魔王城道中、正義ということ
ティアマットと分かれ、魔王の城目掛けて飛行するグリフォ。
前方に邪悪な空気で包まれた薄暗い土地が見えてくる。
(あれが魔王が統べる影の国か)
常に黒い雲が空を覆い荒野と化した大地が広がっている。
そびえる山々には枯木となにかの生き物の骨が転がっており、より一層それが不気味さを増していた。
グリフォの速度で飛行すれば広大なこの闇の国もこの通り。
最奥にある魔王の城がものの数分で見えてくる。
(よし、このまま……ッ! ぬ!?)
突如地上前方から無数の魔術攻撃を受ける。
その方向には2つの影が見えた。
少女が2人。
ひとりは杖を構えている。
もうひとりは剣をかまえながらこちらを見据えていた。
(なるほど、アルマンドが言っていたレクレスの連れのようだな。魔術師と剣士、といったところか)
当然のことながら魔術は身体に当たっても受け流されるように別の方向へと飛んでいく。
(魔術は俺には効かない。しかし奴の連れであるというのなら生かしておく理由はないな)
グリフォは彼女等の前に舞い降りる。
遠くに山々が見える平たい土地となっているこの場所はまさに戦闘にはうってつけだ。
「アナタがレクレス様に仇なす巨怪ですね。許さない……正義の名の下に成敗します!」
「そうよ! レクレス様は忙しいの……アンタみたいな雑魚にかまってる暇はないのよ! 私がボコボコにしてやるわ!」
……なるほど。
レクレスに見初められるだけあって個人の能力は高い。
戦闘という面であればテネシティやドローススに並ぶのではないか。
もっとも、レクレスのことであるから顔や身体で選んだ可能性も高いが。
「アナタはこの世にいてはならない存在です! アナタのような穢れた存在は、今すぐにこの世から消えてなくなったほうがいい。それが世界を美しいものへと変える。この世界には、レクレス様とレクレス様に選ばれた者のみが住むべきなのです!!」
「そうよ、ただ暴れるだけしか取り柄の無いアンタなんかゴミも同然よ!! アンタって存在がこの世界の秩序を乱しているのが分からないの?」
レクレス側の人間は相変わらず罵詈雑言が達者だ。
いい具合にこちらの神経を逆撫でしてくる。
だがそれはこちらにとっては好都合だ。
奴等にとってそれが正義。
正義とは他者を憎む思想から生まれるもの。
その対象が憎しみの系譜の使徒であるグリフォ・ドゴールである。
(コイツ等の中身はまるでない。空っぽだ。レクレスの言った言葉を自分の憎しみに乗せてそれらしい能書きに変換しているに過ぎない。今思えばどいつもこいつもそうだったじゃあないか。……フッ、いいだろう。ならば俺の取るべき行動はひとつだ)
価値を、意味を与えてやる。
このグリフォ・ドゴールを憎むこと、それを唯一無二の正義にしてやる。
憎め更に憎むといい。
望み通り、大義名分を背負わせてやる。
その空っぽな頭の中にな!!
「フン、ビビって声もでないのかしらね?」
「さぁ? ……それよりも早く終わらせましょう。この巨怪を倒して続きをしてもらわないと」
(ん? 続き?)
「そうね、もう一回たぁ~っぷりと私達に"愛"を注いでもらわないとね」
そう言ってふたりは目の前のグリフォをそっちのけで下腹部を愛おしそうに撫で始める。
これにはグリフォも絶句した。
(なんだコイツ等戦闘前に……イカれているのか?)
同時に妙な苛立ちを覚えた。
奴は自分のいぬ間にハーレムを築き上げたのだ。
その内の2人が敵の目の前で愛情自慢を始める。
これに殺意と苛立ちを覚えない敵対者がいるだろうか?
――――いや、いない。
開始一番、グリフォは拳を2人に振り下ろす。
強烈な一撃が地面を抉り弾けんばかりの衝撃波を放った。
「きゃああ! なにすんのよこのアホ!!」
「不意打ちだなんて……卑劣な」
これが不意打ちに入るか否かは甚だ疑問ではあるが、あの胸糞悪い空気を吹き飛ばせたのは実に良い。
ここからは死ぬ物狂いの戦闘が始まるのだ。
「オラァア!!」
剣士の少女が殴りにかかる。
高速の斬撃を巨怪の巨躯に掛けていくが、その図体からは想像もできないほどの速度で躱されていった。
そればかりかグリフォの突き出した正拳で軽々と吹き飛ばされてしまう。
そして瞬間移動でもしたかのように飛んでいく剣士の少女に追いつくや、次は強烈な蹴りで地面に叩きつけた。
爆発が起きたかのような粉塵が周囲に舞う。
通常なら粉々になって死んでいるが流石はレクレスハーレムのひとり。
忌々しいことに生きていた。
まだ戦えるらしい。
粉塵を突き抜けるように超人的な跳躍のもと、またもやこちらに連続斬りを仕掛けてきた。
(こんな小娘がレクレスに? ……これだけでもかなりの強さだが奴はコイツよりも強いのか?)
そう考えながらもラッシュの相手をしてやった。
いくつか身体に当たったが特にダメージはない。
物理攻撃に対しても、最早無効化の領域にある強度を持っている。
(遊びは終わりだぁ……)
今度は尻尾を鞭のようにしならせ叩き落とす。
悲鳴を上げて落ちていく剣士の少女に熱光線で追撃してやった。
「ぐぁぁあああああッ!!?」
熱光線に当てられそのまま地面で大爆発を起こす。
文字通りの消し炭だ、奴の生体反応は確実に消えた。
「ぁ……ぁあ……あッ!」
仲間である剣士の少女の死を目の当たりにして魔術師の少女は一瞬怯えたように身体を震わせる。
だが巨怪がこちらに迫ってきていることがわかるやすぐさま魔術を展開。
それは無数の光の矢。
巨怪を追い回すように縦横無尽に飛ぶ。
巨怪自身一々当たるのも癪な為、飛び回りながら回避するや分裂式の熱光線を放出。
それぞれを貫通させ空中で無数の爆発を起こさせる。
グリフォの空中機動力に追いつけない魔術師に焦りが見え始めた。
「……魔術を当てても身体がそれを受け流す……。今度はビームで全て撃ち落とされるなんて。いや、諦めてはダメよ! レクレス様は絶対に諦めるなっていうもの!!」
魔術師の少女は気合を入れ直して何度も魔術を撃ち放っていく。
だがそのどれもが効きはしない。
彼女はあらゆる属性を使いこなす。
それこそテネシティが持っていた即死技や相手を無に還す技。
時間を止めたり次元干渉による攻撃や因果律の逆転も全て。
だが、迫りくる巨怪にはなにひとつとして効果がない。
次第に恐怖を感じていった。
異能はおろか物理すら奴に決定打を与えられない。
なら奴にはなにが効く?
この世の全てを破壊する力で奴を破壊できるか?
否、きっと出来ない。
理由はわからないが、あの巨怪の死がイメージできない。
あれは本当の意味で"生まれてはいけなかった存在"ではないのか。
かの巨怪から感じるのは、悍ましいまでの怒りと憎悪。
人間ひいては神で対処出来るものなのか?
「あぁ、無理……こんなの勝てるわけない。むしろ……"アレに勝つ"ってどういう状況になればいいの?」
完全に戦意喪失した魔術師は転移魔術を展開し逃げようとした。
だが、それをさせまいと巨怪の触手が伸びてくる。
術式展開間に合わず彼女の太ももにその切っ先が突き刺さる。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」
絶叫が天まで響くや、突き刺さった状態で天高く持ち上げられる。
その勢いで切っ先が抜け宙に放られた魔術師の少女。
最後に見たものは大口を開き待ち構えている巨怪だった。
「ひぎゃあああッ!!」
辞世の言葉も残す暇もなく、ピンポイントで彼女の頭部のみが噛み砕かれる。
首なし胴は力なくそのまま地面へと落下していった。
――――次はあの城だ。
頭部の残渣を吐き散らし、魔王の住む城を見据える。
情け容赦もない憎悪があの幸せに包まれた場所へと向けられた。




