目覚めた王女
意識が覚醒する。
瞼が開いて隙間から眩しい光が入り込んだ。
温かく自分を包み込んでくれる太陽の光、――――朝だ。
「王女様ッ! 目を覚まされましたか!」
「セバス……? ここは……?」
「王女様の御自室でございます。あのとき通信が完全に途切れてしまいましたのでもしかしたら、と」
生き残った兵士達が彼女を運び、セバスが急遽向かわせた救護班によって途中で保護されたらしい。
足は魔術による治癒で治ってはいるものの、あと1日は養生が必要だとか。
あれから3日ほどずっと寝ていたらしい。
それを聞いて深呼吸をひとつ。
ベッドの柔らかな感触と肺に送り込まれる空気の心地よさでまたもや眠くなってしまう。
だが今はそれどころではない。
セバスに身体を支えられながらも上体を起こす。
王女が目を覚ましたという報は瞬く間に城内に広がった。
その朗報をいち早く聞いた国王は誰よりも早くティヨルの元へと急ぐ。
「ティヨル、入るぞ!」
「父上……、どうぞお入りください」
国王は呼吸を荒くして疲れたように扉を開きティヨルに歩み寄る。
「ティヨル……心配したのだぞ? 身体はもう大丈夫か?」
「はい、ご心配をおかけしましたこと深くお詫びいたします」
「……セバスッ! 貴様という男がいながらこれはどういうことだッ!? なぜティヨルを止めなんだか!?」
愛娘たる王女ティヨルに優しく容体を問うた後、血相を変えてセバスに怒鳴り散らす。
セバスはただただ首を垂れ詫びの言葉を並べ立てた。
「父上! 此度の出陣は私の独断です。……セバスは確かに反対しました、ですが私が命令し黙らせたのです。……兵士達の大半も失いました。全ては私の責任です」
「なにをいうティヨル! お前は悪くない……大丈夫だ。この父に全て任せておけばよい。だから安静にしておれ、な? お前はただ私の傍にいてくれているだけでよい。そしてゆくゆくは勇者殿の妻となりこの国を支えるのだ」
そう言ってティヨルの頭を撫でる。
そんな父の普段とは違う優しさに、ティヨルはなにも言えなかった。
「お前が見たというあの巨怪。中々に強力な力を持つというが安心するがいい。……実はな、最高の魔術師殿が最高の武器を作ってくれたのだ」
「魔術師?」
「うむ、彼女も是非とも見舞いがしたいというてな。……おう、入ってよいぞ?」
そう言って入ってきたのは褐色肌のエキゾチックな美女だった。
銀色の髪に銀色の踊り子衣装。
歩くだけで艶美に揺れる布地と柔肉に男女問わず誰もが虜になってしまいそうだ。
「ご機嫌麗しゅう王女様、どうだい調子は?」
「え、えぇ、お陰様で」
だが、王の娘の前であるにも関わらずだらけた態度での謁見。
なぜ父である国王が、そんなにも嬉しそうな笑顔で連れてきたのかまるで理解不能。
「紹介しよう。彼女は我等に"疑似聖剣"なるこの世で最も優れた武器を開発し、対巨怪におけるスペシャリストとも言えよう存在、アルマンド殿だ」
「ハハハ、王様。スペシャリストってのは大袈裟だよ。もっと言ってもっと言って」
そう言ってふたりで和やかに話し出す。
……は?
ティヨルの脳が現実を処理しきれない。
傍に控えているセバスもこの状況に困惑の表情を浮かべていた。
「あの、父上……?」
「おお、ティヨル。どうだ美しい御仁だろう? いずれお前の"新しい母"となってくれるかもしれぬ素晴らしい女性だ」
一瞬ティヨルの脳内がスパークを起こした。
なにも考えられず真っ白で、なにがどうなっているのかさっぱりわからない。
ワナワナと震えながら目の前の現実に瞳孔を収縮させる。
確かに王族である以上、妾のひとりやふたりはいるものだろう。
王家の血を絶やさぬ為にはそれは仕方のないことかもしれない。
だがあの女が父の隣に来るなど絶対に許せない!
ましてや母親?
論外であるッ!
我が母は天上天下にただひとり。
今は亡きあの御方以外にありえない。
自らの腹を痛め自分を生んでくれた……この世で最も美しき御方。
なのに、なぜこのような女を……。
「……ではティヨルよ。しっかり養生するのだぞ? なに巨怪に関しては心配するな。魔王軍とここまでやりあって尚繁栄の一途を辿っているこの王国だ。早々にカタをつけてくれよう」
豪快に笑いながら国王はアルマンドと共に部屋を出る。
出る間際にアルマンドが優し気に微笑んできたがティヨルは顔を背けた。
「セバス、あのアルマンドという女性の経歴を調べ上げて、徹底的に」
「かしこまりました」
なにか嫌な予感がする。
ただの魔術師ではない。
見た目は美しい女だが中身はとんでもなくドス黒い。
こればかりは勘働きであるが妙な確信があった。
だが今はグリフォの件だ。
こうして王国が無事なのを見るあたり……。
「……グリフォはまだなにかしろのアクションを起こしていないみたいね」
「ハッ、北の方角へ飛んだという報告を最後にパッタリと……」
「捜索を続けて。そしてボウガンも新調しなきゃ。魔力を完全に消失・遮断させる以上魔導ボウガンでは太刀打ち出来ないわ」
「では捜索と新たなボウガンの開発を」
恐らく疑似聖剣もそうだろう。
もしも魔力を伴うものなら絶対に勝てない。
父のあの上機嫌さを見た限り、どうやらまだ情報を把握しきれていない部分がある。
「なんとしてでもグリフォを止めないと……魔王軍との戦い所の騒ぎではなくなる」
あれほど手酷い目にあったにも関わらず、王女ティヨルの意志は更に燃え上がっていた。
これは彼女の信条によるものである。
――――"過去ことや境遇をいつまでも嘆かない"こと。
過去に囚われ境遇に恨みを持ち続けることは即ち『未来へ進む』という生きることへの意志に対して真っ向から否定する行いだと思っているからだ。
苦しい状況だからこそ向き合う、真摯に。
グリフォの件や突然現れたあのアルマンドという女のことも含めて、悍ましくも苦しい現実にだ。
今の自分で負けるのなら更に強くならねばならない。
「……負けていられない。これは私の使命よ。……私は知らなくてはならない、この怪異に等しい惨事の真相を」
ティヨルの碧眼に黄金の輝きが宿る。
彼女は予感していた。
このまま放っておけばこの国が、いや世界が炎に包まれてしまうのではないかと。
もしかしたらまた彼と戦わなくてはならないかもしれない。
ティヨルは覚悟を決める。
「セバス、現場にて新たに得た彼の情報をアナタに託します。それを巨怪対策本部へ。きっと役に立つはずです」
「かしこまりました」