王国の末期
グルイナード王国は混乱に陥っていた。
国民達も巨怪に恐れ戦きどこか遠くへ逃げようとする。
だが、隣国への経路は全て絶たれていた。
あの巨怪はグルイナード王国を中心に狙っている。
そして滅ぼされた影の国とは他国と比べて長年にわたる因縁関係を持っていた。
隣国やその周辺の国々は、こちらに報復の火が来ることを恐れた。
グルイナード王国の避難民を受け入れたことであの巨怪がこちらにも目をつけるのではないか、と。
あらゆる関所を防ぎ、山や海からの侵入を断固として許さなかった。
「えぇい、勇者様とはまだ連絡がつかんのか!?」
「一刻も早く勇者様に奴を倒してもらう他ない!」
「連絡などしている場合ですか!? 今こそ神罰兵器案……『ジュウジロ作戦』を決行すべきです!!」
「そうだ! 奴はあの光線を撃ったあとから飛ぼうともせずずっと歩いている!! もう影の国は滅んだ……、神罰兵器を撃ち込むなら今いかない!!」
巨怪対策本部では勇者派とジュウジロ作戦派の2つに分かれている。
ティヨルは独自に調べ神罰兵器の大まかな情報を得ていた。
名をスプ・ラティオーネ・ボニー。
伝説によれば神の力のもとに繰り出さられる光の一撃で、その破壊力は最大でグルイナード王国2つ分を容易に吹き飛ばすほどだとか。
一応"浄化"と記載されていたが、精神的にではなく物理的な意味合いらしい。
アルマンドの言う憎しみの浄化とはこのことなのだろうか。
それと同時に勇者レクレスについても調べた。
(レクレス様は理由は不明ではあるが定期的に神の加護を付与しなければならず、今もどこかでその加護を付与してもらっているとのこと、か。場所はレクレス様のみ知る……これでは連絡の取りようもない。向こうから私やセバスのようになんらかの連絡手段を用いてくれればいいのですが……)
だがないものを思い描いた所で仕方がない。
問題は巨怪グリフォ、そして国民達のことである。
グリフォは今尚こちらの方向に向かって前進中とのこと。
まだ距離はあるしそれに一向に飛ぼうとせず徒歩でこの国を目指している。
「……どうして彼は飛ぼうとしないのでしょうか?」
ティヨルは素朴な疑問を呟く。
あの機動力と戦闘力ならあっという間にここへ来ることが出来るはず。
「恐れながら王女様」
「はい、なんです?」
賢者のひとりが手を上げ意見を述べる。
「恐らく先ほどの光線による攻撃で著しいエネルギー消費をしたのではないかと推測いたします。……この星の地形はおろか、星々の破壊まで容易なほどの威力でしたので、回復に時間がかかっているのではと」
「回復するまでは機動力は低下したまま。……彼は完全な回復まで徒歩で来るしかない。でも回復というのなら文字通り休んでいた方が効率がいいのに……」
そう、現在巨怪は歩いてこの王国まで来ようとしている。
止まることなくただひたすらに前進を続けているのだ。
「……勇者殿ではないでしょうか?」
上級騎士のひとりが呟く。
彼の顔は陰鬱で半ば諦めたかのように落ち込んでいた。
彼はティヨルの集めた情報を正しいものだと信じる者のひとりであり、グリフォ・ドゴールは勇者に報復する為にあの巨怪になったと信じて疑わない。
「王女様が集められた情報をもとに考えたらそうでしょう。奴は元パーティーメンバーで勇者殿に恨みがあるのでしょう? だったら勇者殿と確実に出会える場所へ目指そうとするはずだ。今奴を動かしているのは報復の思念だ。休んでる暇はない……勇者殿を殺す為に今も尚進んできている」
「確実に出会える場所……それが我がグルイナード王国であると。……もしそうであれば大規模な戦闘は避けられない可能性は高いです。そのときになってジュウジロ作戦を決行なんてしたら国ごと吹っ飛ぶ結果になるでしょう」
「そうです……ですから早く勇者殿と連絡をとって、早い段階で討伐してもらうべきなのです! まず勇者殿が戦って、それで駄目ならジュウジロ作戦を決行するのです! これしかありません! この国の未来を残す為には! 王女様、御決断を!」
上級騎士のひとりが王女に決断を求める。
周りの魔術師や賢者達が騒ぎ始めた。
これは重大な決断だ。
ひとつ間違えれば大惨事になる可能性が非常に高い。
「待て! ここは国王陛下に指示を仰ぐべきでは!?」
「そうだ! そもそも勇者殿が今どこにいるかもわからんのだぞ!? ……国王陛下は勇者殿と深い親交がある、なにかを知っておられるかもしれぬ!」
「えぇい、どこにいるかもわからぬ勇者殿を案じる必要はないッ! 早々にジュウジロ作戦を決行すべきだ!」
「そうだ!! これは国家の威信に関わる問題だ。自分達の国のことは自分達で決める、これが道理だろう!?」
「だがなぁ、王女様の情報によればそもそもの原因は勇者殿なのだろう? だったら我々にはなんの責任もない! 勇者殿に討伐してもらう方が一番安全じゃあないか?」
またもや議論が白熱する。
このままでは収拾がつかない。
いや、あの巨怪の恐るべき力を見たときからすでに混迷に陥ることは決まっていた。
ティヨルは決断する。
「皆さん、ここは父上……国王陛下に指示を仰ぎましょう。私が行ってまいります。……セバス、供を」
「ハッ!」
そう言ってティヨルはセバスを引き連れ巨怪対策本部の部屋を出る。
彼女が出た瞬間再び喧騒にも似た議論が繰り出されていった。
最早罵倒ではないのかと言わんばかりに凄まじい熱量で言葉が交わされていく。
そんな部屋を背にティヨルは疲れたように溜め息をひとつ。
「王女様、一度お休みになられては……? あれからずっと会議会議の連続でございます」
「ありがとうセバス。……でも、私がしっかりしないと……」
疲れた笑みを零すティヨルにセバスはそれ以上なにも言えなかった。
彼女は誰よりもこの国、国民のことを気に掛けている。
だが、まだ16歳の少女にその重圧はあまりに重すぎる。
ましてや今までにないこの事態に彼女は真っ向から立ち向かっているのだ。
恐怖や諦観で精神を壊してもおかしくないこの状況でティヨルは王女として職務に当たっている。
(父上……父上ならこの窮地を打開出来るッ!)
そう信じて国王の部屋まで辿り着いたそのとき。
(……この声、この臭いは?)
ノックをしてから父の部屋へと入る。
するとそこにはアルマンドがいた。
「アルマンド、あなたなにをしてるんです?」
「なにって……酒飲んでる」
「それはわかっています。……アナタどこに座ってるんですか?」
「え? ……あぁ~、王様の膝の上?」
国王の部屋には酒瓶や食い物が散乱しており、むせ返るほどの酒と女の臭いに満ち満ちていた。
父である国王はすでに酩酊状態で、ソファーに座りながらアルマンドを乗せて腰に手をまわしている。
娘でありひとりの女性であるティヨルにとっては見たくもない有り様だった。
「おぉ~、ティヨルか! どうした?」
「どうしたじゃないでしょう……国の一大事になにをしておられるのですか?」
「ん? ハッハッハッハッハッ! だいじょーぶだ! 全てこの父に任せよ! お前の新たなる母、アルマンドの創った疑似聖剣であんな巨怪木っ端微塵よ! フ~ハハハハハハハッ!」
「流石天下のグルイナード王国の王ッ! オレの目に狂いはなかったな! ささ、ジャンジャン飲んでジャンジャン飲んで! ハハハハハハハハ!」
あまりの出来事にティヨルは絶句した。
実を言えばグリフォが宇宙へ行っている間にティヨルの他にも尽力してくれた者がいる。
それがこのアルマンドだ。
彼女の人格は果てしなく気に入らない。
だがあの巨怪をなんとかする為に様々な知識を出してくれた。
彼女のお陰でジュウジロ作戦の可決が成立したようなものだ。
本来あの神罰兵器の使用条件には数え切れないほどの制約がある。
それら全てを流れ作業のようにクリアしていってくれたのはこのアルマンドだ。
気に入らないが役に立つ。
この国を救う為に彼女の知恵を借りた。
だからずっと我慢していた。
――――コイツが新しい母になってしまうこともッ!!!!
なのになんでこんなことをする?
こんな一大事に自分の父親を弄ぶようなことをする?
どうしてそんなに呑気にお酒が飲めるの?
疑似聖剣では太刀打ちできないってわからないの?
もう全ての意味がわからなくなった……。
ティヨルはなにも言わずセバスを引き連れ部屋を出た。
これまでの重圧とあの部屋の酒気と雰囲気で頭がおかしくなりそうだった。
廊下を歩いている際、ふと窓に映る自分を見た。
……嗚呼、まるで何百人も殺しつくした人斬りのような顔だ。
ティヨルの顔からは凄まじい憎しみが滲み出ていた。
あの凛とした雰囲気はなく、激しい衝動で目付きが鋭くなりつつもドンヨリとした自分がいる。
「頑張らなくちゃ……私が……私が……頑張らなきゃ、フフフ」
「お、王女様……ッ」
「フフフ、アハハハハ……私が、頑張らないと……」
大粒の涙がとめどなく流れるまま、意識が朦朧としかけた次の瞬間。
進行方向から神々しいまでの光が現れた。
「……な、なにごとか!?」
セバスがティヨルを庇うように構える。
するとその光の中から人影が……。
第二の復讐者、女神ティアマットである。




