帰還、そして魔王軍
宇宙から見た世界は青かった。
国境も民族も、宗教もイデオロギーもない。
とても隣人同士で憎みあってるとは思えないほどに輝かしかった。
復讐ついでにこんな情景が見れるとは正直驚きだ。
大気圏突入。
空気中の分子及び魔力因子がぶつかり合い断熱圧縮が起こる。
依然凄まじい速度で着陸を目指すグリフォはその熱を物ともせずに凱旋した。
(宇宙へ行ったり来たりするたび毎回起こるのかこれ?)
月に照らされた大地が見えてくる。
なにもかも懐かしく思えるほどにそれは美しい。
(ティアマットの反応は……よし、捉えた)
アクロバットな動きで方向転換し、女神の元へと飛ぶ。
宇宙に行ってから連絡を一度もしなかったので、怒っているのではないか。
そう思うと少し悪い気がした。
だが思い切って念話による通信をしてみる。
『ティアマット、聞こえるか?』
『えぇ、聞こえるわ』
『……すまん、連絡のひとつも……』
『そんなのはいいわ』
とても柔らかな口調だった。
彼女の優しさと穏やかな感情が念話越しに伝わってくる。
『ちゃんと帰ってきてくれた。私はそれでいい……』
『……あと数秒ほどで着く、待ってろ』
そう言って念話を切る。
彼女はずっとあの山岳で約束を守り続けた。
自分は彼女の夫じゃない。
夫である邪竜の力を貰った"ただの人間"に過ぎない。
だのに彼女は今でも自分を夫のように接してくれている。
(……アンタ、愛されてるんだな)
自分の力となってくれた邪竜に対し感謝の念を抱く。
もう邪竜の意識は存在しない為返答はないが、それでもグリフォは目一杯の敬意を払った。
そして本当に数秒後、グリフォは約束の山岳へと辿り着く。
彼女の上を飛ぶとそれを見上げる彼女と目があった。
可憐な微笑みを向けながらグリフォの名を呟く。
『……着陸態勢に入る、ちょっとどいててくれ』
『えぇ、わかった』
旋回して向きを合わせ、ゆっくりと彼女の元へと舞い降りる。
着地と同時舞う風にティアマットの長い髪が大きく揺れた。
グリフォは騎士のように彼女の前に跪き、帰還を告げる。
月光と地平線と水平線の美しさが彼等を包み込んだ。
『遅くなった、ちょっと手間取ったがこの通り怪我はない』
「……お帰りなさい、グリフォ」
すぐにでも行動を起こしたかった。
地上に帰って来たのなら、即座にレクレスを探して……。
『……その、なんだ』
「ん?」
『少しここで休む。その……ティアマットもどうだ?』
「……えぇ」
本当は休息など必要ない。
だが、今は彼女と、この大地で……。
朝が来るまでずっとここにいた。
その間会話はない。
だが居心地が悪い物では決してない。
(まぁたまにはいいだろう。たまには、だ。……日が昇ればまた同じようにやる。そうだ、俺の心は変わらない)
密かな決意の後、朝日を迎えた。
しかしそれは同時に凶事を招き入れることになる。
『――――ッ! ティアマット、すぐに俺の魂と同一化しろ、早く!』
「え? は、はい!」
同一化を確認した後、ここから2時の方角に目を凝らす。
凄まじい力の軍勢が近づいてくるのを感知した。
(この力、人間ではない。……魔王軍か)
どうやら魔王の配下である魔物達が群れを成してこの山岳までやってきたらしい。
天と地を覆うドス黒い塊のように迫ってくる彼奴等にグリフォは苛立ちと一種の高揚感を覚えた。
(魔王軍……そうだ、俺はお前達にも復讐しなければならないな? お前達が各地で好き勝手やったおかげで……)
しばらくじっと眺めていると、魔王軍の将の1匹がこちらに向かって飛んでくる。
自分とは比較にならない巨大なドラゴンだ。
『貴様が例の巨怪か?』
『らしいな』
『我らが魔王様は怒りを抱いておられる。だが、魔王様は寛大な御方だ。どうだ? 貴様もまた魔物であるのなら、魔王様に仕えぬか?』
『よく言うぜ、ヘッドハンティングするのにそんなに物々しく兵を連れてくるのか? もっとシンプルに言ったらどうだ?』
『貴様……ッ!』
次の瞬間巨大なドラゴンは光の線によって真っ二つにされた。
グリフォの放出した熱光線が奴を切り裂いたのだ。
「な!? あのやろう!」
「なんて破壊力だ……あの御方は竜種の中でもトップクラスの存在だ。その強さは神すらも恐れるほどのものなのに!!」
魔物達に動揺と殺気が立ち込める。
ここにいるのは魔王軍の主力部隊が半数を占めている。
彼等の中にある闘志が全てグリフォに向けられた。
『あれがドラゴン? デカブツのトカゲ野郎じゃねぇか。……もっとも今では出来損ないのビーフステーキだが』
「あ、アイツ……なんという侮辱の言葉を! 殺せッ!!」
『丁度いい……ずっと宇宙にいたからな。ウォーミングアップだ。……皆殺しにしてやる!』
天地を埋め尽くす魔物の群れが、1匹の巨怪に襲い掛かる。
それはさながら神話の戦いの一部。
振り回される触手。
何物をも砕き飛ばす剛腕と剛脚。
そして全てを焼き尽くす熱光線。
魔力の伴う全てを無力化させる電磁波。
『恐怖を教えてやる……怒りを教えてやる……痛みを教えてやる……無限の憎悪を……ッ! 第二の狼煙だ、魔物にも人間にも、憎悪と絶望を刻んでやるッ!!』




