昔の話を……
その後、ティヨルの部屋にてセバスから話を聞いた。
罪を告白するように彼は自らの過去を語る。
セバスの曽祖父が現役の騎士として生きていた時代。
当時のグルイナード王国は今ほど領地はなく、土地もそれほど豊かではなかった。
戦乱の時代において、領地拡大は避けて通れぬ道。
戦力を増強し民草を守るには更なる土地と資源が必要だった。
そこで目をつけたのが女神と邪竜を主神とする部族達の土地だった。
彼等の土地は豊かで穀物や家畜が育ちやすい環境下にある。
セバスの曽祖父は当時の国王にして建国の父、即ち初代国王陛下に部族達の領地征服を提言した人物だったのだ。
即時採用され、長きにわたる部族達との戦争が始まった。
苦戦しつつも領土を制圧していき、その過程で虐殺や略奪が頻繁に行われたのは言うまでもない。
そしてそれはセバスの祖父や父、セバス自身の世代にも引き継がれた。
彼等の豊かな土地はグルイナード王国を内面から強固にしていくには十分すぎたのだ。
セバスも若い頃に一軍を指揮し、征服の手を緩めなかった。
あれが過ちだったのか、それとも正解だったのか。
あの征服行為がなければこのグルイナード王国はここまで繁栄することはなかった。
きっとティヨル王女も生まれていないだろう。
だが、騎士を引退した直後から過去の自分の行いに疑問を抱き始めたのだ。
彼等の土地や生活、果ては命を奪ってでも、これ等は善の価値があったのかと。
「……そういうことが」
「申し訳ありません王女様。遥か昔のこととはいえ……。如何様にも御裁き下さい。国の為とは言え私達のやったことは……」
自らの行いはいつか運命となって返ってくる。
最早それは人間の善悪を超越した問題なのかもしれない。
だが重苦しい空気で押しつぶされそうになっているセバスの頬をティヨルは両手で包んだ。
優し気な微笑みを浮かべ彼と額を合わせる。
「大丈夫です……。最後まで希望を捨ててはなりません」
「王女様……」
「ありがとう、自分のことを話してくれて。だけど……忌まわしい過去に負けてはダメ。今負けたらこの国は、この国に住む民達を一体誰が守るのです? 今ある状況下で最善を尽くすこと……これが今私達が出来ることです」
「……そう、ですな。いやはや……歳を取ると心が弱くなってしまいます」
そういって軽く笑うセバスだが、表情には未だ暗さが残っていた。
彼の中にある負い目が彼から活力を奪っている。
悪い兆候だ。
そうだ、自分が嘆き悲しんでいる場合ではない。
確かにアルマンドはもう許せない、許さん。
誑かされた国王にも娘として心底呆れ果てる。
だがそれがなんだ!
困難や苦痛に見舞われようと、自分はそれを乗り越えねばならない。
乗り越えなければ未来はないッ!
「セバス、私に任せてください。私が必ずなんとかしますッ!」
「お、王女様……」
グリフォそしてティアマット。
このふたりの報復を止めなくてはこの国が、ヘタをすれば世界が滅ぶかもしれない。
「ティアマットは言っていました。国も民草も1人残さず殺す、と。……ではどうやって? 彼女は神格や信仰を失って力は存分には振るえないはず。殺しつくせるほどの武器や系統のモノを持っている? いや、それならすぐにでも報復は出来たはず……」
「なにかを待っている、というのは考えられぬでしょうか? 例えばグリフォ・ドゴール。彼ならこの国を消し炭にすることくらい可能でしょう」
「ありえなくはないですね。……でも、それだとグリフォはなぜ最初に王国を破壊しなかったのでしょう? レクレス様達とは違い国とは不動のモノ、動かぬ的です。つまりあの姿になったすぐにでも彼女の代わりに報復措置が可能だったハズなんです」
「ふぅむ、難しいですな。どうやら彼等は我々の二手三手先を行っているようです」
「だとするとこのまま放置すれば面倒なことになります。どうすれば……」
思案していると城内や城下町に歓声が上がっているのが分かった。
なにごとかと窓から外を見てみれば、なんと行方がわからなかったハズの勇者レクレスがこの王国に帰って来たのだ。
「まさか……レクレス様!? どうやって……」
「神出鬼没とはまさにこのこと。勇者殿には人智を超えた力が宿っておられるようだ。……お会いになりますか? でしたらすぐに正装にお召し替えを」
「いえ、結構です。……この軍服仕立ての戦装束、結構気に入ってますので」
意地悪そうに微笑んで見せるとセバスを引き連れ王に謁見しようと歩き進む勇者の元へ。
国王も突然のことで大慌てで、すぐに宮廷魔術師に酔い覚ましの薬を用意させ謁見の間へと向かった。
「すげぇ勇者様だ……でも一体どうやって?」
「勇者様は人間離れしておられるからなぁ。なにかの加護でここへ瞬時に来られたんじゃあないか?」
城内は勝利の歓喜で士気が大きく上がっていた。
かの勇者の力ならあの巨怪を沈めることなど容易だと。
「おぉレクレス殿! 貴殿が来てくれて大変嬉しく思うぞ。実はな……」
「あぁ皆まで言わずとも結構です。僕があの巨怪を倒せばいいんでしょ?」
「その通り! いや、我々も高みの見物をするわけではないぞ! 我等騎士達が新たなる武器を装備し貴殿と共に進軍する! 貴殿はその指揮をとって頂きたいのだ」
「ほう、僕に軍の指揮権を? 素晴らしい提案だ。引き受けましょう。……あ、そういえばジュウジロ作戦ってのが決まってるらしいですけど、大丈夫なんですか?」
「あぁ巨怪対策本部の可決案か。あれは……まぁ万が一としての手段として置いておこうと思う」
国王は上機嫌でレクレスを迎える。
グリフォ・ドゴールへの恐怖は薄れ、レクレスへの歓喜で満ち満ちていた。
丁度謁見の間にティヨルも入ってくる。
正装でないことに国王はギョッとするも、レクレスは王女の違う面を見れてどこか満足そうだ。
いやらしい目つきであることに代わりはないが……。
「お久しぶりです、レクレス様」
「……そうだね、久しぶり王女。――――綺麗だよ、とっても」
目で舌なめずりをするレクレスに対して一瞬悪寒が走った。
とりあえず仕事の話をしよう。
グリフォのこともそうだが、やはりティアマットの動きも気になる。
それを勇者レクレスと相談するのだ。
『グリフォ、レクレスの野郎がグルイナード王国に帰って来たぞ』
『やはりか……。このまま向かうさ。なぁにあと数分もすりゃ空だって飛べる。あの光線はかなりエネルギーを使うらしい』
『飛べなくなるほどのエネルギーか……切り札としてとっておけよ?』
『わかってる。……なぁ奴は俺の所へ来るか?』
『あぁ、一軍を引き連れてな。消し炭にしてやりゃいい』
『わかった……。ところでティアマットの復讐は上手くいきそうか?』
『順調だよ……全体の90%は出来上がってるさ』
『……そうか。これからお互い面白いことになりそうだな』
『あぁ、こんな面白い仕事は最後までやんなきゃ損だ』




