宇宙を征く方舟
それは夜明けと同時に起きた。
大地が揺れて軋みを上げる。
山岳よりグリフォはその様子に目を凝らすと、突如として広大な大地に巨大な魔法陣が浮かび上がってきた。
見たこともない現象に流石のグリフォも動揺を隠せない。
『なんだ……なにが起きている!?』
「わからないわ。でもこの魔力の奔流。ただごとじゃない!」
ティアマットもこの強力な圧に身動きが取れない。
そして、ついにそれは姿を現した。
巨大な、それはもう巨大な方舟だ。
材質は不明だが見るからに硬質のものであることはわかる。
舟には芸術的な彫刻がびっしりと施され、魔導砲台がいつも装備されていた。
甲板には更に巨大な魔導砲台も存在する。
巨大な方舟は雄々しい姿を日の出で照らしながら魔法陣から飛び立っていく。
上へ、遥か上へと。
周りには凄まじい魔力が渦巻いており、距離の離れたこの場所でも豪風が吹き荒れるほどだ。
徐々に高度を上げ、ついには大気圏に突入し始める方舟。
『アルマンド! おいアルマンド! なんだあれは!? あんなモンこの世に実在するのか!?』
『実在するのかって……目の前にあんだからしょうがねえだろ。……あれはあらゆる奇跡の力で宇宙を征く方舟"ティファレト"だ。遥か昔に存在した方舟をドローススが独自のルートで回収し、何十年もかけて改造していたらしい。あの中にはドローススとその弟子や信者達が約2000人ほど搭乗している』
『宇宙!? ……まさか奴等あのまま宇宙へ飛ぶ気か? 一体なぜそんなことをッ!!』
『おいおいわからねぇのか? 全てはアンタを倒す為だよ』
……さっぱりわからない。
自分を倒す為になぜ宇宙まで飛ぶ必要があるのか。
自分はこの世界にいる。
なのにそこから遥か外側へ行ってしまっては意味がない。
『そうかな? 非常に面白い方法だと思うぞ?』
『どういうことだ?』
『……地上に居ればアンタに無力化されたりしておじゃんだ。……なら宇宙から攻撃すれば?』
宇宙からこちらに向けて攻撃?
まさか、そんなことが可能なのだろうか。
『出来ないことはない。ついさっき奴等はアンタを捕捉した。宇宙という安全圏で地上のアンタに向かって総攻撃をする腹積もりさ』
『バカな!! そんなことしてみろ、例え俺を殺せたとしても地上はどうなる!?』
『コラテラルダメージだ。勇者もそのつもりであの方舟の使用を許可したのさ。本当は全てが終わってこの世界を制定した後勇者が乗って、行く星々を征服するつもりだったらしい』
『レクレスがそんなことを……ッ!?』
胸に疼く無限の怒り。
奴への憎しみが更に増大した。
そしてそれに喜んで協力するドローススにも。
『アルマンド……確か俺は宇宙空間でも活動が出来るんだったな?』
『おうよ、やっぱ行くっきゃねぇだろ!! 宇宙ッ!!』
「ちょっと2人共! そんなに乗り気で大丈夫なの? あれは最早神話の領域に近いスペックを持ってる方舟よ。戦闘ともなれば、例えアナタでも……」
ティアマットが今にも泣きそうな顔で訴える。
確かにあの方舟から感じる力はとんでもない規模のモノだ。
その気になれば星を破壊することも可能かもしれない。
だが、行かねばならない。
俺がこれをやらねばならぬ。
上等だ、復讐の為なら例え宇宙でも次元の裂け目でも、どこでも行ってやろうじゃあないかッ!
『ティアマット、君はここにいろ。帰るのは数日後になると思う』
「そんな……グリフォ」
初めて名前を呼ばれた。
かつて愛した女性リナリエに瓜二つの顔でそう言われると、どこか心が和らいだ気がする。
……気がするだけだ。
『いよっし! じゃあ……恒例のカウントダウン取らせてくれ!』
『フッ、いいだろう。宇宙で戦うなんて……ロビンフッドもおったまげだ』
そしてアルマンドによるノリノリのカウントダウンが始まった。
『Ten,Nine,Ignition sequence start』
翼を広げ覚悟を決める。
ティアマットは心配そうに見ていたが、彼の意志を揺らがせまいと心に誓った。
『Six,Five,Four,Three,Two,One……』
カウントも終盤に差し迫ったとき、ティアマットが顔まで浮遊しながら近づいた。
「お願い、生きて帰ってきて。……これはお守りよ」
そう言ってグリフォの顔にそっとキスをした。
無事を祈る女神からのお守りがこれとは、ますます幸先がいい。
『安心しろ……必ず生きて帰る。そのときは……』
「そのときは?」
『All engine running,……Lift off! We have a lift off!!』
アルマンドの言葉が念話として響く。
グリフォは宇宙へと飛び立ちながらも、彼女へ言葉を残した。
――――アンタともう少しだけ、この世界を生きてみたい。
すでに彼は遥か天空へと飛び立ち姿は見えなくなっていた。
太陽は昇り、先ほどの地震が嘘のように同じ1日が始まっていく。
「またアンタって言った……もう」
そう言いながらもティアマットの口元は喜びでほころんでいた。