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悪夢の中の無愛想な彼

 その日の夜、ティヨルは睡眠導入剤のみを服用し明日に向けて眠りにつく。


 この間にあのレクレスが夜這いに来るのではないかという恐怖心があって、小一時間ほど寝付けなかったが眠気は静かに舞い降りてきた。



 そして夢を見た。

 思った通りの悪夢だ。


 ティヨルは軍服仕立ての戦装束をまとい、血塗られた大地に立っていた。


 突如女性の啜り泣く声が天地に響く。

 周りには変わった衣装をまとった人間達の亡骸が老若男女問わず無数に転がっていた。


 知っている。

 この衣装はかつてこの地を支配していた部族達の伝統的な装いだ。


 そしてこの声は女神ティアマットのもの。

 彼女は自らの土地や人々を奪われたことを深く悲しんでいた。


 その血と腐臭の先にあるのは見慣れた住まい。

 グルイナード城が煌びやかな威光を放ちそびえ立っている。


 ティヨルから見ればなんとも複雑な光景だ。

 彼女もまた戦場にて大地に血をぶちまける者のひとり。

 

 この悲しみに答える術を持たない。


 

 カエシテ


 カエシテ


 オネガイ カエシテ!



 女神の怒りの滲んだ声が響く。

 そして天に巨大な両の眼が開き、涙と憎しみに濡れた視線を大地に向けた。


 どこか赤黒い空から向けられるそれに恐怖を感じる。



 ワタシノ夫ヲカエシテ


 ワタシノ民達コドモタチヲカエシテ


 

 悍ましくも心が締め付けられる。

 吐き気がこみあげてきたと同時に、空の一部分が不自然に明るくなった。



 カエセナイノナラ……


 ゼンブコワシテアゲル!!



 慟哭にも似た叫び声と共に明るくなった部分から落ちてきたのは、雫のように落ちる閃光。


 それが城のてっぺんに当たると、そのまま全てを砕きながら巨大な爆発を起こす。


 慌てて逃げようとしてももう遅い。


 光は全てを焼き尽くしながら世界を覆いつくす。



 自分の身体が粉々に砕けて光と一体化していくのを感じた。

 世界を照らす光には違いないが、これは破壊の力によって生み出される輝きだ。


 なんて……残酷な。


 この光を喜んで見る者がいるとしたら……どんな思想を持つ者なのだろうか。


 これほどの破壊の力を持つ者、果ては持ちたいと思う者は……この世界にどれくらいいるのだろう。


 


 全てを破壊する光にのまれながらもそんな疑問を抱いた直後、風景に変化が起きた。


 

「あれ、ここは……?」


 いつの間にか自分は緑豊かな丘が見える平原で佇んでいた。

 風は涼やかで草と草が擦れ合う音がなんとも言えぬ心地よさを生む。


 丘の上に木造の簡素な家がある。

 煙突から煙が出ており、僅かだが風に乗って人らしい声も聞こえた。


「……さっきのは女神ティアマットの心象風景で。これは一体誰の……。まさか、グリフォッ!」


 そう確信すると居ても立っても居られず丘を駆けあがった。

 だが、家に近づくにつれ空が黒い雲に覆われ始める。


 風は強まり、家に近づかせまいと向かい風となって駆けるティヨルに猛威を振るう。



 カエレ……



 男の声が聞こえた。

 以前の悪夢で聞いたことのあるようなあの声だ。


 それでもティヨルは負けずに近づいていく。

 風だけでなく雷や雨までもが顕現するやティヨルを威嚇するように天地を荒れさせた。


「くっぅううッ!」


 立っているのもやっとなほどにまで勢いは強くなる。

 だがティヨルは這ってでも家に近づこうとした。



 カエレッ!!



 声と共に稲光が天に迸り轟音を響かせると、風や雨がティヨル目掛けスクリュー状に吹き荒れてる。

 実際の自然現象ではありえないことも、こういった心象風景なら実現出来る。


「うぐ……絶対に、諦め……ないッ!」


 吹き飛ばされてなるものかと必死に草の上を這いつくばるティヨル。

 一歩、また一歩と徐々に距離を詰めていった。


 風の音や雷の光に恐怖を感じながらもティヨルは丘の上を目指す。

 目も開けられないような状況の中彼女はついに家へと辿り着いた。


「ついた……ドアを開け、て」


 玄関前まで這いながらドアに手を伸ばしたそのとき。

 ゆっくりと軋みながらドアが開いた。


 

「……」


「あ、アナタは……」


 そこにはかつての人間だった頃のグリフォ・ドゴールが佇んでいた。


 ティヨルを睨むようにしばらく見下ろしていたが、なにも言わずにドアを開けたまま奥へと歩いていく。 


「あ……待って下さい!」


 素早く身を起こし泥等を払いながら中へと入る。

 いつの間にかあの激しい風雨は止んでおり、静寂で暗い空気が周りに立ち込めていた。



 暖炉の火が家の中で光を放ちながら揺らめいている。

 グリフォはその傍らで弓矢の手入れをしていた。


 ティヨルが入って来てもこちらに背を向けながらなにひとつ喋らない。

  

「あの……グリフォ・ドゴール……さん、ですね?」


 武器の手入れ中に声をかけるのは些か不躾かと思ったが、今はそんな場合ではない。

 もしここで彼とティアマットを止めることが出来ればこれ以上の被害はないはずだ。


 今目の前にいる彼は人間の姿。

 つまりあの巨怪の中にまだ残る人間性の部分である可能性が高い。


 彼を説得出来れば状況は大きく変わるだろう。


「まずは詫びを。アナタの内面にこうして勝手に土足で踏み入ったことを……」


「そんなことはもういい。……要件を言え」


 彼女の言葉を遮るようにぶっきらぼうに言い放った。

 若干苛立っているようにも見えるグリフォに、ティヨルは負い目を感じながらも話を続ける。


「では単刀直入に申し上げます。……アナタや女神ティアマットが受けた苦痛と絶望は我々の想像を遥かに超えるほどのものだったでしょう。ですが、ここはひとつ。どうか御考え直しをお願い致したいのです!」


「……なにが言いたい?」


「復讐を……やめてください。そして、女神ティアマットにも説得をお願いしたいのです。アナタから説得を受ければもしかしたら……」


 ティヨルは必死にグリフォに気持ちを伝える。

 このままでは皆死ぬ、また大きな被害が出る、と。


 だがグリフォはそんなティヨルを鼻で笑った。

 まるでお話にならないと。


 国が滅ぶ? 民が死ぬ?

 上等、滅べばいい。


「名演説だったな。チップ弾んでやるからこのまま帰れ」


「ふざけないで!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 同時に涙が零れ落ちる。


 悔しい……。

 自分の言葉は復讐者になにひとつとして届かない。


「アンタと話すことはないんだ。帰れってば」


「ダメェ!!」


 ここで引き下がっては駄目だ。

 

 なにか彼と会話を繋げられるものはないか。

 

 そこでティヨルは"ある話題"を持ち出すことに。 

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