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哀悼を……

 これは夢か幻か。

 ふと、仲間のことを思い出す。


 ――――死んでいった2人は、自分にとって掛け替えのない存在だった。


 ひとりは戦士の大男、《アグノス》

 戦闘能力が高く、大らかで常に笑顔を絶やさない明るい性格の持ち主。


 彼とは出会ってすぐに打ち解けた記憶がある。

 彼の話はどれも最高に面白く、何度聞いても飽きないほどだ。


 ――――とても、良い奴だった……。


 だが、どこか自主性に欠ける面があり、常に勇者の言いなりだった。

 どんな無理難題にもイエスといい、こちらが止めても"大丈夫だから"と言い遂行しようとする。


 無理がたたって体調を崩し、心がズタボロに砕けそうになろうとも、碌な回復すらさせずずっと……。


 むしろ、レクレスと例の2人はそんな状態の彼を延々とこき使い続け、場合によっては言葉で攻め立てた。




 ――――お前はダメな人間だ!

 ――――戦士としての自覚に欠けている!

 ――――図体だけの役立たず!!



 グリフォは必死に彼を庇い、これ以上酷使するのを止めるよう諫めた。

 だが、彼等にそんな言葉は通じない。


 彼等の言う"正しさ"が揺らぐことはなかった。


 そんな過酷な中でも尚、アグノスはグリフォにボロボロの笑顔を向けてくれる。

 

「アグノス、いい加減にしろ! このままじゃお前本当に……ッ!」


「アハハ、俺なら大丈夫だ。心配すんなって……。ホントに、大丈夫だから……」


 グリフォはせめてもと思い、彼に押し付けられるあらゆる難題のいくつかを肩代わりした。


 寝ずの見張りをしろと言われれば交代で、若しくは自分が寝ずに行ったりして彼の負担を減らし、少ない食事もアグノスに分け与え少しでも栄養を取らせたのだ。


 だが、彼の身体と心が癒されることはなかった。



 ――――ある日、満天の星が一面に見えるある場所で、アグノスは死んだ。


 明らかに過労による死だ。

 田舎にいる年老いた両親を残し、彼はこの世から旅立った――。


 この惨事を止められなかった自分の無力さを痛感し、彼の遺体の前で咽び泣き許しを請うた。


「許してくれ、俺のせいだ……ッ!!」


 そんなとき、優しく……そっと寄り添ってくれた人がいる。

 奴隷だった獣人の女の子、《リナリア》だ。


 父祖達によって絶滅寸前まで追い込まれた獣人種の末裔で、可愛く、そして誰よりも優しい娘だ。


 彼女は人間達の迫害にも負けず、彼等と共に真の平和を目指そうと、大きな希望をその胸に抱いていた。


 そんな彼女を、自分は愛していた。

 ……愛してしまっていた。


 だが、そんな彼女もアグノス同様の苦痛を味わわされていたのだ。


 彼女の主人は言うまでもなく勇者レクレス。

 確かに、奴隷である以上全ての権利は奴にある。


 だが、それはあまりに常軌を逸していた。


 新しく手に入れた剣の試し切りと称して彼女を何度も斬りつけた。

 獣人は人間以上に頑丈な身体のつくりとなっているらしく、多少の傷なら動けないこともない。


 しかし、これはあまりにも……。


「ホラなに休んでるんだ。早く立ちなよ。人を待たせるなんて最低のすることだよ?」


「は……はい、ごめんなさい御主人様」


 当然彼女は主人に逆らうことは出来ない。

 命令されればどんなこともやった。


「ねぇ、この荷物全部持って。獣人だから出来るでしょ?」


「ご、御主人様……流石にこれだけの量は……ッ!」


「口答えするの? ……やれって言われたならやるんだよ、奴隷だろ?」


 ときには大量の荷物も持たされた。

 しかもいくつもの山を越えるときにだ。


 身体能力が優れているとはいえ、これをずっと持ち続けるなど……。


 それを見ていたグリフォは途轍もない胸の痛みに襲われる。


「おいレクレス……。いくらなんでもこれはやり過ぎだ! 奴隷とは言え……彼女は仲間だろ!?」


「……奴隷をぞんざいに扱ってなにが悪いの? 獣人は人間に飼われてればいいんだよ。口出ししないでくれ」


 言葉は相も変わらず届かない。

 旅が始まった直後から、彼女の扱いは思わず目を背けたくなるほどだった。


 リナリアを助けようとしようものなら、余計なことをするなと無理矢理止める。

 他者が自分の奴隷にお節介を焼くのが気に食わないのだ。


「すまない……リナリア……。ダメだな、俺って」


「……グリフォさんのせいではありません。私、うれしいです。このパーティじゃあアナタくらいしか、優しくしてくれませんから……。あ、でも、御主人様がダメッていうわけじゃあないんです! ホントです!」


 彼女もまたアグノス同様、どんなにつらい目にあっても笑顔を絶やさず、平気そうに自分を装った。


 そればかりか、あんなクズな奴を主人と認め続け、庇おうともしている。

 グリフォは思わず涙が出てきた。


 守ってやりたくてもなにも出来ない自分に憎悪を抱く。

 

 自分が出来ることと言えば、彼女の傍にいることくらいだった。

 レクレスの強さは一個人でどうにかなるものではない。


 しかも誰も彼もが彼を聖人かなにかと思い心酔している。

 たかが村人ごときではどうにも出来ないのだ。


 こうしていく間にも、彼女の身体と心は疲弊し、壊れていった。


 ――――そして、失意の中で彼女を思い慕う日々が続き、運命の日が訪れた。

 船に乗り、海を渡っているときだ。

 

「……グリフォさん、もしご迷惑でなければ、なんですが」


「ん? なんだ?」


「……手を、握ってはいただけませんか?」


 すでに瞳に輝きはなく、目の下には酷い隈が出来ていた。

 足取りもおぼつかず、出会ったときの明るさは消えうせて陰鬱な空気が彼女を包んでいる。


 そんな彼女が久々に見せる穏やかな笑みを向けながら、手を握ってほしいと頼んできた。


 断る理由などない。

 卑しい話にはなるだろうが、グリフォは彼女に触れたかった。


 肌に触れ、彼女を守ってやりたかった。

 そっと抱きしめてやりたかった。

 出来ることなら……。


「……わかった」


 リナリアの差し出す手を、グリフォはそっと両手で包んだ。

 彼女の温もりが伝わるや、目からは涙が。

 身体が震え嗚咽が漏れる。

 


「……あったかい。人と触れ合うって、こんなにもあったかいんですね」


「……ッ!」


 リナリアは虚ろな瞳で空を見上げながら、慈愛に満ちた声で呟く。

 ……かける言葉が見つからない、惨めだ。


 突如、スルリとグリフォのと両手から彼女の手が離れた。

 リナリアは後ろ、後ろ、後ろへと歩いていく。

 そこは船端であった。

 

「おい、待て……どこへ行く? 待て!」


「最期にアナタと話せてよかった……いいえ、アナタという人間に、出会えてよかった!」


「やめろ……よせぇええッ!!」


 ――――ア・イ・シ・テ・イ・マ・ス。


 彼女の口がそう動いた直後、リナリアの身体が船端の外側へと傾く。

 グリフォは駆け抜けるも、間に合わない。


 微笑みを浮かべたまま、愛しい人は海へと落ちていった。


 こちらも飛び込もうとするが、騒ぎを聞いた水夫達が止めに入る。

 

「離せ! 俺の大事な人なんだ! 愛している人なんだ! 助けないと、助けないと!!」


 しかし、水夫数人に抑え込まれ身動きはとれない。

 この海域には凶暴な鮫がウヨウヨしているのだとか。

 もう……彼女が沈んだ場所から船は遠ざかってしまった。



 守れなかった、大事な友を。

 守れなかった、大事な人を。


 丁度そのときレクレスとテネシティ、ドローススがやってきて状況を聞いてきた。


 グリフォはありのままを話す。

 自分の気持ちに嘘はつけない。


 アグノスがどれほど苦しみ、リナリアがどれほど追い込まれていたか。






「……ふ~ん。心が弱いんだなぁ皆」


 特に興味なさげに吐き捨て、その様に呆気に取られているグリフォの肩を軽く叩くやこう囁いた。


「余計なことするからだよ。……あーぁ、また奴隷探さなきゃいけないじゃないか。それまで君が責任もって色々やってよね」



 そう言ってテネシティ、ドローススと共に彼の脇を通り過ぎる。

 一瞬自分になにが起きたのか、自分はなにを言われたのかわからなかった。


 呆然としながらも甲板の上に両膝をつき、天を見上げる。


 ――――彼女が見上げた、あの空を。



「レクレスゥゥゥウウウッ!!」


 グリフォの慟哭が響く。

 それはもう、ただ虚しく――――。


 

 本当に逃げ出したくなった。

 なにもかも捨てたいと。


 だが、ここで自分が逃げれば死んでいった2人の無念はどうなる?


 自分の命を捧げてあの男の糧となってしまった彼等に、顔向け出来ない。



 グリフォは怒りを抱いたまま、旅の同行を決意した。

 アグノス、そしてリナリアの死を無駄にしない為に。

 魔王を倒し、彼等が望んだ平和を成す為に。



 その、はずだった――――。

 自分達は捨てられたのだ。

 

 忌み嫌われて。

 無価値な存在として。

 一種の"存在悪"として……。


 これが世界の選択なのか。

 民族・国家・宗教といった思想が、こんなにも激痛と憎しみを与えるというのに。


 これが世界の言う、"正しい統制"であるというのか。


 神よ、大地の精霊よ……。

 アナタ方の楽園は、どうやら切り捨てることでしか成り立たないらしい。

 排他的にして閉鎖的、時代の流れと共に極まる根絶主義思想。


 その具現たる存在が、レクレス。 


 ――――狂っている。


 意識なき暗闇の中で、憎しみが泡のように沸き立った。

 止められない勢いにのまれながら、鼓動が響き、魂が覚醒していくのがわかる。 


 ここで死ぬるべきではない、と。


 ――――頭の湯立った連中を、その御座より引き摺り下ろせと。 



 

「ぅ……うん?」


 彼は薄っすらと意識を取り戻す。

 気が付けば、見知らぬ場所にいた。


 天井がある、周りを見れば机や書物の類も見受けられる。

 そればかりか全く見たこともないような物体までも……。


「……ここ、は……どこだ」


 体中が痛む。

 傷がまだ治っていないのか、動かすことが全く出来ない。

 台のような物の上に寝かされていて、なんとか視線のみを動かせるくらいだ。


「目覚めたか……まったくい~い拾い物をしたぜ」


「だ、誰だ……?」


 声のした方に視線を向けると、そこには女性がいた。

 

 褐色の肌に銀色の髪、銀色の踊り子衣装の若い女。

 艶美な曲線、抜群のプロポーションからなるエキゾチックな雰囲気は男女問わず見る者を魅了する。


 それほどまでに美しい女……。


 だが、グリフォには途轍もなく不気味な存在に感じた。


 まるで、この世において出会ってはいけない"なにか"のような……。





「オレの名は《アルマンド》、――――……報復と慟哭を司る魔女だ。自分達を見捨てた連中に報復したいんだろう?」




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