宇宙での戦い
宇宙を悠々と征く巨大な方舟ティファレト。
内部では荘厳な空気が包み、誰もが母なる星を見つめていた。
「我が弟子、そして信者達よ。見るがいい我等の美しき世界を。外面はそうだが……あの地表には生きるに値せん汚物や醜く誤った教義が数多存在する」
ドローススは司令塔の玉座にて、搭乗している全ての者に音声で伝えていく。
「この世で世界を正しき姿に戻すことが出来る御方は天上天下にただひとり、勇者レクレス殿以外に存在しない! 喜べ同志達よ、諸君等はすでに真理を手にしているのだ! ――――我等『レクレス教』こそこの世を救う真実の教義なのだ!」
ドローススの言葉に方舟を埋め尽くさんばかりの歓声が上がる。
――――レクレス様万歳! 教祖様万歳! レクレス様万歳! 教祖様万歳! 我等レクレス教徒、勇者レクレス様と絶対の真理と共に!!
老僧侶ドローススは悦に浸る。
彼の魂はまるで20年は若返ったのではないかというほどに快活になった。
「我等の世界を救済する前に、我々にはやらねばならなぬ使命が存在するッ!! そう、あの巨怪だ! 奴は魔術を無力化させる力を持つが、我々のこの聖なる方舟の力で殲滅するッ!」
弟子や信者達は狂気に満ちた咆哮を上げる。
誰も彼もが信仰を殺意と相手への憎しみに変えて、魔導砲台の準備にかかった。
「ようし、やるぞぉ!」
「あぁ、俺達には教祖様とレクレス様の加護がついているんだ!」
レクレス教における教義では、勇者レクレスを生き神として崇め、この世にあまねく神話の神々や獣は彼の下僕であり召使いであり情婦でもあると言う。
つまりレクレスはこの地点で神以上の存在として認知されている。
荒唐無稽もいい所のこの教義。
誰ひとり疑問に思う者がいないと言うのだから最早救いようがない。
否、徹底的な洗脳教育によって彼等は"考える力"を完全に破壊されたのだ。
その代わり狂信と妄想する力だけが、彼等の中で肥大した。
「教祖様大変です! 例の巨怪がッ!」
「ぬ!? ……まさか奴め、宇宙まで追ってきたというのか!?」
「どうなさいます?」
「フン、知れたこと。徹底的に叩きのめしてやれいッ! ――――魔導砲発射、用意ッ!!」
船内の慌ただしさが更に増す中、巨怪は徐々に距離を詰めていく。
『これが宇宙を飛ぶ感覚か……なんとも妙な感覚だ。更に妙なのが右も左も上も下もないのに……なぜか自分がどう飛ぶべきなのかわかるってところだ』
『そういう風になるようにオレが作ったんだよ。……どうだい、これから宇宙でドンパチやる気分は?」
『最高にクールだ。憎い相手を宇宙の塵に出来るなんてそうないだろうからな』
宇宙は地上と違って速度が非常に出しやすい。
すでに遥か先に存在する方舟が完全に目視出来る。
すると、方舟はゆっくりと向きをグリフォの方へと変える。
方舟に搭載された無数の魔導砲台が全てグリフォに向けられていた。
だがそれだけに留まらない。
ハッチがいくつも開き、小型の方舟が出てきて陣形を組みながら彼に接近していく。
まさに宇宙上で繰り広げられる一対多の戦いである。
「ターゲット、ロックオン! いつでも撃てます!」
「教祖様、御命令を!」
「よし、ただ今より全艦隊一斉砲撃を開始する。――――撃てッ!!」
ドローススの命令が響き、全ての砲台から熱光線がグリフォに向かって発射される。
色彩見事に降り注ぐそれをグリフォは巧みな飛行で回避し続けた。
(派手な弾幕ぶちかましやがって……勝負はここからだッ!!)
グリフォも負けじと熱光線を吐き出す。
威力に関してはこちらが圧倒的に有利だ。
熱光線を横に薙ぐように船団に向かって放射。
瞬く間に多くの方舟を破壊した。
「く、なんて威力だ化け物め……。よし主砲用意ッ!」
命令と共に主砲が唸りを上げて動き出す。
特別巨大な口径を4つ携えた砲台は、今尚奮闘する船団とグリフォに向けられた。
「なッ!? 同志に……信者達に主砲を向けるのですか!?」
「多少の犠牲は想定の内だ! 彼等は死して天国にて報われるのだッ!」
膨大な魔力が主砲に充填されていく。
グリフォもそれに気づき近づこうとするも、船団に行く手を邪魔される。
触手で抉り、熱光線で薙ぎ、拳や足で壊していく。
ときには壊れた方舟の破片を武器にして何度も叩きつけたりした。
(クソ、雑魚共が群がりやがってッ!)
『おいグリフォ、奴等アンタに向かって味方ごとぶち込む気だぜ』
『わかってる! 撃ってきたとしてもあの電磁波かませば一発で防げる!!』
『あー宇宙空間であの電磁波かますのは止めた方がいい。あれは通常の電磁波とは違う。宇宙空間で放つと電磁波そのものが凄まじい変異を起こす』
『どういうことだ!?』
『アンタのあの電磁波を宇宙空間で放つとだ。各宇宙に存在する次元の壁を貫通していくつかの平行宇宙や別次元に存在する宇宙にも悪影響を及ぼす。過去最悪の宇宙災害到来だ』
『宇宙災害だと? 大袈裟な……』
『じゃやってみろ。もう異能はおろか星の環境変動だの各宇宙の法則崩壊だのでなにもかも全て死滅するぜ? 神もだ! ……あ、オレは大丈夫だから安心して?』
『知るか!! そんなことが俺になんの関係がある!?』
この魔女ギリギリでとんでもないことを言いだしやがった。
もっと早くに言ってくれと言いたかったが今はそんなことどうでもいい。
だが、神も死ぬのか。
奴の話が本当なら、神秘すらも無力化出来るということだ。
つまり、ティアマットも……。
『安心しろ、プランBだ』
『なに?』
『……熱光線には熱光線をぶち込むんだよッ! これぞ宇宙の戦いにおける醍醐味だろ?』
要は力業で頑張れと言いたいらしい。
バカ野郎と怒鳴ってこっちから念話を切ってやった。
だが、熱光線勝負か。
(……フン、まぁいい。乗ってやるさ。……来いよドロースス。貴様のエゴと俺の憎悪、どっちが勝るか……)
決着をつけようじゃないか。
負けた方が宇宙の塵になる。
実にシンプルだ。
充填まで時間がある、その間に雑魚共を一掃するとしよう。
「魔力充填75%、……もう少しです!」
「フフフ、哀れなる巨怪よ。我等が信仰に、正義に屈すると良いッ!」




