラティオーネ・ボニー』……ッ!」
「な! まさか……ッ! 確かに幾つもの条件はクリアしていますが、あれは国王陛下直々の神罰命令が必要なのです。それに、かの兵器は外部からの神格を受け付けるとは思えません。あの兵器は稼働すれば一時的に我等が神の力に接続されます。今の女神ティアマットではそれを邪魔することすらも……」
「出来ないかも……確かに。でもそれに気づいていないなんていう間抜けなことをする神様とも思えない。……なにか方法があるのハズ。……こうしてはいられませんね。至急神罰兵器のある"例の場所"へと向かいます。セバス、ボウガンと軍服を! ……と、その前に紅茶を所望します」
「ハッ! かしこまりました!」
絶望にのまれようとも真実への道を見失わない。
この意志こそ大事だ。
レクレスのことやアルマンドのこともあるが、今は女神ティアマットを探すことが最優先だ。
この国を守れるのは、自分しかいない。
ティヨルはそう胸に刻み付けた。




