方舟という棺桶
「危なかったわい。……彼等には申し訳ないが儂には重大な使命がある。こんな所では死ねんのだよ」
ひとり脱出用の方舟に乗り我らが星に戻らんとする老僧侶ドロースス。
弟子や信者達は話に乗せられたとはいえ最期まで戦った。
にも関わらず……。
「ふひひ、そうじゃ儂がこんな所で死んでいいはずがないッ! 儂はッ! 選ばれた人間なのだッ!!」
内部で狂喜するドロースス。
母なる世界が遥か遠くで青々しい姿で迎えてくれる。
だが、異変に気付く。
突如として方舟が止まった。
そればかりか方舟の各部位から火花と衝撃が走る。
内部の魔導装置を何度もいじくるが、徐々にコントロールが効かなくなっていった。
「ば、バカな……ッ! これは、触手ッ!? ありえん、この脱出用の方舟には万が一に備えて透明化の術式が付与してあるのだぞ!?」
そう、見つかるはずがないのだ。
だのに奴の触手は正確に方舟を捕らえ絡まり穿つ。
(見つかるはずがないって? 今の俺の目にそんな小細工は通用しねぇ)
方舟をガタガタと揺らしながらこちらへと引き寄せるグリフォ。
さて、どう料理してやろうか?
色々考えていると、方舟から念話らしき通信が入る。
驚いた、どうやら念話の機能も搭載されているらしい。
『ど、ドラゴンよ! わかった、負けじゃ。儂の負けじゃ!』
『……』
『お主がこうも強いとは思わなんだのよ。だが、どうじゃ? こうして破壊の衝動のまま動いてもいつかは限界がくる。……我等が勇者にして神たる存在、レクレス・イディオに仕えてみる気はないか?!』
その為の口添えもすると慌てながら提案する。
まさか最後の最後でこんな提案をしてくるとは思わなかった。
チキンにもほどがあるぞ。
最期まで啖呵をきったテネシティの方が、同じ無様でもまだ見所はある。
『嬉しいぜドロースス、お前からそう言ってくれるとは思わなかった……』
『ぬ!? そ……その声は……ッ!!』
『今更気づいても遅い。見ろ、お前達のクソみたいな思考回路のせいで俺はこのザマだ』
『ま、まさか貴様……、貴様がテネシティをッ!』
『だったらなんだ? お前も噛み砕いてやろうか? 骨も肉も見分けがつかなくなるぐらいにシェイクして欲しいか?』
ドローススは得体の知れない恐怖に見舞われる。
目の前にグリフォがいることもそうだが、一番の理由はこの宇宙空間だ。
地上に連絡を取ることも出来ない。
暗黒と星々があるだけのだだっ広い空間に、こんな化け物といるのだから。
孤独以上の恐怖が老僧侶の身に襲いかかった。
『……なぁ、そんなことよりドライブしようぜ? 折角宇宙へ来たんだ。一緒に遠くまで飛ぼうじゃあないか』
『な、や、やめ! やめろこの穢らわしい俗物め! レクレス殿の御怒りをその身に受けるがいいッ! ひぃい!? ひぎぃひぃぃいい!!』
ドローススの言葉を無視し母なる星から超高速で遠ざかり始める。
遠く遠く遥か遠く、もう星が点に見えるほどにまで。
『ハハハ、見ろ。俺達の星がまるで豆粒だ。周りの星々同様、こうなるとただの光だ』
『あ……ああ、あ! なんてことを!』
『俺のことは心配するな、宇宙空間なら俺は光を超えられる。あちらの時間で数日もすれば俺は地上に戻れる』
『な、儂はどうなる!? こんな、こんな所にひとりにする気か!? こんな……なにもない所で、ひとりに! ……殺せ、いっそのこと殺せぇ!!』
あまりにもうるさかったので一方的に念話を遮断してやった。
触手から解放してやると、軽く方舟を小突く。
方舟はその方向に従い、ゆらゆらと宇宙空間を漂い始めた。
「わぁあああッ! 待て! 嫌じゃ! こんな所でひとり死ぬのは嫌じゃ! うわぁあああ!!」
ドローススは思わず発狂する。
宇宙、それは人間の認識を遥かに超える虚ろな空洞。
人も神も、誰のひとりとして耐え難い虚無。
そんな所にひとりだけ漂流する老僧侶。
彼の叫びと嘆きは地上の誰にも届かない。
方舟は海に流された棺桶のように、遥か虚空の先に沈んでいった。
『アルマンド聞こえるか? ドローススを永久追放してやった』
『ヒュー、中々エグいな。あの方舟はこの宇宙が終わるその日までずっと彷徨うことになる』
『クズにはもってこいの刑罰だな。……これより帰還する、そちらの時間で数日くらいは掛かりそうだ。……なんかわからんが自分の中で確信めいたものがある』
『宇宙空間でもジャンジャカ飛び回ってたヤツも混ぜたからなアンタに。そういう感覚能力も引き継いでるんだろ』
『あんまり聞きたくない情報だな、まぁいい』
グリフォは一気に加速し宇宙空間を光速で飛翔する。
徐々に速度は上がり、光を超えた。
帰ろう、彼女が待ってる。
そして、勇者レクレス。
次は貴様を血祭りにあげてやる!!




