魔王の城、急襲
魔王城城内。
王の間にて4人の女が玉座付近で和気藹々としていた。
「まさかここまで来てこんな展開になるなんてね」
「確かに。まさか……その、いや、望み通りではあるが。まさか本当にレクレス様に嫁げるとは」
女騎士と弓使いのエルフが声を漏らす。
2人共年頃の少女といった年齢、及び見た目であり快活で微笑む姿は天使のよう。
彼女等はある確約をレクレスと交わしている。
――――皆でレクレス様のお嫁さんになろう!
最初は剣士の少女の言った言葉であるが、まさかそれが現実のものになるとは思わなかった。
傍でケラケラと笑っている幼女、否魔王はむしろ大歓迎といった感じだが。
「なにをいうか! レクレス殿はきっとこうなることをわかっておった。二手三手先を軽々と見越せる御方じゃ! 我等でこの世界を統べる! ……そして、ゆくゆくは、な?」
そう言って愛おしそうに下腹部を撫でた。
それにつられて女騎士もエルフも同じ部位を撫でる。
「……私は魔王様が幸せであるのならどのような形であろうと構いません。私が望むことはこれただひとつです」
冷静に答えるのは魔王の側近。
大人の雰囲気を醸し出した妖艶な女型の魔物だ。
「なぁにを言うか! むしろ我等の中で一番可愛がられておったのはお前じゃろうがッ!? やっぱり身体か!? おぉん!?」
「なッ!? ま、魔王様それは……ッ!」
「う、うん……あれはその……すごかったね」
「この人もあんな声とか顔出来るんだー、みたいな」
図星を突かれて顔を紅潮させる側近。
側近いじりが始まろうとしたそのとき、――――外から無数の雷がいっぺんに落ちたかのような轟音が響き渡る。
(どけこのチンピラ共がぁッ!!)
巨怪グリフォ・ドゴールが城を警護する魔物の群れと激しい戦闘をしていた。
サイクロプスもドラゴンもオークもゴブリンもアンデッドもその他幾千に渡る魔物を拳や足、触手に熱光線で破壊していった。
「魔王様の元へ行かせるな! ここで止めろ!」
「だ、だがどうするんだ!? 近距離攻撃も遠距離攻撃も、最早あいつは無敵! とてもじゃないが敵わないぞ!」
「侵略でも征服でもない……ただひたすらに"破壊"に特化した存在。どんな環境下においても決して揺るがないその戦闘能力……我等と同じ魔物でないなら……奴は何者なんだ?」
巨怪の圧倒的な戦闘能力に呆気にとられる彼等には最早絶望しかなかった。
自分達もまた絶望と滅びを振りまく存在、だがあの巨怪は別格、いや別次元といっても差し支えない。
世界を火の海にするのにその気になれば1日と掛からないだろう。
魔物や人間、ひいては神すらも分け隔てなく破壊していく憎悪の化身。
一体どこまで世界を憎んだらここまでの破壊を繰り出せるのだろうか。
まるで高次元的存在の降臨を目の当たりにしたかのように、魔物達は恐怖に怯えながら熱光線で消し炭へと変えられていく。
(邪魔は消えた、このまま突っ込むぞ!!)
巨怪は魔王城目掛け一気に加速し、城壁諸共突き破っていく。
地上の者が創り出した硬さなど自分にとってはなんてことはない。
そう言うかのように強固な壁やトラップ、魔術による障壁を軽々と飛行による体当たりだけでかき消していった。
巨大な扉が見えてくる。
巨怪は飛び蹴りのような構えで飛びながら扉を高速で突き破った。
「ぐわっ! な、なんだ!?」
「な、こ……この圧力は!」
「魔王様、お下がりください! まさか……例の巨怪? こんなにも早く来るだなんて……」
「じゃ、じゃあ……見張りをしてたあの2人はどうなったの!?」
古臭い空気と埃が舞う中、異形の巨躯がゆっくりと体勢を直して4人を見下ろす。
魔物を統べる魔王ですらその姿に戦慄したした。
顔はドラゴンのようだが、人間のようなフォルムから放たれる禍々しさ。
全ての魔物を知り尽くしている魔王の記憶にはないそれは、もはや異次元生命体と形容しても違和感はなかった。
(コイツ等がレクレスの……奴がいない。どこだ?)
「お主、ここをどこと心得るか!?」
『あぁん?』
魔王に念話を送ってみるとどうやら通じた。
会話が出来るのは重畳。
早速レクレスの居場所を問うた。
『レクレスはどこだ?』
「ここにはおらぬ。別件があると言って我が力で遠くまで転移した」
女騎士とエルフには聞こえていないのか魔王が突然しゃべりだしたのに困惑している。
側近はそのまま黙っているがいつでも戦闘可能なように準備をしているのがわかった。
『小癪なマネを……じゃあまずは貴様等からだ』
「な!? 待て! なぜ我等を狙う!? 貴様はレクレス殿に因縁があるのであろう? 我等は貴様のことはようは知らぬ。答えよ、なにゆえにその魂を荒ぶらせるのか!?」
幼い姿ながらも何百年と生きてきた魔王としての威厳を以て巨怪に問う。
巨怪は答えようとしたが突如として女騎士が割って入って来た。
「魔王、こんな奴と話したって無駄だ」
剣を構え凛とした目付きで巨怪に殺意を送る。
続いて2人も魔王を守るように前に出た。
「そうよ、コイツはレクレス様の言ってた通り世界を混沌に落とす邪悪な存在」
「魔王様お下がりください。この巨怪はどちらにしろ我等を殺す気です」
『ハッハッハ、御名答。そうだ……俺は奴によって身も心も全て引き裂かれ、天国の遥か外側へと放り出された。そのとき、俺はなにを見たと思う? ――――果てしない憎悪だ。世界が生み出す不条理、レクレスから受けた理不尽な所業! 秩序と平和……全て憎しみの海から生まれ出たように、俺もまたその海から生まれ出た!』
「お主……」
『さぁ、ここでくたばれ。悪に墜ちた俺の為に』
両腕を広げ触手を大きく騒めかせる。
『……――――お前達の薄汚い幻想を、俺の憎悪で穢させてくれ!!』
巨怪の咆哮が王の間に響く。
城の周りは既に火と死骸の海である。
逃げ場はない、ただ目の前に君臨する憎しみの系譜の使徒が、更なる戦火をもたらそうとしていた。




