巨怪対策本部
一方、地上でもまた動きがあった。
グルイナード王国巨怪対策本部では、朝の早くからかの巨怪に対する対策や研究が行われている。
「今朝奴は遥か上空へと飛び上がり彼方へと消えていきました」
「魔術による映像確認では、巨大ななにかを追って飛び立ったようです」
対策本部の魔術師達が映像を見せつつ、様々な説明と持論を繰り出す。
この巨大な方舟もそうだが、奴の動きが気になった。
奴がこのような動きをしたとなると、今あの巨怪はこの地上には存在しないということになる。
「奴が次にいつ戻ってくるかどうかはわからんのか?」
「それが……皆目見当もつきません。もう戻ってこない可能性も無きにしも非ず、といった状況ですので結論を早めるわけには……」
様々な役職の者が話し合う中、急に対策本部の扉が開く。
そこには執事を引き連れた病み上がりの王女が。
「こ、これはこれは王女様! 御身体の方は……」
「今はそれどころではありません。いいですか、あの巨怪は必ずこの地上に戻ってきます。そしてまた、自らの憎しみを晴らす為に破壊の限りを尽くすでしょう」
正装ではなく、あの黒い軍服のような戦装束をまとい円卓の前に立つ。
その姿に一同動揺を隠せない。
変わったものをまとうとは聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてな者ばかり多い。
「恐れながら王女様、なぜそう言い切れるのです?」
「私はかの巨怪……いえ、"グリフォ・ドゴール"と相対し生き残りました」
「王女様はあの戦闘で確か……」
魔術師のひとりが呟く。
そう、彼女が兵を引き連れ視察へ向かったときに偶然出くわしたとか。
これは城内でも有名な話である。
だが、それだけでなぜわかる?
そして彼女の言うグリフォ・ドゴールとは。
「私は独自の情報網であの巨怪のことを調べました。……結果、かの者の正体はラハミカ村出身の弓使いグリフォ・ドゴールである可能性が非常に高い。私は彼に殺されそうになったとき彼の名を呟きました。そしたら……どういうわけかグリフォは私を見逃してくれたのです」
そう言って執事セバスに指を鳴らして合図。
ここにいる全員分の、彼についての情報が記載された資料を配る。
「この青年……覚えがある。確か城内で弓の腕を見せてもらったとき……」
「レクレス様の旅の同行者? ……なんだこれ、行方不明?」
そこにはグリフォの生まれだけでなく、勇者のパーティとなってからの動向等も記載されていた。
新たにわかったアグノスという友がいたこと。
そして、リナリアという獣人種に恋愛感情を抱いていたことも。
無論更に調べ上げた結果として、勇者レクレスが如何に非道なことをしてきたかの記載まである。
だが……。
「恐れながらティヨル王女。アナタが命懸けで奴と対峙しこれほどの情報を集められたその根気と情熱は讃えられるべきものでしょう。……ですが、これだけではグリフォ=巨怪であるという確固たる証拠にはならないのではないかと愚考いたします」
「……ですな、なぜこの青年があの巨怪になったのかという点が不明である以上……これでは憶測の域を出ませぬ」
上級騎士のひとりと賢者のひとりが申し訳なさそうな顔で進言する。
レクレスのことが書いてある為か、ここにいるほとんどが顔を曇らせていた。
そうですか、と一息入れた後ティヨルはまた新たな情報を皆に配り始めた。
「……確かに、これだけではただの薄っぺらいものでしょう。でしたら次は実用的な話をしましょう。あの巨怪に対する情報です」
配られた資料に目を通した直後、全体にどよめきが走る。
「そんな……魔術や魔力を伴うあらゆる兵器が効かないなんて……ッ!」
「それだけじゃない、魔力の無害化と無力化を同時に可能にしている以上……無効化よりも始末が悪いッ!」
「主な攻撃手段は後頭部辺りに生えている無数の触手……。あんなデカブツにこんな知能があったのか」
「空中での高速移動、並びに口からは通常のドラゴン以上の威力を誇る炎を吐く可能性も示唆される……か」
皆に焦りが漂う中、ティヨルはある人物に目をつける。
これだけの空気の中、平然とした態度で資料を眺めているある人物。
出会ったときから気に入らなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「――――アナタはどう思われますか? アルマンドさん」
ティヨルの言葉に全員が彼女の方へと向く。
声と視線に気づいた彼女は、崩した姿勢をゆっくりと戻し、ティヨルと向き合った。
「オレのなにが聞きたい?」
「質問しているのはこちらです。……アナタの意見をお伺いしたいのです」
皆がこの2人の間に流れる空気に息をのんで見守る中、アルマンドは薄ら笑いを浮かべてようやく答えた。
「あの化け物に現代兵器及び魔導兵器の類は通用しない。剣も魔術も同じ。人間の異能や知能如きじゃ奴には勝てない。傷ひとつつけることは叶わんだろう」
彼女から放たれたのは残酷な現実だ。
そのせいでここにいる多くの者に戦慄が走る。
「奴を仕留められるモノと言えば……それはもう奴以上の力でねじ伏せる他あるまいよ。……ただ、それは他の生命体にまで及ぶ死の力でなくてはならない。そうして初めてお互いフェア。死ぬか生きるかのバトルが出来るって話だ……と、オレちゃんは愚考いたしやす」
最後でとぼけた態度を取って見せるが、本部内には陰鬱な空気が漂っていた。
大方ティヨル自身も薄々は感じていたことであり、それを彼女は馬鹿正直に述べただけに過ぎない。
「……わかりました。ありがとうございます」
「あいよー。あ、王女様よぅ。会議終わったらちょっと話いいかな?」
「何用かは存じませんがいいでしょう」
アルマンドは気楽そうにまた資料を眺め始める。
陰鬱な空気は未だ漂っていた。
だが、ひとりまたひとりとその空気を打破せんがために意見やアイデアを出し合う。
ティヨルは彼等にこのような空気にしてしまったことを心の内で詫びながらも、冷静な対応で進めていく。
いつの間にやら、対策本部は彼女を中心に動き始めていた。




