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すでにすれ違った思い

「こんなことをして、死んだリナリアさんやアグノスさんが喜ぶと思っているのですか!?」


「……なに?」


 彼は今冷徹だ。

 こちらが感情任せになにか言っても一蹴されてしまう。


 なら感情を刺激させる。

 彼の中にはまだ"良心"が残っているはず。


 それに訴えるような話題に切り替えるのだ。

 グリフォはかつての仲間の名を出されやっとこちらに顔を向けながら立ち上がった。


 これは絶好のチャンス、逃す手はない。


「彼等は確かに苦しみの中で悲惨な最期を迎えました。でも、アナタが狂うことは望んでいないはずです! 最期までアナタの優しさに触れて、きっと幸せだったハズ。……アナタにはそれだけの素晴らしい人格と能力があるんです! それなのに復讐に身を堕としてどうするのですか!? 愛する人達の魂が報われないではありませんかッ!」


 それでもティヨルの言葉は心からの言葉だった。

 不条理に飲まれ死んでいった愛する人々を失った彼の心を少しでも和らげたかった。


 だからこそ止める。

 例え勇者を倒した所でなにもない。


 だが、グリフォは怒気に歪ませた顔であってもその冷徹さを失わなかった。


「死人に口なしって言葉知ってるか? 人は死ねばそこで終わりだ。悲しむだの喜ぶだの……なにも知らないくせに、そんなくだらねぇ妄想で彼女等の魂を語るなッ!! ――――死んだんだッ! もういないんだッ! レクレスと王国の幸せとやらの為に消されたんだッ!」


「ち、違うッ! 彼女等はかつてのアナタと同じ志を抱いて本気で……ッ」


「騙されたんだよ俺達はッ!! 平和という名の三文芝居にッ! その為にアグノスもリナリアも死んで、俺はレクレスに痛めつけられ、一度死んだ。……そこで果てしない憎悪に出会った。本来は魔王を殺す為の旅だったのにレクレスは奴の態度を見るや途端に掌返しをした。まるで魔王討伐の旅なんて初めから無かったかのように! おまけに魔王を含むあらゆる女共を集めて子作りにまで励みやがって……こんな理不尽なことがあるか!?」


 ティヨルは絶句した。

 瞳は極限まで収縮し、ワナワナと震えている。


 そんな事実は聞いていない。

 魔王を降伏させた、と簡単な報告だけだ。


 勇者がこの非常時にそんな快楽に耽っていただなんて……。

 彼のこの発言で、説得する為に頭の中で整理した全てが真っ白となってしまった。


「あ……あの……待って……落ち着いて……、ね? は、話を……私の話を、聞いて……」


「アンタと話すことなんざなにもない、初めからな! ……結局信じれるのは自分の憎しみしかない。憎しみは自分を唯一裏切らないッ!」


 グリフォはもう聞く耳を持たないといった感じだ。

 いや、きっと初めから説得や改心など望めなかったのだろう。


 彼の心は残った人間性にまで及ぶほどに悪性に染まってしまった。


 だがここで諦めれば国が滅ぶ。

 それがティヨルに大いなる焦りを生み冷静さを失わせてしまった。


「待って! お願い話を聞いて! このままじゃ私達の国が……ッ!」


「終わるってか? あぁあぁ終われ終われッ! 全部吹っ飛べばいいんだッ!」


「どうして……どうしてそんなこと言うの!? アナタの国でもあるのよ!? 死ぬのは王族だけじゃない……罪のない人やまだなにも知らない子供も皆死ぬのッ! それでもいいの!?」


「ヒュー、そいつは最悪だな。悲劇だ、涙が出る。――――これでいいか? 同情はしてやったぞ、ほらもうさっさと帰れ!」


 この彼の発言にティヨルはある感情を己の中に生んだ。

 ――――憎しみだ。


 そしてこの憎しみが彼女の頭に血を昇らせ……。


「どうしてわかってくれないのッ!? ――――この人でなしッ!!」


 



 こう叫んでしまった後場に沈黙が流れる。

 ふと冷静さを取り戻したティヨルは自分がなにを言ってしまったかを後悔する。


 それは身を震わすほどの悪寒と絶望で覆われ、呼吸と鼓動を大きく乱れさせた。


 彼が冷めた瞳でこちらを見ている。

 人間が本来持つ温情は一切無くなり、矢尻のように鋭利且つ冷淡な視線だ。


「ぁ……あの、……違うの……ッ。そんなつもりで言ったんじゃ……なくて……ッ!」


 思うように言葉が出ない。

 グリフォの突き刺さるような視線が心に痛みとして顕現する。





「……あぁ仰る通りだ。俺は人でなしのゴミクズだ」


「違う……アナタはそんな人じゃない、話を聞いて……いえ、聞くわ。アナタの悩みとか悲しみとか全部聞く。だからお願い……私達を、民を見捨てないで……ッ」


「先に俺達を見捨てたのはアンタ等だろ。確かに俺はもう人間じゃない、悪に魂を売った男さ」


 グリフォの声は先ほどまでと比べると非常に静かで冷たかった。

 それでいて無機質で淡々とした態度でティヨルに語る。


 それがティヨルにはとても辛かった。

 あれは完全な失言だった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ッ! お願い、許して……。アナタに懺悔します、私を好きにしていい……復讐だって、止めはしません。だけど……だけどッ! お願いしますッ!! ティアマットだけはどうか止めてください! アナタの邪魔は一切しません、その代わりティアマットが王国を滅ぼすことだけはぁッ!」


「……本人に言え」


「お願いします! どんなことでもします! アナタの名誉の回復だってなんだって! 元の身体に戻りたいのならその方法も一緒に探します。だから……だからッ!」


「名誉の回復も元の身体にも興味はない。それに……俺の人間性は徐々に消えていってる。人間だった頃の良心だの負い目だのは消えて巨怪としての本質が俺の人格となる。もう会うことはないだろうぜ」


 冷たく言い放つグリフォにティヨルは思わず膝まづくようにしがみ付いた。

 決して離さぬという勢いで何度も謝罪し何度も懇願した。


「待って、待ってください! どうかもう一度チャンスをッ!」


「うわっ、なんだってんだ離せ!」


「嫌ぁ! 国が滅ぶなんてそんなのダメッ!! お願いします、どうか王国を滅ぼすことは……ッ!」


「だからティアマット本人に言えって言ってるだろ!! くそ、なんてパワーしてやがるッ!」


 その細腕からは考えられないほどの膂力でしがみ付くティヨル。

 大人の、しかも弓使いとして練り上げた筋力を持つグリフォですらその腕から離れることが出来なかった。


「……どうやら、時間切れらしいぞ?」


「……え?」


 家の窓から差し込む光。

 あの黒い雲の隙間から眩しい日の光が降り注いでいた。


「朝だ……朝食モーニングでも楽しんで来いよ。最期になるかもしれんからな」


「嫌、ダメ……離さない、絶対に離しませんからッ!」


 だがティヨルの意志とは裏腹に家やグリフォがどんどん消えていってる。

 光に包まれた無限の穴に落ちるようにティヨルは虚空へと投げだされた。




 ―――――交渉は失敗に終わり、愛国の王女は現実へと意識を戻した。


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